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最強の鑑定士って誰のこと?~満腹ごはんで異世界生活~  作者: 港瀬つかさ
書籍21巻部分

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お家の地下で若様の大冒険!

 さぁ行こう!今すぐ行こう!満面の笑みを浮かべ、目をキラキラと輝かせたリディの姿に、悠利(ゆうり)達は乾いた笑いを零すしかなかった。若様のスイッチが入ってしまっている。

 何故こんな状況になっているのかというと、宝物庫を見物していたときのやりとりが原因である。

 里長の屋敷の宝物庫で悠利がうっかり見つけてしまった地下通路。突然現れたその扉の先には、何らかの遺跡が存在するらしい。その報告を里長に上げたところ、冒険者であるアリー達に調査依頼が舞い込んだ。本職に頼む方が良いだろうということである。

 屋敷の地下なのでそれほど危険はないだろうが、遺跡と名のつく場所ならば侵入者対策がされているだろうし、何より老朽化が心配だ。現役でダンジョンに潜っている冒険者を頼るのは正しい判断と言えた。

 未知の遺跡なので少数精鋭で調査に挑むというアリーの方針により、見習い組や訓練生の若手達はお留守番だ。彼等も自分達が足手まといなのは自覚しているので、待っている間にそれぞれワーキャット達と交流を深めて自習をしておくという方向で落ち着いている。

 悠利は、事の元凶でもあるのでついてこいと言われている。対外的にはそういう扱いだが、正しくはその規格外の鑑定能力を買われてのことだ。アリーは凄腕の真贋士で【魔眼】技能(スキル)持ちだが、それですら見抜けない事象を悠利の【神の瞳】は見抜けるので。流石は鑑定系最強の技能(スキル)である。

 そして、悠利が行くのならば当然ルークスは同行する。悠利の護衛を自認しているルークスが、お留守番なんてするわけがない。従魔の先輩であるナージャに何やら発破をかけられており、当人はやる気満々である。


「ゆーり、たんけん!はやくいこう!」

「まだだよ、リディ。準備が必要だからねー」

「むぅ」


 家の地下に突如現れた謎の遺跡。その探検に自分も行くのだと張り切っているリディを、悠利は何とか食い止めている。放っておくと一人で突っ走ってしまいそうだからだ。それはよくない。

 隠し通路の扉は里長の血族の認証によって開く仕組みらしく、この小さな若様も該当者として十分立派に鍵の役目を果たしてしまったのだ。……果たしてしまったからこそ若様は、遺跡の探検に自分も行くのだと決めてしまった。

 一応、扉の向こうを見た感じ、悠利にもアリーにも変な気配やヤバそうな気配は感知できなかったので、そこまで危険はないだろうという判断は出来た。遺跡内部に、里長の血族にしか起動できない装置や、開けられない扉などがある可能性もあるということで、若様の我が儘が通ってしまったのだ。

 勿論、すんなり通ったわけではない。当初は必要があれば里長が駆けつけるという話だった。調査の邪魔にならないようにという配慮だ。そこへ首を突っ込む若様の、「ぼくにもできる。ぼくもたんけんしたい」という我が儘との攻防戦が勃発したのである。

 これは遊びではなく、遺跡の調査だと諭す両親。そんなことは解った上で探検したいって言ってるだろうという若様。子供が邪魔をしてどうすると両親。鍵の役目が必要かもしれないからついていくという若様。鍵が必要なら里長が行けば良いという両親。小さい自分なら抱えて運んでもらえるし邪魔にならないとごねる若様。

 親子のやりとりはしばし続き、何を言ってもフリーダムな若様が折れないことに両親は頭を抱えた。何故ならば、好奇心旺盛で無駄に行動力のあるリディを知っているからだ。ここで許可を出さなかったとしても、周囲を出し抜いて勝手に潜り込む可能性を否定できなかった。何せ彼は、一人で鍵を開けられるのだから。

 結論として、護衛のクレストと共に若様は遺跡の調査に同行することになった。勝手に暴走されるよりは、監視下に置いて連れて行った方がまだマシだろうということになったのだ。悠利やルークスも一緒なので、比較的話を聞くだろうという判断もあった。


「良いか、リディ。クレストの側を離れぬこと、一人で勝手に歩き回らぬこと、皆の指示に従うこと。必ず守るのだぞ?」

「はい、ちちうえ!」

「……返事だけは良いのだが……」


 はぁ、と盛大なため息をつく里長に、悠利はそっと目を逸らした。若様のお返事は大変良かった。キリッとした顔で、真面目に、元気よくお返事してくれた。やる気満々のお返事だ。問題は、いざ遺跡探検となったときに、どれぐらい覚えているかだが。

 そんな若様と裏腹に、どんよりとした雰囲気を放っているのがジェイクだった。しょんぼりしているとも言えた。


「アリー、僕、絶対同行しなきゃいけません……?」

「いつまでうだうだ言ってんだ。こういうときこそ働け」

「うぅ……」


 行きたくないなぁ、みたいなオーラを出しているジェイクを、アリーはにべもなく斬り捨てた。完全に一刀両断である。聞く耳を持たない。

 その光景を見て、悠利は首を傾げた。不思議なものを見た気分だった。


「あのー、ジェイクさん」

「はい?何ですか、ユーリくん」

「何でそんな嫌そうなんですか……?こういうの、嬉々として調べに行きそうなのに」


 そう、悠利の疑問はそれだった。ジェイクは学者らしく知的好奇心が旺盛で、未知の遺跡と聞いたら喜んで調べに行きそうだと思ったのだ。それなのに、何故渋っているのだろうと不思議になったのである。

 そんな悠利に、ジェイクはにっこりと笑った。それはもう清々しい笑顔で、彼は言いきった。


「僕は調べるのは好きですが、第一陣は好きじゃないんです」

「……はい?」

「安全が確保された状態でじっくり調べ物がしたいじゃないですか。こんな、手探りで状況を確認しながらではちゃんと調べられないですし」

「うわぁ……」


 身も蓋もなかった。そして、何かこう、人としてアレだった。安定のジェイク先生という感じはするが。

 つまりは、未知の遺跡の調査はしてみたいが、何が起こるか解らない第一陣、先遣隊のような感じで調査に行くのは面倒くさいから嫌だ、ということらしい。確かに、全体の把握に努めなければならないので、じっくりたっぷり気が済むまで調査をするというのは無理だろう。だからって言い方があるのだけれど。

 この人本当に大人としてダメだなぁ、と悠利は思った。その悠利の感想に同意なのか、アリーがぽんぽんと肩を叩いてくれた。優しい。

 そしてアリーは、悠利には優しいがジェイクには優しくないので、アレなことを主張する学者先生を睨み付けたまま口を開く。


「調査だっつってんだろうが。クーレがいない以上、マッピングもお前がやれ」

「そこもですか!?調査のお手伝いだけかと思ったのに……」

「大人しく働け」

「……うぅ、解りましたよぉ……」


 はぁ、とため息をつくも、同行する覚悟は決めたらしいジェイク。そのジェイクの肩を、リヒトがぽんぽんと叩いていた。ちなみに彼は、ジェイクの護衛と運搬係として同行することが決定している。体力が子供並みの学者先生が途中で力尽きる可能性も否定できないので。

 そんなわけで、遺跡調査部隊のメンバーが決定した。調査役としてアリーと悠利、悠利の護衛にルークス。マッピングと知識担当でジェイクに、その彼のお守り役でリヒト。そして、鍵の役目も果たせるリディと、その護衛のクレスト。総勢6人の精鋭部隊である。


「じゃあリディ、扉を開けてくれるかな」

「まかせろ!」


 いざ冒険の始まりだ!みたいなテンションで、若様は隠し通路を塞ぐ扉に手を伸ばした。……ただし、ちっちゃなリディでは高さが足りなかったので、クレストに抱えてもらう。扉の中央のくぼみに掌を押し当てると、鈍い音を立てて扉が開いた。

 ……ちなみにこの扉、里長様によって開けて貰って悠利とアリーが周辺を確認していたのだが、若様の冒険欲を満たすために再び閉じたのである。こう、未知の遺跡に続く扉を自分で開けることにロマンがあったらしいので。


「それでは、行ってきます」

「アリー殿、よろしくお願いします。……リディ、皆さんに迷惑をかけるんじゃないぞ」

「はい!」

「……クレスト、目を離さぬように」

「承知しております」


 元気よく返事をする若様だが、好奇心でキラキラしている眼差しでは疑わしい。里長様は父親として息子のことをよく理解しているので、護衛のクレストに一言告げるのを忘れなかった。……普段の若様の姿が偲ばれる。

 そんなやりとりをしつつ、悠利達は隠し通路へと足を踏み入れた。先頭はアリー、その次が悠利とルークス。悠利の隣をリディが歩き、クレストはその背後に控える。そして、最後尾がジェイクとリヒトという順番だった。

 隠し通路の先は階段になっていて、地下へと続いている。薄暗い遺跡かと思いきや、一定間隔で照明のようなものがあって、意外と明るい。どうやら、扉を開けると照明が起動するようになっているらしい。

 石造りの階段を、皆はゆっくりと歩いて降りる。その階段は段差が低く、一段が歩きやすい広さで作られていた。横幅もだが、縦幅が狭い階段は足を踏み外しやすいので、それを思うとこれは随分と歩きやすく設定されている。


「階段の段差が低くて良かったね。リディも歩きやすそうだし」

「うん、ぼくもひとりであるける」

「段差のある階段はしんどいもんねぇ……」

「とびおりるかんじのは、たいへん」

「危ないから階段で飛んじゃダメだよ」


 こらこらとツッコミを入れる悠利に、リディはだってと唇を尖らせる。まぁ、言いたいことは解らなくもない。段差の高い階段を子供が降りるときは、手すりに身を委ねてえっちらおっちら降りるか、もういっそ諦めて飛び降りる、格好悪いのを承知で後ろ向きでちょっとずつ降りるかだ。階段の段差は何気に手強いのだ。

 そんな風に暢気な会話をしていると、ジェイクがのんびりと口を挟んだ。半分独り言みたいな感じになっているのは、彼が周囲を調査しながら思考しているからだろう。


「この階段は手すりもありますし、段差も幅も歩きやすいように作られていますよねぇ。これ、子供や年寄りが通るのを想定して作ってる感じですけど、何ででしょうか」

「え?歩きやすい階段で良いじゃないですか」

「そこまで階段に気を配るってことは、ここは年齢問わずに大勢が足を踏み入れるのを前提にしていたということですよ。限られた者だけが使う通路ではないということです」

「……それがどうかしたんですか?」


 悠利の質問に、ジェイクは視線をこちらに向ける。歩きやすい階段で作ってあるならそれで良いのではないかと悠利は思ったのだ。子供や年寄りが歩きやすいということは、元気な若者も歩きやすいということだ。多分。

 しかしジェイクの視点は違ったらしい。様々な遺跡の知識も持っている学者先生は、真面目な顔で告げた。


「ここまでの気配りをしてあるなら、ここは秘匿されるような遺跡じゃないってことですよ」

「と、いうと?」

「こんな風に厳重に隠し通路を設置する必要があるのか、というのが疑問ですね。どう考えても大多数を招くための場所に思えます。そもそも、この通路だって大人が二人、余裕で横並びで歩ける幅ですよ」


 学者先生は色々と気になるらしい。悠利には、そんなに気にするようなことかなぁ?案件なのだけれど。ただ、リディの興味は引いたらしい。若様は興味津々といった眼差しでジェイクを見上げている。


「つまり、ここはどういうばしょだった?」

「確証はありませんが、集落の民を集めて何かを行う場所だったのではないでしょうかねぇ……」

「なにか」

「儀式とか、祭りとかでしょうか。進んでみないと解りませんけど」

「ぎしき……!」


 ぱぁっとリディの顔が輝いた。その単語は、若様のロマンをくすぐるものであったらしい。一気にテンションが上がりそうなリディの手を、悠利はがしっと掴んだ。そして仲良く手を繋ぐ。


「ゆーり?」

「一緒に歩こうね、リディ」

「うん!」


 まさか逃走防止で腕を掴まれたと思ってもいないリディは、お友達と手を繋げて嬉しいと満面の笑みだった。ちなみに逆の手はルークスがちょろりと身体の一部を伸ばして繋いでいる。微笑ましい光景だった。

 ……先頭を歩くアリーは、遺跡の調査のはずなんだがなぁと思いながら歩いているが。言っても無駄なので黙っているだけである。

 そうやって地下へ続く階段をそれなりに下った先は、ホールのような広い空間があった。周囲は石造りで、奥の方に祭壇らしき台座と、石碑のようなものが見える。また、周囲にも部屋があるのか、道や扉が見えた。


「広い場所に出ましたね」

「あぁ。……ユーリ、侵入者除けの有無は」


 ちらりとアリーに視線を向けられて、悠利は眼前のホールをじぃっと見つめた。基本的に自動で危険判定をしてくれる【神の瞳】さんなので、それがない以上危ないことはないだろうと思ってはいる。

 それでも、改めて自分で確認してこそ手に入る情報もあるので、周囲をしっかりと見渡す。……それだけである程度の情報が手に入るのだから、やはり【神の瞳】さんは凄い技能(スキル)である。……持ち主がポンコツなのが玉に瑕だが。


「僕が見た限りは、危険なものは見当たりません。ただ、幾つか制限が見えます」

「制限?」

「鍵が必要っぽい感じで」


 悠利の言葉に、アリーはちらりとリディを見た。あちこちを興味津々に見ているので、リディは二人の会話を聞いていなかったらしい。視線を感じたのか振り返る顔は、「なにかあった?」みたいな顔だった。

 危険性はないと聞いて、ジェイクはすたすたとホールの中を歩き回る。学者先生はあちこちを検分して、そして一言呟いた。


「もしかしたらここは、避難所も兼ねていたのかもしれませんね」

「避難所?どういうことだ?」

「石造りの遺跡で地下にあるので、地上の影響は受けにくいでしょう。上に建っているのも里長の屋敷、つまりはこの里で一番強固に作られた家のはずです。大嵐のときなどに住民が避難する場所だったのではないかと思ったんですよ」

「……なるほど」


 ジェイクの仮説が正しければ、確かに地下へ降りる階段が歩きやすかったのも納得が出来る。ある程度の道幅が確保されていたのも、大人数が移動しやすくするためだろう。

 その仮説を裏付けるような証拠が、付近の部屋から発見された。鍵のかかっていない部屋が幾つかあったので確認したところ、中にはトイレや台所などがあったのだ。流石に今は使えないようだが、当時は常に使えるようにしてあったのだろう。


「ここで常に生活していたというほどの設備ではないですし、いざというときの避難場所でしょうね。ただ、食料庫らしき設備はないので、一晩避難するとかそういう扱いだったのではないかと」

「この辺りはそんなに気候が荒れることはないと思うがな」

「アリー、それは今の話です」

「……あ?」

「この辺りの地形が今の状態に落ち着いたのが、気候が今と同じ状態になったのがいつ頃のことかは解りません。もしかしたら、ワーキャット達がここに里を作った頃は、荒れた天候の季節があったのかもしれませんよ」


 にこやかな笑顔でジェイクは告げる。いつも通りの笑顔だが、その口調には迷いがなかった。強いて言うなら、芯が一本通っているという感じだろうが。学者としての矜持みたいなものが滲み出る発言だった。

 アリーもジェイクの言い分に反論するつもりはないのだろう。確かになと呟いて周囲を調べている。ここが避難所として使われていたという仮説が正しいのなら、その情報も含めて報告するべきだろうな、と。

 もしかしたら、避難所として使う必要がなくなった頃から使用頻度が下がったのかもしれない。特定の儀式のときだけに使われていたとすれば、ここへ足を運ぶのは関係者だけになる。そうなると、どこかのタイミングで隠し通路の存在を伝えそびれて忘れ去られた可能性がある。

 そんなジェイクとアリーのやりとりを見ながら、悠利はぼそりと呟いた。


「……ジェイクさんって、本当に凄い学者先生なんですね」

「ユーリ、もうちょっと言い方を考えてくれ……」


 思わず本音がこぼれた悠利に、リヒトがため息をつきながらツッコミを入れた。確かに普段が普段なのでギャップが凄いというのはリヒトにも解る。解るのだが、そんなあからさまな言い方をするのは止めてやってくれ、という心境なのだろう。いい人だ。

 クレストは大人なので聞かなかったフリをしつつ、リディのお守りをしていた。リディの方はあちこち探検するので大忙しで、全然聞いていない。

 ちなみにルークスは、このホールに入った瞬間、お掃除しなくちゃモードになってはりきって掃除をしている。……危険がないと理解できたので、悠利の側を離れて遺跡のお掃除を開始したのだ。長年使われていなかったので流石に汚れがあるのは仕方ない。そこを見逃せないのがルークスなのである。

 ……従魔として間違ってるとか、スライムとして間違ってるとか、そういうのはもう諦めてください。今更です。掃除はルークスのアイデンティティーみたいになっているので。


「ところであの祭壇っぽいのと石碑ってなんですかね?」

「儀式とかで使ってたんですかねぇ。石碑の方は、古代文字で書かれていますね。それもこれ、結構昔のものかつ、ワーキャットやワーウルフなどが使う文字ですねぇ……」

「……見ただけでそれが解っちゃうジェイクさんすごーい」

「まぁ、古い資料を読みあさるのも学者の嗜みなので」


 悠利の身長と同じぐらいのサイズの大きな石碑、みっちりと書かれている謎の文字。とりあえず何か文字っぽいのが書かれてあるなぁとしか解らない悠利と違って、ジェイクはそれが何の文字か一瞬で理解したらしい。流石学者先生である。

 解読するなら本腰を入れてやらないとダメなんだろうなぁと思って、悠利はとりあえずその場を離れた。そして、未だ調べることが出来ていない部屋の前に立つ。

 扉の見た目は他のものと変わらない。ただ、扉の取っ手の下部分にくぼみがあるのだ。ついでに、悠利が触ってもウンともスンとも言わない。開けられないのだ。


「ゆーり、なにしてるんだ?」

「うーん、この扉、僕じゃ開けられないんだよね」

「おもいの?くれすと」

「はい」


 重たい扉ならば力持ちに頼めば良いと、リディは隣のクレストを呼んだ。心得たクレストが取っ手に手をかけるが、力を込めても扉は動かない。ぱちくりと思わず目を見開くリディに、悠利は笑って告げた。


「この扉、鍵がかかってるみたいなんだよね」

「かぎ?」

「そう、鍵。リディ、このくぼみのところに手を置いてくれる?」

「ん、わかった」


 悠利に言われるままリディがくぼみに手を置くと、カチリと何かが外れる音がする。首を傾げるリディの前で、悠利は彼が手を離した扉に手をかけた。今度は、簡単に扉が開く。


「あいた!」

「うん、開いたね。鍵を開けてくれてありがとう、リディ」

「ぼく、やくにたった?」

「勿論」

「やった!」


 悠利の言葉に、リディはふふんとドヤ顔で鼻を鳴らした。どうだ、僕は足手まといなんかじゃなくて、立派に役目を果たしているんだぞ、とでも言いたいのだろう。そんな若様の心境が手に取るように解るクレストは、そうですねと相づちを打っていた。

 まぁ、確かにお役には立ったのだ。それに、一人で勝手に走り回らないとか、指示には従うとか、いつもなら秒で飽きて忘れる約束事を今回はきちんと守っている。若様も一応成長しているのである。

 ……だったら普段からそうしてほしいと思うのが側仕えの正直な感想だが。

 まぁ、それもこれも、地下へ続く階段を下りたら広々としたホールと、周囲に部屋が幾つかあるというシンプルな作りの遺跡だったからかもしれない。侵入者対策の仕掛けなども存在しないし、若様の冒険心をそこまで煽るようなものがなかったのが幸いだ。

 とはいえ、見知らぬ地下遺跡というだけでリディのテンションは爆上がりなので、冒険心はちゃんと満たされているらしい。良かった。

 開いた扉の中へと入ると、どうやらそこは道具を片付けておく部屋らしい。綺麗に整理整頓され、棚には様々な道具が並べられていた。恐らくは、儀式で使うものなのだろう。


「なるほど。大事なものが置いてあるから、ここは鍵がかかってて、血族にしか開けられないようになってるのか……」


 指紋認証みたいな血族判定による開閉システムは、ちょっと近未来っぽくて悠利はわくわくする。ワーキャット達にはお馴染みのことらしく、特に何も反応していないが。その辺り、やっぱりここは異世界で、ファンタジーなんだなぁと思う悠利であった。

 悠利と一緒に部屋に入ったリディは、うろうろと部屋を歩き回り、棚の中の道具を見ていた。若様のわくわくを刺激する楽しい部屋らしい。

 そのリディの動きが止まる。止まって、ぽつりと呟いた。


「ぎんの、ごぶれっと」

「え?リディ、何か言った?」

「あのおくにあるの、ぎんのごぶれっとだ」

「へ……?」

「くれすと、とって!ごぶれっと!!」

「は、はい、若様」


 大声を上げたリディに驚きつつも、クレストは言われたものを取る。リディが示していたのは棚の上の方、他の道具の後ろになるように隠れていた銀色の物体だった。ちらりとしか見えなかったので、悠利には何か判別できなかったが、リディはそれがゴブレットだと一瞬で見抜いていた。

 クレストがそっと取り出したそれは、紛うことなく銀色のゴブレットだった。リディが家宝だと悠利に教えてくれた金のゴブレットと同じデザインの、銀色のゴブレット。いつの間にかなくなったと言っていた、家宝の片割れだ。


「ぎんのごぶれっとだ……。そうだな、くれすと!」

「はい、その通りです若様。このデザインは、間違いなく銀のゴブレットです」

「やった……!ゆーり、おたからをみつけた……!」

「本当にそれが、家宝のゴブレットなの?」

「そうだ。ぼくはみまちがえたりしない」


 きっぱりはっきり言いきるリディ。確かに、金色のゴブレットと同じデザインだった。何でまたこんなところに、それも棚の奥にしまい込むように隠されていたのかは謎だが。

 リディは感動していた。地下遺跡を探索するだけでなく、失われていた家宝まで発見できたのだ。大冒険である。たとえ移動距離はちょっと地下への階段を下りただけだったとしても、まだ子猫の若様にとっては十分大冒険と呼べるものだった。


「凄いね、リディ。リディがいたからこの部屋に入れたし、そもそもリディが宝物庫に案内してくれなかったら隠し通路も見付からなかったもんね」

「つまり、ぼくのおかげか」

「そうなるね」

「ぼくはやったぞ!えらい!」

「うん、リディ、偉い!」


 俄然盛り上がる若様。ただし、盛り上がっていても銀色のゴブレットは大事に両手で抱えている。これが大切な家宝で、なくなってしまってご先祖様がとても悲しんでいた大切なものだということを、幼いながらもリディは理解しているのだ。だって若様なのだから。

 悠利達が騒いでいると、アリー達も何事かと覗きにやってくる。そこで行方不明だった家宝のゴブレットの片割れを発見したことを伝えると、途端にジェイクの目が輝いた。


「家宝のゴブレットとはどういう品物なんですか?ちょっと見せていただいてもよろしいで、むぐっ!?」

「このバカのことは気にしないでくれ。そんな大事なものが見付かったのなら、一度地上に戻ろう。遺跡の全体図も把握できたし、石碑のことも報告しなきゃならん」

「そうですね。若様も十分満足されたようですし」


 ハイテンションでぶっ飛ばそうとしたジェイク先生は、アリーに頭を殴られ、リヒトに口を塞がれて大人しくなった。そのまま、ずるずるとリヒトに引きずられていく。それでもまだじたばたしていたので、色々と諦めたリヒトによって担がれていた。

 そして、遺跡が安全だと解ったのもあるので、一度戻って報告しようという方針に異論は出なかった。大冒険を満喫した若様は、銀色のゴブレットを抱きかかえながら満面の笑みだ。


「ぼくのてで、ちちうえにおわたしするんだ」

「階段を上るときはお預かりしますよ」

「いやだ」

「……では、若様を抱えますよ」

「わかった」


 それで良いんだ……と皆は思った。遺跡探検でわくわくしているから自分で歩くと言い出しそうなのに、銀色のゴブレットを自分が持ち運ぶことの方が大事なのか、抱きかかえられるのは構わないらしい。言質を取ったクレストは、さっさとリディを抱き上げていた。

 そのままスタスタと歩き出す大人達。その後ろをとててと歩きながら、悠利は視線をうろうろさせる。少ししてルークスの姿を発見したので、お掃除中の従魔に向けて声をかける。


「ルーちゃん、一度地上に戻るよー」

「キュピー!」


 解ったー!とでも言いたげにぽよんと跳ねて、ルークスは悠利の元へとやってくる。短期間で遺跡のお掃除をそれなりに頑張ったらしく、あちこちピカピカだった。出来るスライムは今日もしっかりお仕事をしていたようです。




 そんなこんなで若様の小さな大冒険は、大きなお宝を発見して終わるのでした。両親に褒められてとても嬉しそうな若様なのです。





若様にとってはこれも十分大冒険なので、当人は大変満足しております。

ご意見、ご感想、お待ちしております。

なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!

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作品の特設サイトを作って頂きました。CM動画やレタス倶楽部さんのレシピなどもあります。

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[一言] 安定のルークスと安定のジェイク先生(笑) リディ良かったね〜(≧▽≦)頑張ったご褒美に美味しい物をユーリに作ってもらおう(๑•̀ㅂ•́)و✧
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