シンプル美味しいちくわの天ぷら
「今日の夕飯が天ぷらだってのは理解したけどさ」
「ん?どうかした?」
小首をかしげる悠利に、カミールは奇妙なものを見る顔でそれを指差した。
「このちくわっていう魚のすり身を使った加工品を、わざわざ天ぷらにするのは何で?」
「何でって、美味しいからだけど?」
カミールの質問に悠利は当たり前だと言わんばかりの口調で答えた。そう理由はそれしかない。未だによく解らないと言わんばかりの顔をしているカミールには悪いが、悠利にとってちくわは天ぷらにしたら美味しい食材なのである。
なおカミールが言いたいのは、何でわざわざ魚のすり身の加工品を天ぷらにするのか?である。これはもう出来上がっているものではないのか、と言いたいのだ。魚介類が欲しいなら、魚の切り身やエビやイカなどを天ぷらにすればいいのではないか。
しかし、明確に口にされないその思いは悠利には伝わらない。そしてまた、悠利の「だって、ちくわはとっても美味しい天ぷらになるしね」という気持ちも説明されていないので、カミールには通じていない。
二人は互いの顔をじっと見て、そして、言わなきゃ伝わらないよなとどちらからとなく大きくうなずいた。
「まずカミールの言い分を聞かせて」
「オッケー。このちくわだけじゃなくて色々とすり身の加工品を、悠利がたまに買ってくるじゃん?」
「うん。煮物に入れたりすると出汁が出てとても美味しいから」
「それは知ってる。で、そのまま調理しないで食べてたりもするじゃん?」
「そのまま食べられるからね」
「だからこれって、別に天ぷらにしなくてもそのまま出して美味いんじゃないかっていう、そういう感想」
「それは確かに」
「これが一つ目な」
「うん」
一つ目とカミールが告げたので、悠利は大人しく続きを待った。さあ、二つ目の意見は何か聞かせてくれみたいな感じである。そんな悠利に、カミールは大真面目な顔で言った。
「わざわざ、魚のすり身の加工品を天ぷらにしなくても魚は売ってるし、エビとかイカとかもあるんだから、そういうのを天ぷらにするんじゃダメなの?」
「ああ、なるほど。そういう意見かぁ」
「そう。そっちの方が食べ応えあるかなって思ったんだけど」
「今回、食べ応えはあんまり考えてないんだよね、僕」
「マジで?」
「質より量で攻めようかなって」
呆気にとられるカミールに、悠利は大真面目な顔をしていた。
そう、本日の天ぷらは質より量作戦である。とはいえ別に、質が悪いわけではない。早い話が、肉や魚などのいわゆるメインディッシュと言われるような食材でパンチを出すのではなく、キノコや野菜の天ぷらを多種多様に取りそろえ、さあ好きな天ぷらをいっぱい食べてくださいというスタイルにしたいだけである。
そもそも悠利は、天ぷらは立派なメインディッシュだと思っているので、別に肉や魚を使わなくとも野菜やきのこで十二分に満足できると思っているのだ。まあ、実際きのこや野菜の天ぷらは問題なく美味しいので。
そして、その質より量作戦に悠利が戦力として投入すると決めたのが、ちくわなのである。
このちくわ、行商人のハローズおじさんが港町のロカで仕入れてきてくれただけあって、非常に安価で手に入るのだ。そもそも、ちくわなどの加工品は魚のすり身を利用しているのだが、売り物にならない魚などを加工しているケースもあり、加工品の割にお手軽価格で手に入るのだ。焼いてよし、煮てよし、そのまま食べてもよし。実に便利な、魚の旨味をたっぷりと詰め込んだ食材である。
そして悠利は、ちくわの天ぷらが好きだった。
シンプルに、ただ切って天ぷらの衣をつけて揚げただけという、磯辺揚げですらない天ぷらが特に好きだ。なお、塩もふらない。天つゆにつけることもしない。ちくわの持つ旨味だけで十二分に美味しいと信じているのだ。
こう、何も考えずにひょいぱくと摘まめる天ぷらという感じなのだ。恐らくは、仲間達にとってのフライドポテトに近い。特に何も考えずに、他のものを食べながら合間合間に気軽に摘まめるという感じだ。
それが悠利の中のちくわの天ぷらであるとはいえ、食べたこともないカミールにはちくわの天ぷらのポテンシャルは解らない。この魚のすり身を天ぷらにして、本当にそんな満足感があるのかという彼の疑問ももっともだ。
「カミールの言いたいことは解るよ。確かに魚の切り身の天ぷらとかの方が豪華だよね」
「だろ?」
「でも今日は、野菜ときのこの天ぷらをいっぱい作って、そこにこのちくわの天ぷらも一緒に作ろうと思ってるんだ。暈増しも兼ねてる感じかなぁ?要は、一人幾つって決まってるんじゃなくて、山盛り作って欲しいだけ食べてくださいっていう感じでいきたいんだよ」
「あー、そっち?だから野菜とかキノコってわけ?」
「そう。それなら、揚げ物が苦手な人も食べやすいかなって」
「まあ確かに、肉や魚よりは軽いか。揚げ物だけど」
「衣を分厚くならないように注意したら、油もそんなに吸わないしね」
悠利の言葉に、カミールはそれもそうだなと言いたげな顔をした。天ぷらに限らず、揚げ物というのはそもそも衣が油を吸うのである。ということは、衣を薄く仕上げることによって、余分な油を吸い込ませないように出来る。そうすると意外とあっさり食べられたりするのだ。
なお、プロの天ぷらのお店などに行くと、揚げ油にも気を使っていたりする。一般家庭で使われているのはサラダ油が多いと思うが、お店によってはごま油や米油、菜種油、はたまたオリーブオイルなどそれぞれこだわりの油で揚げているらしい。使う油の風味もまた味付けの一つという感じで。
とはいえ、《真紅の山猫》でそんな贅沢は出来ない。食べ盛りをいっぱい抱えているのだ。早い話がエンゲル係数が大変高いのだ、このクラン。
勿論食費はきちんと渡されているし、足りなくなれば追加を申請したら出してもらえる。とはいえ、省ける部分はきちんと省いて節約するのが悠利のモットーである。お家ご飯とはそういうものである。プロのお店とは違うのだ。
ひとまず、悠利の説明でカミールは、本日の天ぷらにちくわが仲間入りすることを納得はした。どんな味なんだろうと言いたげに不思議そうにちくわを見ているが、ひとまず納得はしたらしい。
そんなわけで二人は、天ぷらにするための野菜ときのこの下ごしらえに取り掛かる。こういった作業にもお互い慣れたもの。キノコ類は石突きの部分や汚れた部分を落とし、食べやすい大きさにしておく。本日使うのは、しめじ、舞茸、シイタケの三種類だ。
しめじと舞茸は手頃な大きさにふさを小分けし、シイタケはよほど大きいものでなければ軸を取ってそのままで、大きいものは軸を切った後に半分に切るという感じだ。重要なのは、あまり大きくなりすぎないようにすることである。食べにくいので。
続いて、野菜だ。カボチャとサツマイモはそれぞれ綺麗に洗った後、皮ごとカットする。カボチャは種の部分を取り除いてから半月切りにし、サツマイモはそこまで太くはなかったので輪切りにする。
次に、色どりに人参だ。こちらは皮を剥いて一本を三等分にした後、スライスしていく。輪切りではなく、どちらかというと四角く切るというイメージの方の切り方だ。あまり分厚くすると火が通らないので、そこは気をつけておく。
同じく彩り担当ということで、お子様組には一瞬微妙な顔をされるかもしれない、シシトウだ。まあこれに関しては食べたくないものは食べなくていいとユーリが思っている。悠利もちょっぴり苦手だ。
よく洗った後、ヘタの先についている弦が長すぎる場合は少し落とす。なお、ヘタは落とすと余分な水分が入ったりするので、そのままだ。
そしてここがポイントで、シシトウはそのまま揚げると破裂する危険性があるので、お腹の部分に縦にスーッと切れ込みを入れておく。こうすることで破裂を防ぐのだ。小さなポイントである。
種類はこれだけだが、大量の野菜の天ぷらを作るぞという心意気の通り、二人はせっせと野菜を切る作業に没頭した。それぞれの種類ごとにボウルに小分けしていくのだが、なかなかの分量である。更にこれを天ぷらに仕上げるのだから、完成したときには大皿が幾つ出来るだろうか、という趣だ。
しかしそれくらい大量に作っておかないと、仲間達の胃袋を満たせないことを彼らは知っている。何せ、《真紅の山猫》は、冒険者のクランである。皆さん身体が資本で大変よく食べるのだ。
一部の小食組を除いて、基本的に年齢通りの食欲、あるいはその身体のどこにそれだけ入るのかと言わんばかりの食欲を誇る仲間達なのである。まあ悠利としては、いつも美味しそうにペロリとご飯を食べてくれる仲間達の存在は、ありがたい。頑張って作ったご飯を美味しいと言って食べてもらえるのはとても嬉しいことなのだから。
さて、そんな感じに慣れた食材の下準備が終われば、最後にちくわである。こちらも大量だ。
「ちくわは下ごしらえと言っても、簡単に切るだけだから大丈夫。まず、真ん中で半分に切ります」
そう言って、悠利はまっすぐに置いたちくわの真ん中に包丁を入れる。特に力を入れる必要もなく簡単に切れ、ちくわは短いものが二つになった。そのまま悠利は、今度は縦方向に包丁を入れる。そうすると、縦横で四分割されたちくわの出来上がりだ。
「こんな感じに切ります」
「へー、ぺったんこにするんだ」
「うん。この方が食べやすいしね。と、いうわけなので、この大量のちくわを頑張って切ります」
「了解」
目の前にどんと用意されたちくわである。今から彼らはこれと戦うのだ。しかし、ちくわはそもそも切るのに力はいらないし、切り方も深く考えずに縦横の四分割にすればいいだけとあって、カミールの返事は軽かった。
もっと大変な作業が待っているかと思ったら、案外楽そうだなという感じである。このあたり、いろいろと鍛えられたこともあり、包丁を握るのを苦に思っていないのだ。
そんなわけで悠利とカミールは、手分けして二人でちくわを一生懸命切った。野菜ときのこもたくさん用意したが、悠利的にはちくわを一番たくさん作りたいという気持ちがあったので、用意されたちくわは大量だ。それを二人でせっせと切るのである。
ちなみに、ちくわは単価が安いので、これだけ大量に用意しても肉や魚を同じようにたっぷり用意することを思えば、随分と安上がりだ。安くて美味しくて、お腹も膨れるということで、完璧だよねと悠利は思っている。もはや考え方が主婦のそれなのだが、やっていることがそもそも主夫なので今更かもしれない。
下ごしらえが終わったら衣と油の準備だ。
油を温めている間に天ぷらの衣を作る。基本は粉と水を同量にするといい感じの固さになるというが、そのあたりは個人の食感の好みもあるので都度調整が必要となる。心配ならば、試しに一つ揚げてみて味見をすることで衣の固さを確認すればいいのだ。
こちらも慣れた作業ということで、手早く天ぷらの衣も作り終えた二人は、熱されている油をじっと見ている。
「まだ?」
「まだ。もうちょっとかなー」
異世界のコンロには温度測定機能などが付いていないので、油の温度は目視や手をかざして何となくはかるという感じだ。或いは、衣を一滴落としてみて様子を見るという方法もある。
しかし、悠利には心強い味方がついている。そう、鑑定系最強技能の【神の瞳】さんである。
そんなわけで悠利は、じーっとフライパンの中の油を見ている。適温になったら、「適温になったよー」と言わんばかりに教えてくれるのだ。大変便利なセンサー機能である。そこ使い方が間違っているとか言わないでください。悠利にとっては正しい使い方です。
しばらくして油が適温になったのを確認して、悠利はひとまずちくわの天ぷらを揚げることにした。カミールに味見をしてもらうためだ。
食べやすい大きさに切ったちくわに衣をつけて、余分な衣はきちんとボウルの中で落としてから油へと投入する。バチバチというお約束の音はするけれど、そろっと小さなちくわを一つ入れただけなので、そこまで大変なことにはならない。
ちくわは軽いのか、油の海でぷかりと浮かぶ。その様を可愛いと思いつつ、悠利は片面がキツネ色になったのを確認すると、ちくわをひっくり返す。こうやって両面揚げる必要があるので、平べったい形だと楽なのだ。……他の形だと、くるくる回転する可能性があるので。
両面しっかりキツネ色に揚がったら取り出して、半分に切る。そして、二人仲良く試食である。
揚げたて熱々なのでふーふーと息を吹きかけて冷ましてから、そろりと齧る。半分に切ったので一口サイズではあるのだが、出来立ての揚げ物を一口で食べるのは危険なので、まずはそろりと齧ってみるのだ。
そうすると、揚げたての衣のさっくりとした食感と、内側で守られたことで水分を保ったままのちくわの弾力が伝わる。食感を楽しんだら次は、味だ。ちくわを噛んだ瞬間に広がるのは、紛れもない魚の旨味である。
口の中いっぱいに広がる豊かな風味。塩も付けていないのに、天ぷらにしたことで揚げ物としての味を追加されたちくわは、実に食欲をそそる美味しさを発揮していた。ドカンとパンチがある味ではないが、無性に何度も食べたくなるシンプルな旨味がそこにあった。
満足げに頷いてちくわの味を堪能する悠利の隣では、カミールがちくわすげー!と言いたげな反応をしていた。そのままちくわを食べたことがあるからこそ、天ぷらにしたことでパワーアップしているのが解るのだ。
「ユーリ、これめちゃくちゃ美味い。しかも何か、ずっと食える」
「でしょー?……だからいっぱい用意したんだよね」
「解る。野菜の天ぷら食って、コレ食って、また野菜の天ぷら食ってって感じで無限に食える気がする」
「揚げ物だから程々にね」
カミールの発言に、悠利は楽しげに笑った。まぁ、美味しいと思ってくれたのなら問題ない。カミールが美味しいと思うと言うことは、仲間達も美味しいと思ってくれるということだ。これで今日のメニューは問題ないなと思う悠利だった。
「それじゃ、どんどん揚げていこうね」
「おう」
ちくわだけでなく、野菜もキノコも大量に用意してある。これを全部天ぷらにするのだ。頑張るぞー!と張り切る悠利とカミールなのでした。
そして、夕食の時間。
大量の天ぷらを作り置きしてしまっては冷めて美味しくなくなってしまうが、時間停止機能まで付いた魔法鞄になっている悠利の学生鞄を有効活用した二人である。彼らが頑張って作った天ぷらは、大皿に盛りつけた状態でカウンターにずらりと並んでいる。そして、仲間達は各々食べたい天ぷらを取っては席に戻って美味しそうに食べていた。
なお、ちくわ以外の天ぷらは揚げた直後に塩を振ってあるのだが、天つゆっぽく食べたい人向けに薄めためんつゆも用意されている。そのあたりは個人の自由である。……ちなみに、おわかりかと思うが、どこぞの出汁の信者は発見した瞬間にめんつゆを器によそい、うきうきで席に戻っていった。安定のマグ。
「ユーリ、ユーリ、このちくわの天ぷら、美味しいねー!」
「気に入ってくれて良かった」
「小さいのに味がぎゅーって入ってる感じがする。いっぱい食べられて良いね!」
満面の笑みを浮かべるレレイ。彼女が口にするいっぱいは、本当にいっぱいである。大皿一枚、余裕で一人で食べるだろう。しかし、一応皆で分け合って食べるということも理解しているので、そこまで暴走はしていない。
とはいえ、言葉の通りにひょいぱくと軽快にちくわの天ぷらを食べ続けているレレイ。噛めば噛むほど広がるちくわの旨味に、にこにこ笑顔だ。塩もめんつゆも付けていないのに、それだけで十分に美味しいのが不思議なのか、すごいねぇと笑っている。
なお、レレイ以外の面々もちくわの天ぷらに舌鼓を打っている。シンプルだが旨味が沢山詰まっており、なおかつそこまで重くなく食べやすいというのが理由だろう。一口サイズに切ってあるので、食べたい分だけお代わりできるというのも大きいかもしれない。
勿論、他の天ぷらも皆は美味しく食べている。カボチャとサツマイモは揚げたことによってほくほくに仕上がっており、どちらも甘味を感じさせる。その甘味を軽く振った塩が引き立てており、めんつゆで食べる場合も出汁の美味しさと相乗効果でバッチリだ。
しめじ、舞茸、シイタケのキノコトリオもまた、それぞれ異なる食感で皆を楽しませている。シメジはころりとした頭の部分とジューシーな軸の部分の対比が美味しい。舞茸は衣を纏ってパリパリになった部分と、軸のしっとりとした部分が互いの美味しさを引き立てている。そしてシイタケは、たっぷりとした旨味をぎゅぎゅっと詰め込んだ肉厚の食感が、カラッと揚がった衣との対比で何とも言えず絶品なのだ。
人参は鮮やかな色合いが食欲をそそり、噛むことで口の中に優しい甘さが広がる。カボチャやサツマイモに比べてしっかりとした食感で、それもまた楽しい。同じく彩り担当のシシトウは大人組、特に酒を好む大人組に好評で、柔らかな食感とピリリとした風味が好まれている。悠利を始めとするお子様組は、そんな大人組にお任せしますと言わんばかりにシシトウを避けていた。
まぁ、好きなものを食べてくださいが本日のスタンスなので、何も問題はない。美味しく満腹になるまで食べるだけである。
「ねーねー、何でちくわは何も付けなくてもこんなに美味しいの?」
「元々ちくわに味があるからじゃないかな」
「でも、生で食べたときとまた違うよ?」
「揚げ物になると、油の風味が入るからだと思うよ」
「そういうものかー」
不思議だねーと言いながら、レレイはぱくぱくとちくわの天ぷらを食べている。次から次へと吸い込まれていくちくわの天ぷら。味わって食べているのか疑問だが、一応ちゃんと味わって食べている。美味しいので、止まらないらしい。
気持ちは解る、と悠利は思う。悠利はレレイほど大量には食べないが、ちくわの天ぷらはついつい摘まんでしまうのだ。勿論、ちくわの天ぷらだけを食べるのはよくないと解っているので、他の天ぷらもきちんと食べているけれど。
というか、他の天ぷらを食べた口直しみたいな感じで、ちくわの天ぷらに箸が伸びる悠利である。カボチャやサツマイモ、人参の甘さを上書きしたり、キノコトリオの強い風味をそっと押し流すように、ちくわの天ぷらを食べてしまうのである。何がここまで引きつけられるのかは、悠利にもよく解らなかった。
まぁ、ちくわは魚のすり身で栄養満点なので、沢山食べて困ることはない。しいていうなら、食べ過ぎてお腹が痛くならないように注意する、ぐらいだろうか。
そこまで考えて、悠利はハッとしたように付近のテーブルへと視線を向けた。食べすぎてお腹が痛くなるで、約一名の姿が思い浮かんでしまったのだ。
そんな心配を抱えた悠利の視線の先では、ジェイクがにこにこ笑顔でカボチャの天ぷらを摘まんでいた。取り皿には満遍なく様々な種類の天ぷらが載っていて、彼が楽しんで食事をしているのが理解出来る。少なくとも、現段階で普段の食事量とかけ離れた感じではなさそうだった。
それを見て、悠利はホッと胸をなで下ろした。悠利が心配していたのは、ジェイクである。あの学者先生は、普段は小食なくせに、ごく稀に気に入った料理が出てくると、加減を忘れてぱくぱく食べてしまうのだ。しかも困ったことに、彼が気に入る料理はぱっと見は決して重くないので、食べ過ぎへの警戒が一瞬遅れるのである。
なお、ジェイクのうっかり食べ過ぎてお腹を壊すというポカを警戒しているのは、悠利だけではなかった。ジェイクと同じテーブルに座っていたフラウが、悠利の視線に気付いて力強く頷いてくれた。意訳するならば、心配するな、であろうか。
同じテーブルで食事をしているフラウが、ジェイクをちゃんと見張ってくれるという意思表示だ。悠利は頼れるお姉様に感謝の意を込めて拝むように両手を合わせた。それに対してフラウは、任せろというように鷹揚に頷いてくれる。大変頼もしい。
これで心配事が減ったと食事に戻る悠利と、不思議そうな顔をしているレレイ、クーレッシュ、ヘルミーネの視線が交わった。
「……えーっと、何?」
「いや、何はお前だよ」
「ユーリ、何かあったー?」
「また何か面倒なこと?」
「違うよー」
食事の最中に悠利が不思議な行動を取ったので、色々と気になったらしい三人だった。そんな友人達に悠利は事情を説明する。話を聞いた三人は、なるほどと言いたげに頷いた。そして、ジェイクさんだもんなぁ、と言いたげに溜息をついた。
「まぁ、解らなくもないわ。ちくわの天ぷら、美味しいもの」
「ジェイクさん、気に入ったら突っ走るとこあるからなぁ」
「何で自分のお腹の状態分からないんだろうねぇ?」
「「本当にそれ」」
変なのーと言いたげなレレイの言葉に、悠利達三人は思いっきり頷いた。脳筋と形容されるレレイにも解ることが、頭の良い学者のジェイク先生に解らないのが何とも言えない。自分の胃袋の許容量ぐらいは理解していてほしいものである。
そんな雑談をしつつも、悠利達はまったりと天ぷらを堪能している。時折、「お前、それ天ぷら食ってんじゃなくて、めんつゆ飲んでるだけだろ!?」とか、「お代わりの度にめんつゆを飲み干すの待て!」とか、どこぞの出汁の信者に対するツッコミが聞こえてくるのだが、聞き流すことにした。対応は担当者である見習い組達に任せると決めたのだ。ゆっくりご飯が食べたかったので。
「マグじゃないけど、ちくわの天ぷらもめんつゆに付けると美味しいわ」
「ちょっとふやけるの楽しいよねー」
「ちくわってめんつゆとも合うんだな」
「ちくわは醤油系と相性良いからねぇ」
めんつゆを吸った衣の味がちくわの風味を更に際立たせる素晴らしいマリアージュを堪能しながら、悠利達はのんびりと会話を楽しんでいる。カリカリサクサクの衣の食感も楽しいが、めんつゆを含んでしっとりふんにゃりした食感もまた楽しいのだ。そのままでも美味しいので、二度美味しいみたいな感じだった。
そんなこんなで色んな天ぷらは皆に好評で、特にちくわの天ぷらが受けて天ぷらの定番に入り込むのでした。美味しいものが増えました。
ちくわの天ぷら、何かこう、無限に食べちゃうんですよね。
おかずになり、おつまみになり、おやつにもなる。強い。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





