保険 前編
十時三十分。愛澤は呼び鈴を鳴らした。すると中から長髪の女性が出てきた。服装はブランド品だ。愛澤は偽名を使い自己紹介をした。
「萩原聡子さんですね。私は秋山忠一と申します。被害者補償という物をご存じですか」
萩原は首を横に振る。
「いいえ」
「そこまで有名な保障ではありませんから無理もありません。この保障は事件で軽傷を負った人を対象にしたものです。そのためには手続きをする必要があります」
「そのような保険に加入した記憶がありません」
「そうでしたか。お勧めの保険だと月々三千円で事件に巻き込まれて軽傷を負ったら三万円保障されます。この機会に保険に加入しませんか。今なら保険料を千円に値引きしますが」
魅力的な条件に萩原は目を光らせる。
「加入します」
「そうですか。ではこの契約書に署名捺印をよろしくお願いします」
秋山は契約書とボールペンをを渡した。彼女の右腕には天使のようなシンボルマークの付いた時計を着けていた。
「その時計はどうしましたか。二十三歳のあなたには買えないくらいの価値がします」
「これは彼氏からのプレゼントです。事件の前日に貰いました」
「そうですか。その時計は百万円の価値がします。上司の誕生日プレゼントに同じ物を購入しました。苦労しました。扱っている店が東京では一軒だけだし、限定十個でしたからね。大切にしてください」
注意 被害者補償というものは存在しません。




