バケットでカリカリ美味しいガーリックトースト
その日の朝、悠利は考え込んでいた。目の前にはちょっと固くなったバケットが、大量にある。《真紅の山猫》が使うパンは、基本的に毎日パン屋さんが焼きたてを届けてくれる。ただ全てを食べきれない日もあり、こんな風に残ってしまうことがあるのだ。
それというのも、冒険者でもある仲間達は毎食毎食同じメンバーがいるわけではないからだ。全員が揃わないことも多々ある。また、人によっては泊まりがけで出かけることもある。
そのため、残ってくるパンがどうしても出てしまうのだ。そんな残ってしまったバケットを見て、悠利はしばらく考え込んだ。
今日はこれを使い切ってしまいたい。皆の朝ごはんとして、どんな風にすればこれで美味しく提供することが出来るだろう。
そこまで考えて、そういえば今日はめったにない仲間達全員揃っての休みだということを思い出した。
色々と仕事の依頼なども重なって全員一緒に休みになることはあまりないのだが、今日はその珍しい全員休日の日なのだ。ということは、普段は依頼人に会うことなども考慮して使うのを控えているガーリックを遠慮なく使えるということだ。
それならば悠利には打てる手がある。
「よしこのバケット、ガーリックバタートーストにしよう」
たっぷりのオリーブオイルにすりおろしたニンニクを入れ、更に風味付けのバターも入れて、溶け出したその旨味をパンに染み込ませるようにしてフライパンで焼くのだ。塗り込んでトースターやオーブンなどで焼くのもいいが、今回はしっかり中まで染み込ませて両面を焼きたいので、フライパンを使ってこんがり仕上げることに決めた。
そうと決まれば、この大量のバケットを食べやすいサイズに切り分けるのが朝食作りの最初の仕事だ。
「まぁ、固くなってはいるけど切れないわけじゃないしね」
そうつぶやいて、悠利はまな板の上にバケットを並べた。
「おはよう何やってんの?」
「おはようカミール。今日の朝ごはんのパンはこのバケットを食べやすい大きさに切ってガーリックバタートーストにしようと思って」
「それはもう朝っぱらからめちゃくちゃ腹減るやつじゃん」
悠利の説明を聞いたカミールは、拳を握って呻いた。説明を聞いただけでどういうものか理解できたからのようだ。
そんなカミールに、悠利は小首を傾げて問いかけた。
「美味しいと思うんだけどダメかな?」
「いや、俺は好きだよ。けど、ガーリック使ってよかったっけ?」
「うん。今日はね、何だかんだで全員休日らしいから」
「なるほど。じゃあ遠慮なくガーリック使える」
「そう遠慮なく使えるのです。で……」
そこでユーリは言葉を切った。不思議そうに首をかしげるカミールを見て、おごそかな表情で一言告げた。
「バケットを食べやすい大きさに切り分けるか、ガーリックをすりおろすか、どっちがいい?」
物凄く重大なことのように告げているが、実際は単なる下準備である。そんな風に選択を突きつけられたカミールは、しばらく考えた。考えて、考えて、そして彼が出した結論はというと――。
「ガーリックすりおろしとく」
「あ、そっち取るんだ」
「いやー。だって、固くなったバケットを同じぐらいの大きさに切り分けるって、俺あんま向いてない気がするんだよ」
「向いてる向いてないかなぁ?」
「マグならそういうの得意そうだけどな」
「マグは多分得意だね」
カミールの意見に悠利も同意した。何やら職人めいたところがあるのか、この大きさに切ってと言われるとほぼ同じ大きさに切り分けるという特技を持っているマグなのだ。作業が特別早いとかではないのだが、同じ大きさにと言われたらきっちりそのように切ってくれる。
そういう意味では、マグは下処理とかに向いているなぁと悠利は常々思っている
とにかく下ごしらえの分担は決まった。カミールはせっせとガーリックのすりおろしを作り、悠利はフライパンで焼くことも考慮して、あまり分厚くならない程度にバケットを均一に切り分けていく。
皆の分を作らなくてはならないので、大量のバケットは切り分けたことにより、準備が終わった頃にはバケットがこんもりと山になっていた。それに味を付けるための分量ということで、ガーリックの方もボウルの中にたっぷりとある。
「で、これを使ってバケットを焼きます」
「どんな感じでやるんだ?」
「フライパンにオリーブオイルをたっぷりひいて、そこにこのすりおろしたガーリックとバターを投入します。火を入れて溶けたバターとすりおろしたガーリックをオリーブオイル全体に混ぜ合わせたところで、満を持してバケットを投入ー」
そう告げて、悠利はかぐわしい匂いを放つようになったガーリックオイルの中に、ペタペタとバケットを二枚並べていく。ジュージューというパンの焼ける音、そしてたっぷりあった油がじわじわとバケットに吸い込まれていく様子が見える。
「バケットがガーリックオイルを吸い込んでこんがり焼き目がついたら、ひっくり返して反対側も同じように味をつけます」
「ふむふむ。これ、こんだけで味ある?」
「バターに塩が入ってるからね。結構ちゃんと味はつくよ」
「なるほど」
まずは試食用ということで、フライパンに投入したバケット二枚は自分達の分だ。味見をして大丈夫だったら、皆が来る前に自分達の朝食分を作る予定である。
パンの焼ける匂いというのはそれだけでも美味しそうな匂いだが、そこにガーリックとバターの匂いが加わるのだから何とも言えず食欲をそそる。今すぐ食べたいという誘惑を振り払うように、カミールは悠利に質問を投げかけた。
「ちなみに他はどうするんだ?」
「コンソメスープとスクランブルエッグとサラダとウインナーです」
「なるほど。じゃあ俺、パンが焼けるまでの間にレタス洗っとくな」
「ありがとう」
サラダといっても、レタスとスライスしたキュウリにプチトマトを添えた簡単なものだ。朝ごはんは小食組もいるので、あまりこってりガツガツした食事というのは出さないようにしているのだ。
スクランブルエッグは、皆が起きてきてから焼けばいい。ウインナーに関しては後ほど全部まとめて茹で上げる。そして最後のコンソメスープであるが、こちらは常備菜として刻んである玉ねぎとキノコを何種類か入れ、顆粒コンソメを使えば簡単に作れる。ここにベーコンでも入れればコクが出るのだろうが、ウインナーをつけるのでスープはキノコ主体のコンソメスープである。
そんな風に朝食の準備をしている間に、いい感じにバケットが焼けた。両面きっちりこんがりと焼き目がついた状態のバケットを取り出し、二人で顔を見合わせる。
「焼き目がついてるとめっちゃうまそう」
「解る。じゃあ、これで味が大丈夫かのチェックをします」
「します」
大真面目な顔でうなずき合い、二人はまだ温かいバケットに手を伸ばす。ふーふーと冷ましながらそっとかじると、ザクッという音がする。
固くなっていたバケットにオリーブオイルがたっぷりと染み込んで、食べやすい。焼かれたことでカリッとしてはいるのだが、オリーブオイルが染み込んだことにより全体は柔らかく仕上がっている。かといってバケットの良さを損なうようなフニャフニャとした感じではない。
この、ザクッとしているが、決して硬すぎないという絶妙なバランスが素晴らしい。両面しっかりオリーブオイルを染みこませたおかげだろうか。
また、ガーリックオイルの食欲をそそる暴力的な匂いの奥に、バターのまろやかさが存在するのが何とも言えない。ガーリックオイルだけでも確かに美味しいだろうが、バターが入ることで味に深みというか、コクが出ている気がするのだ。
ひとまずしっかりと味はついているし、バターの塩気のおかげで特に物足りないということもない。そんなことを考えながら、もぐもぐと二人はバケットを一切れペロリと食べ終えた。
「こんな感じですが、どうでしょうか」
「全くもって問題ないと思います」
「よーし。それじゃあ、この方向で。バケットを焼くのはそんなに時間がかからないから、皆が来てからにしようか。後は、サラダとスープとウインナーの準備だね」
「了解」
「サラダとウインナーを大皿に盛り付けておいて、スクランブルエッグは後でそこに乗せるようにしたらいいよね」
「バケットの枚数は、何枚食べるか聞いてから焼けばいいか」
「それでいいと思う。おかわりも自由だしね」
顔を見合わせてにこにこと笑う悠利とカミール。食感を楽しめるとはいえ、あまり分厚く切っていないバケットだ。小食組も自分で調整しておかわりをしてくれるかもしれない。
そんな風に期待に胸を躍らせながら、二人は朝食の準備を続けるのだった。
「腹が減る」
そんな何とも言えず深刻な発言が聞こえた。
スクランブルエッグを焼きながら悠利が視線を向けると、バケットを半分ほど食べたらしいミルレインが唸るような表情をしている。なんだろう? 美味しくなかったんだろうかと思っていたところ、バチッと目が合った。
「えーっとミリー、お口に合わなかった?」
「違う。口に合いすぎる」
「あ、そっち」
「何でバケットだけなのに、こんなに美味いんだ。しかも食べても食べても腹が減るというか」
「いやー、そこはガーリックパワーじゃないかな」
何やら大仰に言っているミルレインに対して、悠利はちょっと適当に答えた。適当に答えた理由はただ一つ。あまりそちらに意識を向けると、スクランブルエッグが炒り卵になるからである。やはりこう、柔らかさを残したふわとろ食感のスクランブルエッグの方が美味しそうな気がするのだ。
とりあえず、ミルレインがガーリックトーストになったバケットを気に入っているらしいということだけは理解した。なので、悠利が彼女に告げる言葉は一つだけだ。
「おかわり用のバケットはいっぱいあるから、もし欲しかったら声かけてね」
「二枚予約で頼む」
「了解」
既に二枚が目の前にあるというのに、早速追加のオーダーが二枚分入った。まあ、ミルレインは別に食べ過ぎて腹を壊すなんていうバカなことはしない子なので、よっぽど気に入ってくれたんだなぐらいの反応の悠利。
その耳に、すかさず別の声が飛び込んできた。
「あたしもおかわり!!」
「レレイ。既に君の前には四枚のバケットが用意されてるよ」
「うん。ちゃんと食べるよ。でもお代わりするから、よろしく!」
「朝から元気だね。レレイ」
満面の笑みを浮かべるレレイ。大食いの彼女はそもそも元からバケットが四枚用意されている。それだけでなく、スクランブルエッグも普通は卵一つなのに対して卵二つ。ウインナーも基本は二本なのに対して四本と、最初から大盛り状態なのである。
が、おかわりのオーダーが出来るということで、猫舌の彼女はあらかじめオーダーしておくという手段に出たらしい。ある意味で自分を解っていると言えようか。
バケットのガーリックトーストを気に入ってくれたのは、ミルレインとレレイだけではない。朝からガーリックトーストはちょっと重いかな、と悠利も少しは考えたのだが、意外と小食組の仲間達も美味しいと言いながら食べてくれている。
中にはバケットの上にスクランブルエッグを少し乗せて、卵とパンを一緒に食べるというアレンジに挑戦している者もいた。これはこれで、まろやかな味わいのスクランブルエッグが、バケットに染み込んだガーリックオイルとのバランスで良い塩梅に仕上がるようだ。確かに、卵もガーリックオイルとの相性は良さそうである。そういう食べ方も美味しそうだよね、と悠利も思った。
そして、特に感想を述べることはないが、黙々とバケットをかじっているのはマグだった。小柄なマグは口も小さいので、だいたい一口が小さくなる。ガーリックトーストのバケットはカリカリサクサクしているが、それを少しずつ少しずつ食べているので、まるでリスが一生懸命食べているような姿に見えて、何とも微笑ましい。
口には出さないが、マグが食べる光景を見ている仲間達は皆そういう風に感じているらしく、一生懸命バケットをかじっているマグを見つめる視線がとても優しい。ただし、それを口に出すと機嫌を損ねてしまう可能性があるので誰も口には出さない。朝から何というかほっこりとした雰囲気が流れていた
「いやーしっかし、朝っぱらからこんだけがっつりガーリックって感じのは珍しいよな。何で?」
「ん? 今日は皆が休日だから、ガーリック使っても大丈夫だなーって思ったから」
「ほうほう。ってことはガーリック使えなかったらどうしてたんだ?」
「バターとオリーブオイルだけで仕上げてたかな。それだとちょっとパンチが足りないよね」
「まあ、確かにな。このガーリックオイルの匂いってのが、食欲をめちゃくちゃそそる感じがする」
「まあガーリックってそもそもそういうところあるからね」
カウンター越しに悠利に声をかけてきたのはクーレッシュで、実に楽しそうに話をしている。何をしているかといえば、彼は今さっきやってきたので自分の分が用意されるのを待っているのだ。目の前で悠利がスクランブルエッグを作る姿を見て、相変わらず器用だなーなどと言っている。
ちなみにバケットのガーリックトーストに関しては、カミールがせっせと焼いてくれていた。
「クーレさん、バケット三枚でよかったですか?」
「あぁ、とりあえず三枚で。他の料理も食べてからまだ入りそうだったらおかわり頼みに来る」
「了解です」
既に悠利とカミールは朝食を食べ終えているので、今は皆のオーダーに応える時間だ。スクランブルエッグを作るのは悠利の方が上手いので、こんな感じでスクランブルエッグ担当が悠利、バケットのガーリックトースト担当がカミールという感じで、仲間達の注文に応えている。
休日ということもあって、いつも以上に食堂にやってくる皆の時間がバラバラだ。だからこそ、出来立て熱々のガーリックトーストを提供できるので良かったかもしれないと悠利は思っている。一度に大人数に来られると全員分のバケットを焼くことが出来なくて、どうしても待たせてしまうので。
カウンターの前で準備が出来るのを待っているクーレッシュ。必然的に悠利が焼いているスクランブルエッグの匂いや、カミールが焼いているガーリックトーストの匂いが鼻孔をくすぐる。それだけで既に食欲を刺激されているのか、無意識に鼻歌がこぼれる程度には楽しそうなクーレッシュである。
こんな風に《真紅の山猫》の仲間達は食べることが大好きなので、悠利が作る何気ないご飯をとても喜んでくれる。悠利は誰かに喜んでもらえると嬉しいので、まさにWIN-WINの関係だ。
「はい、出来上がり。どうぞ召し上がれ」
「いつも美味い飯サンキュー」
悠利が作っていたスクランブルエッグが焼き上がり、ほぼ同時にカミールが担当していたガーリックトーストのバケットも出来上がった。それらをお皿に盛り付けて手渡すと、クーレッシュは眩しい笑顔でお礼を言って去っていった。
彼の手にしたトレイには、バケットの乗った小皿、スクランブルエッグ、サラダ、ウインナーの載った大皿、キノコたっぷりのコンソメスープが入ったスープボウル、それにほんの少しレモンを入れた水の入ったコップ。まるでどこかのお店のモーニングのようだなと悠利は自画自賛してみる。
まあ、モーニングの場合、飲み物はコーヒーになる場合が多いのかもしれないが。悠利自身はお店でモーニングを食べたことがほとんどないので、何となくの想像でしかないのだ。
そんなことを考えていると、ふと視界の隅でカミールが何かをかじっているのが見えた。
「カミール何してるの?」
「端っこの割れてたバケットで、皿に載せるほどでもない割れた破片を、食べてます」
「なるほど。欠けちゃってるのあった?」
「ちょっと欠けてたのが、焼いてる間に取れたって感じ」
「そっか」
目に見えて解るほどの欠けではないのなら良いやと思う悠利だった。硬いバケットを切っていたので、時々ひび割れが出来たりしたのだろう。仕方ない。
「そういやさ」
「ん?」
「クーレさんとガーリック使えなかったらオリーブオイルとバターって言ってたけど、その場合って何か一工夫するつもりとかあった?」
「うーん……。一工夫ってほどじゃないけど、仕上げに乾燥バジルでもふりかけようかなとは思ってたよ。バジルの風味って結構食欲を誘うから」
「あーなるほど。それは確かにうまいかも」
「でしょ」
「じゃあさ。今度はなんでもない日に、ガーリック抜きで、バターとオリーブオイルとバジルで作ったバケットトーストってのどう?」
「興味が湧いたんだね。カミール」
いつも通りだなぁみたいな反応をする悠利に、カミールはてへっと笑った。そう、いつも通りである。何かのアレンジした食べ方の話題が出たときに、それを小耳に挟んだ面々がそっちも食べてみたいとなるのは、まぁお約束なのだ。
そこまで大きなアレンジである必要はない。ほんのちょっとの違いでも、毎日食べるご飯に楽しみを与えてくれるのだ。何より、皆が食べたいと言ってくれるのは作り手としてもありがたい。
「まあバケットでやってもいいんだけど」
「ん?」
「普通のトーストでやっても、美味しいと思うよ」
「なるほど。その場合どうすんの?」
「あらかじめ溶かしたバターとオリーブオイルを混ぜておいて、それを食パンの表面に塗ります」
「ふむふむ」
「で、乾燥バジルを散らしてオーブンで焼く」
「あ、それも美味そう」
悠利の説明を聞いたカミールは、実に端的な感想を述べた。想像しただけで美味しそうだと思ったらしく、口元が緩んでいる。そんなカミールを見て、悠利は思わず笑った。
「でしょ? 今日、フライパンで焼いてるのは、硬くなっちゃってるから両面しっかり焼きたいっていうのもあってだよ」
「なるほどな。じゃあ次は食パンで」
「やるの決定なんだ」
「だって何か美味そうじゃん」
悪びれもせずにそう告げるカミールに、まあ確かにねと悠利は笑った。そちらはそちらで別の美味しさがある。きっと仲間達はそれを提供したら、これも美味しいと言って笑ってくれることだろう。その姿が目に浮かんで、思わず悠利の表情もほころぶのだった。
なお、何だかんだで皆の食欲を刺激しすぎた結果、こんもりと山のようになっていたはずのバケットはすべて平らげられました。こういうときは実に頼もしい仲間達です。
ガーリックトーストってなんであんなに美味しいんですかねぇ?
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





