第三十五話
「自分の目で見てみるといい、素直に受け入れろ」
ふと、意識が冴えてくる。
そして、デスアスクとの戦闘、最後に現れた謎の人物――確か未悠さんはゾルヴァンと言っていた――の存在。
「はっ……はぁ」
心拍数が上がってくる。
怖い。それはなによりも現実だから。
だが、意を決して右半身に視線を向ける。
そこには、確かに俺の右腕が存在していなかった。
肩を過ぎたあたりに包帯がしっかりと巻かれており、その断面は綺麗な円形だ。
「腕が……うぅ……」
「一木、鎮静剤を寄越せ」
「はい」
頭が朦朧としてパニックに陥る。両手で顔を覆うとしたが、右半分は隠れない。
ただ逃れようも、変えようもない現実に体と脳が拒否反応を起こしている。
看護師二人と未悠さんに抑えられ、一木と呼ばれた医者が注射を刺す。
「はっ、はっ、はぁ……」
「どうだ、落ち着いたか」
「すみません……」
「仕方ありません、この状況では誰しもこうなります」
鎮静剤を用意していたことから、予想はしていたのか。
だが、まだやはり興奮は収まっていない。腕がないのだ。今まであったものが突然無くなっている、その衝撃は計り知れない。
「さて、話を続けても大丈夫か?」
「はい、大丈夫だと……思います」
「よし、それでは続けよう」
そう言って、未悠さんはホワイトボードにデスアスクの写真を貼りつける。今はもう亡き者だ。
「和佑を襲撃したのは、マルクス・ブラッドライク・デスアスク、IMROの刑戮者だ」
「アイツは基本的にIMRO本部の門番じゃなかったんですか?」
デスアスクと初めて対峙したのは、IMROへ潜入した時だ。脱出時に見つかり、俺の前へ立ちはだかった。
あの時は、未悠さんやルミハ部隊のバックアップで逃げることができたが、あいつを戦闘不能にするまでは追い込めなかった。
「IMROの資料を漁っていたら、人事異動の書類が見つかった。事件からたったの三日前だ」
「三日前……それじゃあ、生徒失踪事件については全く関係がない?」
「0ではないが、限りなく薄そうに思えるだろう。生徒失踪に関してはIMROは動いていないのかもしれない……そこで、一人の人物にたどり着いた」
もう一枚の写真を張り付ける。黒髪の麗人、クリスに化けていたあの人物だ。俺は、こいつに腕を喰われたのだ。
「現存する人間には、伏見和佑を除いて必ず魔素が体内に含まれているのは知ってるな」
「はい、だから魔術を行使できるし、魔術が効く」
「たとえばだ」
そういって、未悠さんは一木医師の白衣からペンを一本抜きとる。
この様子だと、いつもの神貫節が炸裂しそうだ。
「このペンを解析すると、構成材質以外に触れた人物の魔素も検出可能だ」
「そんなことまで……個人の特定まで出来るんですか?」
「それをするには該当人物の魔素を観測しないとならないが――――」
「簡単に言うと指紋みたいなものですね」
一木医師が横から説明する。
未悠さんは邪魔されたことに腹立ったのか、睨まれて一木医師は小さくなっている。
「もう一つ、人間の魔素はどこから生まれているか知っているか?」
「基本的には魔術起点から……?」
「正確に言うなら違う。魔術起点は魔素を流すための点だ」
そう言って、ホワイトボードに何かを描き始める。
これは……川と浄水場と家?
「分かりやすく言うなら水と同じだ。地球には魔素が満ちている、そこで地球から魔素を吸い上げ、人が使えるように変化させ、体内に流すのが魔術起点の役割だ」
確かに、水は川から浄水場で綺麗な水になって家庭に届く。
魔術師というのは一種の機械と言われているのはこういうことなのか。
「でも、これがなんだっていうんですか?」
「話を本題に繋げよう、お前が回収してきた魔弾についてだ」
なにかしらの円グラフを見せられる。英語やドイツ語ばかりであまり読み解けない。
「これが解析結果だ、これを見ると明らかに地属性の魔素が含まれている」
「地属性……?」
「魔素にも属性がある、基本的には人属性の魔素だが、地属性というのは岩石や鉱石系魔術師以外には有り得ない属性だ」
「魔弾は岩石系ということですか?」
「いや、このグラフを見て分かる通り、人属性の魔素の方が多い」
「二属性の魔素……どういうことだ……」
「魔素の属性は魔術師の属性そのものだ。一つの魔術に、二属性の魔素が含まれることは有り得ない」
頭がこんがらがってきた。
魔素には属性があり、岩石系魔術でもないのに地属性が混ざっている弾丸があるということか?
「地属性の魔素は、そこらへんの地面を掘っても現れる。地球そのものがもつ本来の魔素、水で例えるなら川の水ということだ」
「なるほど、魔術起点は地属性の魔素を人属性に変化させるためにあるんですね」
「だが、人と地、両方の属性を持つものといえば……一つだけ、思い当たるものがある」
あえて、少し間をおいてペンでホワイトボードに名前を書いていく。
それは、あまり耳にしない単語だった。
「……ホムンクルスだ」




