送迎は人工遺物の馬車でした。
新章開幕でありますー!
ここからしばらく続き物です。
お出かけするよー!
その日、悠利達は旅行の準備を調えていた。何故そんなことをしているかというと、マリアの異母兄であるデュークからのお誘いがあったからだ。
先日、可愛い可愛い妹に会うために《真紅の山猫》のアジトを訪れたデュークは、ヴァンパイアの領主夫妻の嫡子にして次期領主様というやんごとなき身分でありながら、庶民丸出しの《真紅の山猫》の仲間達とのやりとりを大変気に入ったのだという。そのため、彼から見て短命種になる悠利達が元気な間にもう一度会いたいと、早速招待状を送ってくれたのだ。
兄の暴走に呆れつつもマリアがその旨をアリーに伝え、流石に全員で出向くのは難しいが都合の付く何人かで出かけようということになった。そして今日は待ちに待った出立日なのである。
デュークは溺愛する妹を含む悠利達一行が問題なく領地に到着できるようにと、特殊な馬車を用意してくれた上に道中で転移門が使えるように両親に許可を取ってくれた。それぐらい本気ということである。
ちなみに転移門というのは、離れた二つの地点を繋ぐ門のことだ。大半が商人ギルドの管理下にあるのだが(国をまたいで経済を管理する性質のため)、それ以外のパターンも存在する。今回悠利達が使わせてもらう転移門は後者であり、ヴァンパイアの都市が出来たときから彼らが管理しているものという話だった。
そんなわけで、王都の外で待つ馬車の元へと足を運んだ悠利達なのであるが、マリア以外の全員が目を点にしていた。……いや、引率として同行するアリーとティファーナの二人は解りやすく反応はしていなかったが。そこら辺は大人である。
「……マリアさん、デュークさんが用意してくれた馬車って、アレですか?」
「えぇ、そうよ。お兄様ったら本気だわぁ」
「……大きいですね」
悠利が口に出来たのはそれだけだった。他にコメントが出なかったのだ。
勿論、悠利達が問題なく乗り込める馬車を用意してくれるというのは聞いていたが、てっきり複数の馬車だと思っていたのだ。しかし、今悠利達の目の前にあるのは、通常の馬車よりも大きい、端的に言えば通常の馬車が乗用車ならば、明らかにバスサイズと呼ぶようなものなのだ。
そんな馬車を見たことがなかったので、悠利は瞬きを繰り返している。確かに特殊な馬車を用意するとは聞いていたが、こんな大きな馬車があるなんて思いもしなかった。
荷台部分が大きくなると言うことは、それを引っ張る馬の方も普通の馬ではないはずだ。そう思って悠利が視線を向ければ、そこにいたのは足が八本あるスタイリッシュな馬だった。大きな馬車に見劣りすることのない、立派な体躯である。
何だろうアレ? と思った悠利は、隣にやってきたアリーをちらっと見上げた。視線を向けられただけで悠利が何を言いたいのかを理解したらしいアリーは、目の前の八本足の馬を示してこう告げた。
「あれはスレイプニルという魔物だ。魔物ではあるが知能も高く、基本的に縄張りに入らなければ攻撃してくることもない。魔物使いに躾けられたり、生まれて間もない頃から育てればこうやって馬車の引き手として活躍してくれる」
「馬で良いんですよね?」
「一応分類上は馬だな。駿馬という言葉がそのまま形になったような感じだ」
「つまり、そのスレイプニルが引っ張る馬車は、超速い、と……?」
ゴクリと生唾を飲み込んだ悠利に、アリーは静かに頷いた。凄く大きな馬車を引っ張る立派な八本足の馬、スレイプニル。今の話の流れから考えるに、スレイプニルを馬車の引き手に使うというのは滅多にないことっぽい。こんなところにもデュークの本気が見えていた。
そんな会話をしている悠利達をそっちのけで、マリアは御者と会話をしている。
「久しぶりねぇ。迎えに来てくれてありがとう」
「お久しぶりです、マリアお嬢様。どうぞ皆さん中へ。準備は出来ておりますよ」
「道中よろしくお願いするわ」
「お任せください」
その会話は、普段のマリアとは少し違う印象を皆に与えた。具体的に言うと、人を使う側、或いは世話をされるのに慣れている側という感じの雰囲気だった。それを見て悠利達は、やっぱりマリアさんってお嬢様なんじゃ……? という感想を抱く。
なお、マリアは領主の娘だが母親は正妻ではないので扱いは庶子だ。そのため、彼女自身は自分のことをお嬢様とは思っていない。領主の館で育ってはいるが、傅かれるような立場ではないという感じである。
そんな周囲の思いなどどこ吹く風で、マリアはにこやかな笑顔で皆を馬車へと誘導した。
「それじゃあ、ひとまず馬車に乗ってしまいましょう。馬車についての説明とかは、その後で」
マリアにそう言われて、悠利達は馬車へと乗り込んだ。なお、今回マリアの故郷へ向かう面々は、名指しで呼ばれている悠利に引率役としてアリーとティファーナ、マリアが鍛錬するのに最適と引っ張り込んだレレイとラジ、異文化交流で経験を積むようにとクーレッシュ、ミルレイン、ロイリス、イレイシア、そしてヤック。そこに、知的好奇心が爆発して参加枠をもぎ取ってきたジェイクと、商人としての情報収集をしたい気持ちがスイッチを入れてアリーに頼み込んで同行することになったカミールが加わる。
それ以外のメンバーはアジトで留守番だ。修行があったり、仕事が入っていたりと予定の都合が付かなかったのだ。留守番組には、お土産を頼まれているのはお約束である。
マリアに促されるままに馬車へと乗り込んだ上記メンバーは、そこで固まった。固まってしまった。確かに馬車の中に乗り込んだはずだというのに、彼らの目の前に広がる光景は予想外のものだったのだ。
「お待ち申し上げておりました。お荷物はこちらでお預かりいたします」
「道中はそれぞれのお部屋か応接間でおくつろぎくださいませ」
「食事の時間になりましたらお呼びいたします」
「「……」」
恭しく一礼をするお仕着せを着た男女の姿に、一同は絶句した。そこに世話係よろしく従者の皆さんがいることに対する驚きではない。馬車の中に足を踏み入れたはずなのに、どこかのお屋敷の玄関ホールみたいな場所に立っているからである。
ぎぎぎ、と鈍い音がしそうな感じで首を動かした悠利が、隣で慣れた感じで従者達と話をしているマリアを見る。次いで、逆隣にいるアリーを見る。そのアリーも顔を引きつらせていた。
それでも、情報処理が出来ていない面々の中ではやはり、アリーが一番立ち直りが早かった。こほんと一度咳払いをしてから、マリアに声をかける。
「マリア、この馬車はいったい何だ?」
「え? あぁ、確か名前は、館馬車だったと思うわぁ。家宝の人工遺物ね」
「……人工遺物か……」
マリアの返答に、それなら納得したと言いたげなアリーであった。アリー以外の面々も、人工遺物という名称を聞いた瞬間に、目の前の規格外な状況を多少は受け入れることが出来ていた。
なお、知的好奇心の塊である学者のジェイク先生は、その説明を聞いた瞬間に目をキラキラと輝かせて周囲を見回している。珍しい人工遺物に触れられると言うことで、それはもう楽しそうである。安定のジェイク。
目の前の規格外の状況を引き起こしている馬車が人工遺物であるというのなら、この物理法則を無視したアレコレも納得できるというものである。人工遺物とはその名前の通り古代文明の遺物である。ざっくりと説明すると、普段目にしている魔法道具の更に上位版という感じになる。なので、普通ではない状況を引き起こしていても、皆も納得してしまうのだ。
早い話がトンデモアイテムである。そんなものを家宝として所持している辺り、ヴァンパイアの領主夫妻恐るべしということだろうか。
従者達に悠利達は個室へと案内された。恐るべきことに、馬車の中であるはずなのに、客室が幾つも存在したのだ。ベッドと小さなテーブルがあるだけの小さな部屋だが、馬車の中で個人の空間があり、さらにはベッドで眠れると考えたら破格すぎる。
壁や柱などは古めかしいが、調度品は適宜入れ替えているのかそこまで古いものには見えなかった。ひとまず荷物を部屋に置いた悠利達は、くつろぐのに使ってくれと言われた応接間に集合した。
集合して、一同は真剣な顔をして額を付き合わせていた。大きなテーブルにふかふかのソファが完備された良い感じの応接間で、とてもとても真剣な表情をした若手組が勢揃いである。
最初に口を開いたのは、クーレッシュだった。
「俺が知ってる馬車の旅ってこういうのじゃない」
「大丈夫だ、クーレ。僕が知ってるのもこんなんじゃない」
「というか、俺達今、馬車の中にいるんだよな? 全然振動とかないんだけど」
クーレッシュとラジが信じられないと言いたげに言葉を交わす。悠利も同感だったのでこくこくと頷いている。従者達の話によれば既に馬車は出立しているはずなのだが、わずかの揺れも感じないのだ。悠利達の感覚では、普通に家にいるようなものなのである。
「ねーねー、マリアさん」
「なぁに?」
「これ、本当に動いてるの?」
「動いてるわよ。そこの窓を開けてみれば解るわ」
「窓ー?」
マリアの説明にレレイは不思議そうに首を傾げた後、言われるがままに応接間の窓を開けた。お屋敷っぽい綺麗な装飾の窓を遠慮なくばーんと開けるレレイ。瞬間、ぶわりと風が室内に入ってくる。
レレイが窓の外を見れば、スレイプニルの俊足によってあっという間に変わっていく景色が見えた。間違いなく動いているのが解る。
「あ、ちゃんと走ってる」
「レレイさん、オイラにも見せて!」
「俺も、俺も!」
「どうぞー」
レレイの一言を聞いたヤックとカミールが、窓の方へと走っていく。そのまま窓から身を乗り出すようにして外を見ると、彼らの目にもレレイが見たのと同じ、動く景色が入ってきた。かなりの速さで馬車が移動しているのが解る光景だった。
その二人の行動を皮切りに、皆が交代で窓の外を確認する。動かなかったのはアリーとティファーナの二人だけだった。この二人は大人枠なので、そこまで動揺していないのかもしれない。……なお、同じ大人でもジェイク先生は嬉々として確認に動いていました。
「それではマリア、この馬車について説明してもらえますか?」
「といっても、これが人工遺物の館馬車で、快適な旅を約束してくれるってこと以外、私も知らないわよぉ?」
「空間拡張系だと思うのですが、外と隔離されているんですか?」
「窓を閉めている限り、外の音や衝撃は遮断されてるみたいな感じらしいわ。イメージとしては、今いる屋敷の外側に馬車という枠があるということらしいけれど」
専門家じゃないから詳しいことは知らないわ、とマリアはあっさりと言い放った。そんな彼女のあっさりとした発言に、それでもジェイクはふむふむと言いながらメモを取っている。未知の人工遺物に触れられるということで、些細な情報でも知れるだけで嬉しいらしい。知的好奇心の塊らしいと言えよう。
そんな二人のやりとりを、クーレッシュ達はふむふむという感じで聞いている。自分達が自発的に質問をすることはないが、ジェイクの質問とそれに答えるマリアの言葉を聞いて、人工遺物である館馬車への理解を深めようとしているように見えた。
ただ、ロイリスとミルレインは人工遺物の構造に関してはあまり興味がないのか、内装を見ながらアレコレと話している。ロイリスは装飾に関することを口にし、ミルレインは使われている素材の材質について話している。その二人の傍らにはイレイシアが寄り添っており、二人の話に耳を傾けている。
悠利は当初、専門的な視点を持つ二人の話をイレイシアが聞いているだけかと思ったのだが、イレイシアもまた自分の意見や感想を口にしている。専門家ではないからこそ感じる意見を、ロイリスとミルレインは否定も拒絶もせずに興味深そうに聞いているのだ。実に平和に雑談をしている三人の姿は、ちょっとほっこりする。
そんな悠利の足下では、ルークスが興味深そうにぺちぺちと床を叩いている。皆と一緒に窓の外をのぞいたので、これが馬車であり、今現在も移動中であるということは理解したらしい。理解したからこそ、振動もせずに自分達を運んでいるという状況が不思議でたまらないのだろう。
……ルークスは超レア種であるエンシェントスライムの変異種で、さらには名前持ちという能力が強化された個体である。そのため、サッカーボールサイズという愛らしい見た目に反して知能が高い。本来、ルークスぐらいのサイズのスライムの知能では今の状況を理解することなど出来ないのだが、悠利の従魔だからという謎の理由で諸々の事情を知らない皆にも納得されているのであった。ある意味での人徳だろうか。
「ルーちゃん、どうしたの?」
「キュー」
「床、強く叩いたら壊れちゃうよ?」
「キュピ」
悠利の言葉に、ルークスは慌てたように伸ばしていた身体の一部を引っ込めた。そして、違うよと訴えるように身体を揺さぶる。別に壊すつもりなんてなかったのだと全身全霊で訴えてくる可愛いスライムの頭を、悠利は優しく撫でた。
「大丈夫。ルーちゃんにそんなつもりがないのは解ってるからね。ただ、念のため、ね?」
「キュイ」
「うん、良い子だね」
悠利の言葉に、ルークスは解ったと言いたげに身体を上下させる。これはルークスが相手の言い分に同意しているときの動作である。人間でいうなら頷いているという感じだろうか。とにかく、賢いスライムは主の言うことをちゃんと聞いていた。
そんな微笑ましいやりとりをしている悠利達の傍らでは、アリーとティファーナが大人組として会話をしていた。
「アリーの見立てでは、この人工遺物の等級はどういった感じですか?」
「実用性も踏まえてかなり上の等級だろうとは思う。まぁ、領主一族の家宝だというなら、それも納得だが」
「そのようなものを貸し出してくださったことに、感謝ですね。……普通に移動していては、かなり疲れる旅路でしたでしょうから」
「……そうだな」
仮にスレイプニルが引く馬車であったとしても、通常の馬車ならば野宿を挟むことも考えなければならなかっただろう。道中の宿泊に関しては準備が必要ないとあらかじめ伝えられていた理由が、良く解ってしまった。
今の彼らの状況は、移動する宿屋に宿泊しているようなものだ。ざっくりと従者が館内施設の説明をしてきたときに、ごくごく当たり前に風呂とトイレという名称が出てきた。本来、そんなものは馬車に付随していないのだが。
ただ、ティファーナが告げたように、おかげで快適な旅路になるのは間違いがなかった。鍛えている訓練生達ならいざ知らず、見習い組や悠利といった旅慣れていない面々を思うとありがたいのだ。……後、日常生活で倒れる程度にポンコツなジェイクも。
「これも、マリアへの溺愛からでしょうか?」
「そうだろうな。まぁ、あの御仁はマリアだけでなく弟妹全員に甘そうだが」
「そうですね」
ぼやくように告げたアリーに、ティファーナは楽しそうにコロコロと笑った。異母妹であるマリアに会えただけで大喜びするような、ちょっとツッコミを入れたくなるレベルで妹が大好きなお兄さんだった。そのデュークが、可愛い妹に過酷な旅路をさせるわけがないのだ。
そして、彼らは思う。デュークの溺愛という名の過保護が、単純に移動を館馬車で送迎するというだけで終わるわけがなかろう、と。従者が揃っているこの状況、どう考えても美味しい料理ときめ細やかなお世話が用意されているとしか思えない。
何せ、彼ら二人の目から見ても、一同を出迎えてくれた従者達は仕事が出来るオーラが漂っていたのだ。領主夫妻にお仕えするのに相応しい、出来た従者ばかりが揃っていたように思える。
「……過度のもてなしは面倒だから嫌なんだが」
「諦めましょう、アリー。現地に着くまでの慣らし運転だと思うぐらいでちょうど良いはずです」
「……そうだな」
送迎でこれなのだ。実際に現地についたら、それはもう大喜びでデュークがもてなしてくれるだろう。面倒な感じではなければ良いが、みたいな反応をするアリーとティファーナなのだった。
そんなこんなで、規格外の馬車に揺られて、ヴァンパイアの領主夫妻が治める土地へと悠利達はお出かけするのでありました。
デュークさんは兄バカである。
その証明みたいなお迎え準備でありました。知ってた。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





