アレンジ簡単ポニーフック
「ブライトさーん、いますかー?」
「キュピピー」
ある日の昼下がり。悠利とルークスはブライトの工房を訪ねていた。基本的に工房でアクセサリーを作っているブライトが不在である可能性は低く、まるで友達の家に遊びに行くように悠利はコンコンと扉をノックする。
しばらくして、足音が聞こえてくる。ガチャリと扉が開かれて、不思議そうな顔をしたブライトが悠利とルークスを出迎えた。
「どうしたんだ?」
「ちょっとブライトさんに相談に乗ってほしいことがあるんですけど」
「……まぁ、今は急ぎの仕事は入ってないから大丈夫だ。どうぞ」
「お邪魔します」
「キュピピー」
まぁ良いかと言う感じで迎え入れてくれるブライトの優しさに感謝しつつ、悠利とルークスは工房の中へと入る。中に入った瞬間、ルークスは家主であるブライトにぺこりと頭を下げる。そしてそのまま、工房のお掃除を始めた。
「……ルークス、別に掃除はしなくて良いんだぞ?」
「キュ?」
「いや、まぁ、やりたいなら良いんだが……」
「キュキュー」
僕にお任せ~という雰囲気を醸し出しながら、ルークスは嬉々として工房の掃除を始めていた。掃除を頑張ると皆が喜んでくれるし、褒めてくれる。その上、スライムのルークスにとっては掃除で吸収するゴミもエネルギーになる。一石二鳥なのだ。
そんなルークスのいつも通りの行動をひとまず放置しつつ、ブライトは悠利へと視線を向けた。まぁ座れと視線で促され、悠利は慣れた仕草で勝手知ったる工房の椅子に座った。……実際、しょっちゅう来ているので慣れているのだ。
悠利が椅子に座ると、ブライトは正面から向かい合って口を開いた。
「で、相談ってのは何だ?」
「ちょっと作るのを手伝ってほしいアクセサリーがありまして」
「……また何か口を滑らせたのか?」
「いえ、今回は滑らせてないです」
「そうか」
途端に真剣な顔になったブライトに、悠利は大真面目な顔で答えた。ちなみにこの場合の口を滑らせたのかは、お洒落に目がない美貌のオネェ様である調香師のレオポルド相手に何か迂闊なことを言ったのか、という意味である。彼の御仁が関わるとちょっと大変なので。
とりあえず、今回悠利は自発的にやってきた。口を滑らせた結果、誰かの圧力に屈して行動を起こしたわけではない。それを理解して、ブライトもホッと胸をなで下ろした。少なくとも、圧に晒されて仕事をすることにはならないと解ったので。
気を取り直して、ブライトは悠利に詳細を説明するように視線で促した。ブライトはアクセサリー職人であるが、悠利が作ってほしいとお願いするものは大抵見知らぬものなのだ。作れるかどうかも含めて、話を聞かなければと思うのである。
そんなブライトに、悠利は自分の考えを口にした。
「ブライトさんに作ってほしいと思っているのは、ポニーフックというアクセサリーです」
「ポニーフック?」
「簡単に言うと、髪を結んだ後のゴム紐に引っかける飾りです」
「……ほうほう」
普段ブライトが作るアクセサリーは、指輪やピアス、ペンダントなどである。ネクタイピンなども手がけているが、髪飾りという分野にはあまり手を出していない。なので、何で自分に話を持ってきたのかという感想がちらりと覗いていた。
しかしすぐに、何故悠利が自分に話を持ってきたのかをブライトは理解する。早い話が、悠利にとってアクセサリー職人はブライトのことであり、困ったときに頼み事をしやすい人でもあるのだ。だからだろう、と。
実際その通りで、見たことも聞いたこともないアクセサリーだろうと、説明を聞いて作ってくれる可能性のある職人ということで悠利はブライトを選んでいる。今までも、何気ない雑談からの流れで色々と作って貰っているので。
というかそもそも、ルークスの頭の上で燦然と輝く王冠が、ブライトのお手製である。スライム用のアクセサリーなんて存在しなかったが、従魔タグをそのまま頭に埋め込むのだと可愛くないという悠利はブライトに王冠を作って貰ったのだ。
今となってはその王冠はルークスのお気に入りで、ちょっとでも汚れたら身体の中に取り込んで綺麗に磨いているぐらいだ。つまり、ルークスがそこまで気に入るほどの出来映えなのだ。そう、ブライトは、イレギュラーなお仕事にも全力を尽くしてくれる素晴らしい職人さんなのである。
「そのポニーフックっていうのは何で必要なんだ? 飾りのついた髪ゴムも売ってるだろうに」
「売ってます。でも、使いにくいそうなんです」
「使いにくい……?」
悠利の説明に、ブライトは首を傾げた。使っていないブライトには解らない何かがあるのだということは伝わったらしい。ちなみに悠利も、実際にそういう意見を聞くまでは思いもしなかった点である。
「これはヘルミーネに言われたことなんですが、飾りが付いている髪ゴムの場合、結わえ終えたときに良い感じの場所に飾りを持ってくるのが面倒くさいらしいんです」
「……と、いうと?」
「髪ゴムを何回巻くかって、人によって違うので、調整が面倒だとかで……」
悠利の説明に、ブライトはぱちくりと瞬きを繰り返した。そんなこともあるのかと言いたげな顔だった。しかし、実際に使っている人の意見なので、二人は真面目に受け止めていた。
悠利にヘルミーネが愚痴ったのは、可愛い飾りの付いた髪ゴムを使ったとしても、丁度良い感じに飾りを固定するのが難しいという使い手ならではの内容だった。お気に入りの飾りの髪ゴムでも、上手に固定できないと可愛くないのだ。
まだ結わえる位置が見えているなら、良いのだという。目視で位置取りを確認することが出来るし、歪んでいても調整出来る。問題は、見えない後ろで結んだりするときだ。
また、普段のヘルミーネのようにサイドにお下げ髪として垂らしているとしても、飾りを後ろ側から見えるように付けたいと思ったときだと難しい。結わえるだけなら問題なく出来ても、飾りの位置までちゃんとしようとすると難易度が上がるらしい。
そんな彼女の話を聞いて悠利は思ったのだ。それなら、飾りの付いていない髪ゴムで結わえてから、後から飾りを付ければ良いのだ、と。そして悠利はそういう用途に使うアクセサリーを知っていた。それが、ポニーフックである。
ポニーフックというのは、端的にいうと髪を結わえた後のゴム紐に差し込むフックに飾りを付けたものだ。これならば、フックを差し込むだけで飾りの位置を調整出来る。お手軽簡単にお洒落が出来るのだ。
しかしこの世界にと言うか、少なくとも王都ドラヘルンにはポニーフックやそれに似たアクセサリーは売っていなかった。売っていなかったので悠利は、ブライトに頼んで作って貰おうと思ったのだ。
仮にブライトが量産するのは無理だとして、試作品を一緒に考えた後に他の職人さんに頼むことは可能だろう。まずは話が通しやすい人ということで、悠利はブライトを頼ったのである。
諸々の説明で何となく自分が頼られた理由を理解したブライトは、悠利にポニーフックの詳しい説明を求めた。それに対して悠利は、ノートに簡単なイラストを描いてざっくりと形状を説明する。
「こんな感じでくるっと曲げた金具と、その根元の部分に色々な飾りを付けたものになります」
「なるほどなぁ。つまりこの曲げた金具が、ピアスやイヤリングの金具の部分みたいなもんで、上の飾りの部分を色々と変えることで違いが出せるって感じだな」
「そうですね。どういう飾りを取り付けるかで職人さんの個性が出ると思います」
悠利に無茶ぶりをされるのは初めてではないので、ブライトも慣れたものだった。素人の落書きみたいな悠利の説明で構造を理解してくれたらしい。話が早くて大変助かる。
話がとても早いブライトさんは、そのまま工房にあった材料を使ってポニーフックを作ってくれた。あくまでも試作品なので、飾りに使うのはブライトが仕事と関係なく作っていたブローチの飾りの部分を流用することになった。
綺麗に曲げた金具の根元に取り付けた飾りは、綺麗な蝶々の形をしていた。シルバーの縁取りの中に薄く砕いた宝石を貼り付けてあるので、キラキラしている。蝶々の形をしているといってもデフォルメしたものなので、見た目にも愛らしい。
「こんな感じでどうだ?」
「流石、ブライトさん! 仕事が速い!」
「とりあえずこれで良いのかを聞いてきてくれ。それで大丈夫そうなら他にも作ってみるし、何なら金具の部分を他に発注すれば別の職人でも作れるようになるだろ」
「了解であります!」
ブライトの言葉に、悠利はしゅぱっと敬礼っぽいポーズを取った。髪の短い悠利とブライトでは使い勝手に関してはまっっっったく分からないのだ。そうなるとやはり、実際に使うであろう人々に意見を聞くのが大切になる。
悠利はブライトから試作品のポニーフックを受け取ると、張り切ってアジトへ戻るのだった。
……なおルークスはいつも通りに掃除を頑張り、ブライトにたくさん褒めてもらえてすごく喜んでいました。
そんなこんなでアジトに戻った悠利は、ひとまず髪の長い女性陣に話を通そうと思ったところ、面白そうなものを持っていると目敏く気づいたカミールに捕まるのであった。
「……いや、確かにカミールも髪の毛くくってるけどさー。カミールは紐を結んでるんだから飾りは関係ないのでは?」
「何言ってんだよ。こんな金になりそうなものを俺が見逃すと思ってたのか?」
「いやまぁ、それはそうなんだけどぉ……」
商人の息子の嗅覚、恐るべし。戻ってきた悠利がきょろきょろしながら髪の長い面々を探す姿から何かあると察したあたり、本当にカミールはそういう方面では優秀過ぎる。
そして今、カミールは悠利が持ち帰ったポニーフックを興味深そうに見ている。ポニーフックの構造上、紐で結わえた上からも差し込むことは可能だ。なので、カミールでも簡単に使えるのは事実なのだ。
首の後ろで結わえている髪に挿そうとして、カミールは少し考えてから髪をほどいた。そしてそのまま、顔の横に垂らすような感じに結び方を変える。その上で、紐で結んだ上からポニーフックを刺した。
自分で刺す向きや位置を確認できるので、簡単に調整が出来る。カミールは何度か調整を繰り返すと、にぱっと楽しそうに笑った。
「これ、簡単で良いな」
「使い勝手はどんな感じ?」
「向きとか簡単に調整できるから良いと思う。飾りの種類とか大きさとかが増えれば、色々とアレンジに使えるんじゃないか?」
「そっか。じゃあ、ブライトさんにも伝えておくね」
ひとまず使い勝手に問題はないらしいと理解して、悠利はにこにこと笑った。勿論他の面々にも尋ねるつもりではあるが、問題なさそうで安心したのも事実だった。
そんな風にのんびりとしていると、大きな声が響いた。
「何それ、何それ、何それーーー!! 何でカミールがそんな可愛いの付けてるの!?」
「うわっ!? ヘルミーネさん?」
「カミールそんなの持ってなかったわよね? それ何? どうしたの? 可愛いんだけど!」
「ヘルミーネさん、落ち着いて! ……ユーリ、助けろ!」
「わぁ……」
すごい勢いでカミールに詰め寄るヘルミーネ。おしゃれに目がないお年頃なので、普段そういうアクセサリーを付けていないカミールが髪飾りを付けている事実に目敏く反応したらしい。矢継ぎ早に言葉を投げかけている。
ヘルミーネのあまりの剣幕に、普段なら上手に説明して相手から逃れるカミールが押されている。押されすぎて、説明をする隙間がないらしい。助けを求められた悠利は、そんな賑やかな二人の姿に遠い目になった。今日も賑やかだなぁ、という感じで。
とはいえ、このままカミールを見捨てるのは可哀想なので、悠利はヘルミーネをカミールから引っぺがすと、説明を口にした。
「ヘルミーネ、落ち着いて。カミールは試作品に問題点がないかを確認してくれてただけだから」
「試作品?」
「言ってたでしょ? 飾りの付いた髪ゴムだと使うのが難しいって。それをどうにか出来るアクセサリーが作れないかなーってブライトさんのところに行ってきたの」
「……つまり、今カミールの髪に付いてるのが、その試作品?」
「そう」
悠利の説明を聞いたヘルミーネは、少し落ち着いたらしかった。なるほど……と大真面目な顔で呟いている。
ちなみにカミールは、ヘルミーネから解放された瞬間にポニーフックを外していた。これ以上身につけていたらどんなことになるか解らないと思ったのかもしれない。そして、それを流れるように悠利に返していた。
悠利はカミールから受け取ったポニーフックを、そっとヘルミーネに差し出した。
「ヘルミーネ、これがそのポニーフックだよ。使ってみてくれる?」
「うん! わー、綺麗……!」
「その蝶々の飾りはブローチの部品だったらしいんだけど、どんな感じ?」
「すっごく可愛い!」
そう言って、ヘルミーネはお下げ髪を結んでいる部分にポニーフックを刺した。金具をはめ込むだけという簡単さで、綺麗で可愛い飾りを向きを歪めることなく身につけることが出来る。そのポニーフックの良さを、ヘルミーネは一瞬で理解したようだった。
彼女の綺麗な金髪に、蝶々の飾りが美しく輝いている。一つしかないので片方だけだが、使い心地は悪くないように見えた。
「ユーリ、これ簡単で良いわ!」
「本当? じゃあ、これで色んな飾りのものがあったらヘルミーネ、買う?」
「買うわよ! 買うに決まってるじゃない!」
悠利の問いかけに、ヘルミーネは満面の笑みで答えた。おしゃれを愛する女子としては、簡単に可愛くなれるアイテムは見逃せないらしい。……ちなみにそんなヘルミーネの姿に、カミールがだから言ったじゃないかと言いたげな顔をしていた。売れる商品だと太鼓判を押したいらしい。
そんなことをしていると、他の女性陣も何があったのかと興味深そうにやってくる。そんな彼女達にポニーフックの良さを説明するのは、ヘルミーネの仕事だった。髪にポニーフックを挿したまま、見て見てと笑顔である。
それを眺めながら、悠利は傍らのカミールに呟いた。
「カミールの嗅覚すごいね」
「俺としては、ユーリのアイデアがすごいけど」
「え?」
「だってこれ、ユーリが考えたんだろ?」
「考えたって言うか、僕の故郷にはあったんだよね」
「マジでユーリの故郷って何なの?」
次から次へと見たこともない品物を生み出す悠利に仲間達が驚かされるのはいつものことであるが、それにしたって何でそんなに色々出てくるんだ? と言いたいのだろう。とはいえ悠利としても故郷にあった品物を再現しているだけなので、アレコレ言われても困るのだ。
まぁ、基本的に誰かの役に立っているので問題ないだろうと悠利は思っている。今回だって、ヘルミーネは大喜びだし、他の女性陣も興味深そうにポニーフックを見ている。売れる商品だと解ればブライトの仕事も増えるし。
そんな風に考えている悠利の耳に、ぼそりとツッコミが届いた。声の主はアロールであった。
「言っておくけど、これ確実にレオーネの耳に入るよ」
「はぅ……!?」
「職人のところに直接行ってくれると良いね」
「……うぅ、ブライトさん、ごめんなさい……」
自分の元に美の追究に余念のないオネェ様がやってくるのも困るが、お仕事中のブライトのところに押しかけるのも申し訳ない気持ちだ。とはいえ、アイデアを出しただけの悠利にはこれ以上出来ることはない。ブライトが上手にレオポルドをあしらってくれるのを願うだけだ。
とりあえず、皆から出た試作品の感想をブライトに伝えるときに、それとなくレオポルドに気をつけるように伝えようと思うのだった。自分のところに突撃されたらそのときは、素直に状況を説明するだけである。
「……流石に、アリーさんに怒られたりはしないよね?」
「レオーネが来て大騒ぎしたら怒られるんじゃない?」
「……何事もありませんように……」
容赦ないアロールのツッコミに祈るような仕草をする悠利。その傍らでカミールは、商品ができあがったら幾つか購入して実家に送ろうと呟くのだった。姉への贈り物&新しい商品の情報を伝えるためという二段構えである。抜け目がない。
なお、悠利がレオポルドに突撃されることはなかったが、ブライトの元には突撃したらしく、美貌のオネェ様監修のポニーフックもラインナップに追加されるのでありました。まぁ、比較的穏便に済んだ感じです。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





