第五十一話
「冗談じゃない……」
「冗談じゃないわ……」
あれから一体何時間が経ったのだろうか。
ただ分かることは、こちらは心身共に疲労困憊していること、そして未悠さんはおっさん座りをして新聞を読んでいる。
倉庫は既に崩壊しかけており、空はクリスの弱々しい炎を飲み込むように赤く染まっているのが見える。
途中、様々な方法を試してみては失敗に終わり、最後の感想は結局、最初の感想と同じになった。
仰向けになって倒れている俺とクリスを覗きこみながら、比巻がスポーツドリンクを渡してくれる。
「あれから5時間は経ったけど……大丈夫?」
「……まだ、やるわ」
「やめとけクリス、もう無理だ。休んだ方がいい」
「そうだな、この調子じゃお前らが来世になっても無理だ」
いつの間にかこちらまでやってきていた未悠さんが終了のお知らせをする。
思い出せば、義手の地獄特訓の時も似たようなのをやった。
つまり、これは訓練なのだろうが一体、何を目的としたものなのだろうか?
「赤毛ロリ、これで大賢者決定魔術大会に出ようとしていたのか?」
「確かに手も足も出ませんでしたけど……」
「まだお前は改善の余地がある、今後も訓練だ」
「は、はい!」
クリスが嬉しそうに言う。五時間もぶっ飛ばされ続けたあとにこの元気はさすがとしか言えないな。
ていうか、そういえば……
「大賢者決定魔術大会……」
「なに、忘れたわけじゃないでしょうね」
ズイッとクリスににらまれる。
そういえば、クリスとペアを組んだ時にそんなことを言っていたような気がする。
確か、イリスに一泡吹かせてやるとか言う理由だったが、それに参加するという話は聞いた。
「もしかして、その訓練のためにクリスを呼んだんですか?」
「あぁそうだ、参加するからには優勝してもらうからな」
「優勝!? イリスに勝つだけでいいんじゃ……」
「もしイリスが決勝まで上がってきたら、結局私たちも決勝に行かなきゃならないわ。やるからには全力よ!」
まったく、クリスらしい。クリスと未悠さん、案外ウマが合うのかもしれない。
「さて、もうこんな時間だ。和佑、送るついでにつまみ買ってこい」
「へいへい」
確かに、もう夕焼けが沈み始めている時間。
クリスを送っていかなくても、危険はないと思うが、ここは男子としての礼儀だろう。
ボロボロの体に治癒魔術をかけてもらったクリスに、ご褒美のアイスを二人で食べてから事務所を出る。
廃ビルから出てきた男女二人は、悪い取引でもしたかのようにぐったりした顔だった。
「大丈夫か……相当持ってかれてるけど」
「えぇ、確かに疲れたけど、とても価値のあるものだったわ」
「アグレッシブだな本当に」
「カズスケ、えっと、そのね……」
クリスが下を向いて言いよどむ。俺も、話しておくべきだろう。
立ち止まり、クリスと向かい合う。
「クリス、俺はきっと信用に足る人間じゃないことは分かってる。でも、俺はお前の味方だし、悪いことはしない。それだけは誓う」
「カズスケ、私も……きっと――――――」
クリスの言葉を待っていた。
だが、幸運なのか、不幸なのか。
俺は、しっかりと視認してしまったのだ。
普段なら全く気にもしない路地裏の汚い隙間。
そこへ何の意味もなく目を向けた時。
赤く、生々しいナニカを口にする、黒髪の麗人を。




