第五十六話
「これは……魔術の一種ですね、解呪すれば治ります」
「解呪魔術は確か……こうだったか」
ソファに横にさせられているクリスの視界は、まだ戻っていなかった。
生まれたての小鹿という表現は、中々に的を射ていたが、笑えるような状況でもない。
未悠さんがクリスの額に手を当て、なにやら長い詠唱を終える。
直後、クリスがゆっくりと自分の手を見回した。
「見える……」
「よし、これで安心だな、あとは落ち着くまでゆっくりしてろ」
「はい、ありがとうございます」
あの戦いの後、クリスを抱えてすぐにOFの事務所に戻ってきた。
そこには心配そうに待っていた比巻と、なにやら沢山の資料を眺めている未悠さん、それともう一人。
「はい、和佑さんは服を脱いでください。 消毒をします」
「あぁ……久しぶりだな、遠見」
ルミハ部隊時代から、長くオペレーターとして活動してきた遠見ケイ。
イギリスとのハーフで、話せる言語は17。現在は、海外を中心に活動していたはずだ。
「丁度戻ってきたら、こんな状況なんて驚きましたよ」
体にある傷に消毒液をつけてもらいながら、そんな話をされた。
運がいいのか、運が悪いのか、一番忙しい時期に帰ってきてくれたのだ。
そういえば、二年前もこんな感じで看病を受けていた記憶があるな。
「よぉー久しぶりだなケイ! おっぱい大きくなったか?」
「ちょ、リックさん、やめてください」
「リックもよく来てくれたな」
事務所は、いつにない賑やかさになっていた。
普段なら未悠さんと俺だが、さらに比巻とクリス、そして遠見にリックまでいるのだ。
リックは遠見の胸を揉みしだきながら、話し出す。
「ミズ神貫からの緊急連絡があったからな」
「あぁ、やはりリックにも通信機を持たせていて正解だった」
未悠さんは、俺にも渡していた黒い通信機を持ってくる。
こういうリスクヘッジが出来ているところは、流石OFのリーダーともいえるだろう。
「さて、遠見と和佑、リックは後で地下室まで来てくれ。 比巻は赤毛を見張ってろ」
***
階段を下りていくと、そこは暗く、ガラスに仕切られた二部屋。
俺たちがいる部屋には、様々な機械が。
そしてガラスの向こう側には、一つの椅子に手錠で拘束された男。
「さて、こいつをこれから尋問する」
「パクチーさん……」
あの時、俺が戦った男。その正体は、樫原十二賢者会の一人であるトレル・パクチーだった。
「やはり、学院内に手先がいたのは正解だったな」
「尋問、どうしますか?」
「私がやる、お前らはここでモニターしててくれ」
そういうと、未悠さんはガラスの向こうの部屋へ行く。
この部屋と向こうの部屋は、魔術が通らない設計だ。ただ、声と姿がわかるだけ。
未悠さんがパクチーの顔をたたく。
「起きろ、尋問の時間だ」
「ここは……俺は捕まっちまったのか」
「――――お前の知っていることを全て吐け」
あの魔術、自白魔術だ。本来は互いの同意がないと使えないが、どうやら眠らせている間に契約を結ばせたようだ。
パクチーの体が震え始める。だが、言葉は何も出てこない。
「根源に自白魔術に対する拒否魔術を仕込んでるな……こんなことができるのは、IMROの一部だけだ」
根源に干渉する魔術、ゲッシュなどが代表されるが、本来は扱うことすら禁忌に近い。
つまりは、パクチーは確実にIMROの刺客だということだ。
パクチーは、そのまま一言もしゃべることはなかった。
「よし、遠見、あれを持ってこい」
「はい」
未悠さんに指示されると、遠見は尋問室へ大きな箱を持っていく。
その中に入っているものは、簡単に想像できた。
「いいかトレル・パクチー、これからお前の内臓を引きずり出す。生きたままな」
「…………」
「お前が欧州の王子だとかはここでは関係ない、期待するな」
そういうと、箱の中から巨大なナイフが現れる。
それは人間の腹部を切り裂くには十分すぎる大きさだった。
そして、うなだれるパクチーの腹に向けて一振り。
「んんん――――っ!」
「これがお前の腸だ、わかるか」
そして、未悠さんはためらいなく裂けた腹に手を突っ込み、腸を引っ張り出す。
パクチーが衰弱していくのを確認すると、元に戻したのちに回復魔法で全快させる。
それの繰り返し。
もうこれ以上は見ていられない。
「まだ吐かないか、もう八回は死んでるぞ」
「……俺は、間違っていない」
「なんだと?」
「君たちのやっていることは間違っている」
「……ほう、まだ元気があるようだな」
未悠さんの逆鱗に触れたか、さらに尋問は続く。
まるで悪魔だ、これがIMRO時代恐れられた未悠さんの尋問。
相手を死の目の前に立たせ、再び現世に戻す。
強く筋が通ってない人間は、大抵ここで洗いざらい話す。
つまり、パクチーは死んでも話さないという強い意志があるのだ。
「ぐはっ……科学は、発展させてはいけないんだ」
「――――これ以上は無駄だな」
未悠さんは、諦めがついたのか尋問を中止した。
尋問室から出てきた未悠さんは、返り血だらけ。姿までも悪魔に見えた。
「一旦、会議にしよう。こいつの監視はリックに任せる」
「あいよ、あんたエグイな全く」
そういって、未悠さんはシャワー室に向かった。
まだ状況は全くわかっていない。俺もクリスと比巻を家に送り返そう。
「……伏見君」
「パクチー……?」
パクチーが、俺を呼び止める。
仲良かった相手だが、敵だとわかったいま、かける情けはない。
「――――君は、もう一つの世界を知らない」
俺は、その言葉の真意をまだ理解できなかった。




