第51話 半田 吾輩は大熊猫である。名前はまだ無い。
みんな大好き半田くんの視点になります。
俺のクラスには学校内どころか、この地域じゃかなり有名な美人がいる。
名前は、江里美奈。
学校内ではアイドル的存在を遥かに超越して一種の神のような扱いをされている。誰も近づけないし、告白することすら許されていないような感じだ。
神がかった容姿。心技体が揃ったバランスの良い運動神経。全知全能とも思える学力。今風に言えば神ってる。
纏う雰囲気もミステリアスで、ほとんどしゃべらない。それがまた神のように崇められている一因なのかもしれん。
そして、もうひとり一気に有名になったダークホースがいる。
名前は、相田君孝。
学校内では全くと言っていいほどに目立たないような男子生徒だ。
良く言えば物静か。悪く言ってしまえば空気のような存在。
江里と同じでしゃべることはあまりない。こっちから声を掛ければ一言二言しゃべる程度だ。ただ、基本的に物静かな奴だが、しゃべってみると落ち着いていて案外話しやすいと俺は思っている。
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俺の朝は早い。
所属する柔道部の朝稽古が毎日あるからだ。……と言っても俺の自主練だがな。
「おはよう。相変わらず早いなふたりとも」
だがそんな俺よりも早く登校しているのがこのふたり。
「……おはよう……ございます」
少しスローテンポで和むような挨拶を返してくる相田と、
「…………」
その奥の窓際の席から相田の陰に隠れるようにして無表情、無言で微妙に首を縦に振った江里だ。
このふたりとはクラスが同じになった新学期初日からこんなやりとりをしている。
いつだったか覚えていないが、普段しゃべらんようなふたりが話しているのを教室前で初めて聞いた時は入室するべきかと迷ったことがある。……結局一区切りつくまで待っておいたが。
そういやある時は、ふたりして竹串を持って窓の外をぼんやりと見てたこともあったな。……コイツら実は精神年齢がじーさんばーさんぐらい、いってるんじゃないかとも思った。
そんな感じでコイツらは密かに仲が良いようだ、と俺が気付くのにそう時間はかからなかった。
気付いたところで、別に周りに言いふらすような気にもならなかった。
片や空気のような奴。
片や周りから常に注目されている奴。
こんな正反対のようで、どこか似たもの同士のふたりがどうなるのか少し楽しみだった。
まぁ、微笑ましいものをわざわざ壊そうとする奴はいない。そういうことだ。
――ところがある日のこと。そこで事件は起きた。
その日は年1で実施されるスポーツテストを行っていた。
午前のテストを終えて昼飯となって、俺が親戚の農家のおっちゃんから「笹は運動する時に食うといいぞ」という助言をもらって笹の葉を貪り食っている時だった。……ちなみに後で分かったんだが、笹うんぬんはおっちゃんの冗談だった。信じて食ってしまった我が身としては全く笑えない冗談だった。許せん!
「そ、相田くん!」
その声にクラスの待機場所に残っていたほとんどの奴が固まった。
「相田くん?」
次の言葉に大半の奴が黙った。
「あっ、その……ごはん……」
普段の無表情ではない初めて見る江里の感情のこもった表情と焦るような動作。
「かわいい」
それを何故か積極的に褒めにいく相田。……相田、しっかりしろ。口から魂が半分ほど出かかってるぞ。
「……んんっ!?」
「……あっ!?」
しばらく見つめあってからふたりして恥ずかしそうに悶えて俯いていた。……なんだコイツら。じーさんばーさんかと思ったら小学生なのか? これあれか、バカップルってやつか。
俺は普段からコイツらを見ていたからまぁ、納得できたが、他の奴らは信じられんものを見るような目つきで棒立ちしていた。
「かわいい……川沿いが……いいです」
「……はい」
おい、相田。
その誤魔化し方はさすがに無理があり過ぎるだろうと思っていたら、江里が納得したように首を縦に振っていた。
……おいおい。お前らさすがに付き合いたての小学生カップルじゃないんだからもう少しまともな反応をしろよ。むしろ最近のませた小学生カップルの方が進んでいる気さえする。
バカップルの会話が一段落したところで、黙っていた奴らの好奇心が爆発した。
「ちょっ!! えっ!?」
「江里様がお話しになられたぞ!」
「江里さんと相田ってそんな仲だったの!?」
「マジ!?」
「詳しく!」
「詳細はよ!」
「メシ食ってる場合じゃねぇっ!」
「笹食ってる場合じゃねぇっ!」
ふたりの仲は何となく知っていたが俺も便乗しておかねば後から面倒なことになりかねないような気がしたので、前に言っていた奴の言葉を真似させてもらった。
……ったく。そっとしておいてやれよ。
その後は案の定質問攻めが始まった。
誰も江里に聞く勇気が無いらしく、相田が餌食になっていた。……自業自得だぞバカップル。
周りの奴らがあまりにもしつこく取り囲むのなら適当にいなしてやろうと考えていたが、彼のピンチを救うのはどうやら白馬に乗った王女様の仕事だったらしい。
その神々しいオーラを最大出力にして、有象無象を蹴散らして進む江里。そして最終的にはハッピーエンドってやつだな。……それでいいのか相田?
――後はそんなふたりを追っかけていたら、キレた江里に俺も含め全員が追っかけ回されて。
無残に逃走した惨めな敗兵ども集めて一言言っておいた。
「あいつらに干渉すると、神の逆鱗に触れるぞ」と。
追っかけ回された直後だったこともあり、皆口々に「まだ死にたくない」「天罰は勘弁」だのと言って納得していた。……まぁ、建前上だが。
本音は皆俺と同じ。その証拠に恐怖を口にしているのに全員が笑っていたからな……。
それからは何度か江里の突飛な行動に自制できなくなって絡みに行った奴らが、全員討ち死にしていた。大抵が自滅だったが……。
江里は自覚しているのか知らんが、なかなかにぽんこつだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クラスの奴らがやっと江里に対する耐性をほんの僅かにつけた頃にまた事件が起きた。
朝行くと教室には相田がぽつりとひとりでいた。
「おはよう。珍しいなひとりなんて」
「……おはようございます。江里さんも……来てますよ」
そう言った相田の顔はどこか落ち込んでいた。
その時はなんかあったのか? ぐらいにしか思わなかったが、それ以降のふたりのギスギスとした空気が最悪だった。
このふたりは普段から人前で他愛のない会話をすることは無いのだが、それでもいつもはフワフワとした丸い空気が流れている。
だが今日は鋭い刺すような空気が渦巻いているとでも言えばいいのか、どこか冷戦に近いものがあった。
おかげでクラスの空気が重いのなんの、気まずいのなんの。皆も息を殺すようにして過ごしていたほどだ。
……やがて昼飯時になってそれは決定的なものとなった。
日頃ならこれでもかと甘えて、周りにいる俺らを殺しにかかってくる江里の相田に対するお誘いがなかったのだ。
相田の背後を過ぎて行った江里。過ぎる瞬間に相田の袖を引っ張ってはいたが、言葉は何もなかった。
その背を、肩をしょんぼりと落とした相田が追いかけるようにして教室を出て行った。
気まずい沈黙の後に教室内はざわめいた。
「あぁぁ!?」
「お、おい!?」
「なんだよあれ!?」
「この世の終わりじゃぁぁ!!」
「ケンカ……だよね?」
「空気重すぎて死ぬ!」
「世界の終わりじゃぁぁぁ!!」
「だからって甘々な空気出されても死ぬけどさ!?」
「どうしたんだろー? 相田くんなんかしちゃったのかな?」
「セカオワじゃぁぁぁ!! エンドオブワールドじゃぁぁぁ!?」
「あからさまに江里さんの様子がおかしかったよな? ……なんか知らんが腹痛くなってきた」
「江里さんが怒ってるっぽいよな?」
江里が怒ってる?
……俺にはそうは見えなかった。
どう見ても好き避けしているようにしか見えんのだ。……それとひとり発狂してる奴、うるせぇ。
「まぁ、触らぬ神に祟りなしだな」……余計な干渉はやめとけと皆に伝えた。
「神罰が下るってか」
「とにかく相田に期待するしかないな」
「……それにしても江里さんって最近可愛くなったよね~」
「わかるー! なんか見た目大人っぽいのに子供っぽいやつでしょー!?」
……ケンカだったとしても、とにかくどうにかしてくれよ相田。
このクラスの命運はお前に掛かってるんだ。
――そして俺らはふたりがいつも通り教室に戻ってきてくれることを願いながら、昼飯を食い始めるのだった。
PC壊れた! \(^o^)/





