閑話
大雨に見舞われた西逆市の商店街。
雨のせいで学生で賑わっているはずの店も、今日は人が少ない。
その中で更に路地裏となると、そこに人はそうそういない。
「おらっ、金出せよ」
「ご、ごめんなさい……今持ってないんです」
「はぁああ?」
「ひいいいいい」
学生都市となると、このようなことも起きる。
一人の不良と、出来の悪いいじめられっ子。
魔術という分かりやすい実力の指標があり、更に順位も顕著に表れる学院ということで、僕は無謀に反抗しようとすることさえない。
雨に打たれながら、暴力をふるい続けるいじめっ子。僕は、いつでも弱者の人生だということは分かっている。
「君たち……なにしてるの?」
「あぁ? 誰だてめ――――なんだ?」
不意に背後から現れたその人物を見たとたん、不良は違和感を覚えた。
一切、雨の湿った感覚がなくなった。
まるで、空間が制止したかのように体に雨が打ち付けない。否、雨は降り続いているし、雨音もする。だが、打ち付けられているという感覚がない。
そして、体が目の前の人物を恐れている。
「ねぇ……たのしそう」
「な、なんなんだお前……」
ゆらりゆらりと近づいてくる影。
その人物は、まるで女のように見える青年だった。黒い艶髪が雨に濡れ、輝いている。
だが、その長い髪のせいで表情が読み取れない。
「俺も……まぜる、まざる」
「や、近づくな! こっちへ来るなぁあ!」
不良は、やたらめったらと魔術弾を撃ち込み続ける。
特に敵対行為をされたわけではない、生物的な本能が敵対心を煽ったのだ。
だが、その攻撃が届くことはなかった。
「なんだ……その黒いの……」
「美味し……くないな、君の魔素」
攻撃が届く直前、男の前に黒い影が現れた。
それは全ての魔術を飲み込み、まるで食事をした後かのように本人がげっぷをする。
自分の魔術がことごとく無効化された、それも得体のしれない何かに。
その現実だけで、不良が逃げ出すには十分な理由だった。
「あ、まってよ」
「待て――――いてぇえええええ!」
「な、なにして……」
不良が逃げ出した時には、逃げるのに必要な足が既に失くなっていた。
水たまりに血がにじんでいく。その出血量には、殺したいほど憎かった相手でも、目を覆う。
突然の出来事に、少し叫んでからすぐに赤い泡を吹いて気絶した不良。
犯人と思われる男は、その死にかけの不良に近づいていく。
「寝ちゃだめだ……起きろ『αφύπνιση』」
「――――はっ、はっ、いってぇえええ」
男が使ったのは、強制覚醒魔術。
気絶していた不良を、わざわざ叩き起こしたのだ。この魔術の効果中は、気を失うことが出来ない。無論、死は例外だが。
「口直ししなきゃ……いいよね?」
「いてぇええ……誰か、警察を……」
「ヒテイしない……いいんだね!」
すると、男はバタバタともがいている両腕を掴み、不良を持ち上げる。
そして、片方の腕を両手で持つと、その上腕二頭筋にためらいもなく噛みついた。
噛みついた、というよりも食いついた。
「アアアアアァァァァァアアアア!」
声にならない絶叫。そして、その受け入れがたい状況と痛みを拒絶する手段を許されない絶望。
それは、ただの捕食に他ならなかった。
右腕、左腕、右足といった頃には、もう声を発することはなかった。
男は、料理の冷めないうちにという風に急いで食べていた。
「だ、誰かいませんかああああああ!」
その時、いち早く逃げだしていたボクは商店街を目指し、駆け出していた。
すぐさま逃げて、あの悪魔を退治しないといけないことが起きる。
それを、同様に本能で感じ取っていた。誰か助けはいないかと、声をあげながら走っていた。
だが、それは徒労に終わる。
「――――『Verschwinden』」
直後、商店街が見えていた視界は暗黒と化す。
それに伴い、足元をすべらせ転んでしまった。
「逃げるなんてひどいよ、遊ぼう」
「あ、あぁああああ」
視界が暗黒にとらわれたままでもわかった。
足を持たれ、引きづられて連れ戻されていることに。
そして、右足にいままで経験したどれでもない痛みを感じ、そこで僕の意識は途絶えた。




