第四十五話
「全く何なのよ!」
きっと怒りの感情は、頂点を越していた。
崩壊した壁の報告書を考えるだけでも頭が痛くなる。
目の前の事件があるというのに、いきなり壁を壊す女とイチャイチャしてだらしのない。
伏見和佑を風紀委員に入れたのは、表向きには友好のためだが、実際は監視のためだと副会長から伝えられた。
この一週間、悪いことは何もなかったが、特に何か素晴らしいことをしたわけでもない。
こんな人物が、学院の侵入者を排除したとは考えられない。
何か裏があるはずだ。
そんなことをとりとめもなく考えていたら、捜査の手が止まってしまっていた。
「これ……どうしたの……?」
大きくため息をつくと、後ろから話しかけられる。
銀髪の美しさと人形を抱えている愛らしさを合わせ持つ少女、イリスだ。
この教室はイリスのクラスだ。彼女も異変に気付いてやってきたのだろう。
事情を説明すると、納得した様子。
「色々と迷惑かけてごめんね」
「捜査……手伝う」
すると、最初に学内デバイスを開くイリス。
そして、誰かに連絡を取ったようだ。
「誰に連絡?」
「宮崎ちゃん……今日、こっちに戻ってきたらしいから……」
「し、時雨先輩、戻っていたんだ!」
「すぐ……くるって」
そんな風に話していた時、壊れた壁からジャンプして教室に入ってくる人影がいた。
黒髪ポニーテールが揺れるのが見える。
「もう到着してるよっ!」
そして、まるで特殊部隊が空中から上陸したかのように着地して見せる。
「し、時雨先輩!」
「困りごとが起きたんだって!?」
ハイテンションのまま、立ち上がり私の肩を掴む。
私は緊張気味だというのに、イリスは気にせず状況を説明する。
「なるほど、あの壁を直せばいいんだね!」
「出来る……?」
「うーん、正確には直すじゃないけど、元通りには出来るよ!」
「それで……いい」
「了解っ!」
ビシッと敬礼をすると、すぐに壁に向かって手を伸ばす。
姿勢を低くし、足をしっかり踏み込めるように開く。
「みんな離れててね!」
と、言った直後から時雨を中心に風のような、オーラのような、名状しがたい何かが流れ出る。
それは、魔素の三属性にどれも該当しない、特殊な魔素。
壁はまるで蜃気楼かのように掠れていく。
その直後、壊れた壁は本当に蜃気楼であったように修復されていた。
「これで完了! 千年後くらいにはまた壊れるけどね!」
「ありがとうございました、わざわざ魔術まで使っていただいて」
「ちょうど、感覚を取り戻したかったしいいってことよ!」
満面の笑みでピースをする時雨先輩。
周りのギャラリーも拍手を送っている。
共に見ていたイリスも、時雨先輩に拍手を送る。
「宮崎ちゃん……またどっかいくの?」
「うん、次は新潟の大学に呼ばれててね~」
「それじゃ、またね……だね」
「おう、また会おう友よっ!」
そう演技ぶった様子でセリフを言うと、次はちゃんと扉を通ってどこかへ行ってしまった。
「相変わらず破天荒な人ね……」
「そういえば……ガラス割りの犯人は……?」
「それなら、そろそろ妖精が痕跡から現在地を割り出すはずよ」
あの中国からやってきた魔術師の妖精は、使ってみると案外万能だった。
校内に存在する痕跡を片っ端から集め、当該人物を追跡できるという、捜索にはもってこいの使い魔だ。
予想通り、外から手のひらサイズの妖精が帰ってきた。
「どうやら、森のほうへ逃げたようね」
「げ……雨は苦手……私は待ってる……」
「もう十分手伝ってくれたわ、ありがとね」
そう言って、雨の森の中へ向かっていく。
地面はぐちゃぐちゃだが、歩く分には問題ない。妖精が指し示している方向には、今は使われていない物置があるはずだ。
おそらく、そこで雨宿りでもしながら事が収まるのを待っているのか。
そこまで遠くない場所だが、人通りは全くない。
「ガラスを割った犯人! 出てきなさい!」
雨音に負けないような大きな声を出す。
聞こえているはずだが、物置の扉は開かない。
だが、中からガタガタという音が聞こえてきた。確実にいる。
「出てこない、仕方ないですね……」
物置に近づき、扉に手をかける。
何の抵抗もなく、すっと開いた。
だが、そこにはいなかった。
何がいなかったのか、犯人はいたのだ。だが、それは人ではない。
「……ガ………………ガ」
そして、おそらく通常の人間ならその名称は分からないだろう。
人型でありながら、機械的な動き。
「ホムンクルス――――ッ!?」
そう、一度対峙したことのある、その名称を知っていた。
しかし、突然の登場で固まってしまった。それは、交戦状態になっていたホムンクルスには十分な隙だった。
大きく振りかぶった腕が、みぞおちを確実に捉えられる。
「ガ、ハッ――」
そのまま二メートルほど飛ばされた。
体勢を整える余裕はない。だが、ホムンクルスは跳躍し、上から突き刺そうとしていた。
体を回転させ、なんとか避ける。
立ち上がるも、間髪入れず腕部による殴打が続く。
私の魔術は、洗脳。
それは、意識あるものにとっては効果的であるが、逆に言えば無機物や意識のないものには全く効果のない魔術である。
ホムンクルスは、起動するために魂の残滓を入れることで人に近づけるという。
だが、それは意識を持つには至らない。
「くっ……助けを――――」
「ガギギギギ」
「ぐあぁああっ!」
一切の隙を与えず攻撃をしてくるホムンクルス。
私には、クリスのような攻撃魔術の手段を持ち合わせていない。
逃げることもできない、下手をすればこのまま死――――――
「だ、誰かっ! 誰か助け――――――」
その声は、掠れていて遠くまで聞こえるようなものではない。
そして、プログラム通り敵をなぶり続けるホムンクルス。
最後に、比巻の頭蓋を狙った殴打を避ける余裕は、なかった。




