316話
「クヴァークですか……ドイツ旅行のお土産に買っていく方も多い、いわゆる定番のものではありますね。たしかに〈ヴァルト〉でも——」
「使ってはいるね。でもただのクヴァークではないんでしょ? 真似するのも難しいし、真似たところでってのがあるからねぇ。スーパーとかで売っているのでも充分美味しいからなぁ。というか、これ美味しいね」
余計なものは置かない〈ヴァルト〉の控え室。テーブルの上にはテイクアウトされたチーズケーキ。食べながら、ユリアーネとダーシャが意見を交わす。たしかに。人気が出るのも頷ける、と納得。と同時に秘密を舌で探る。が、わからない。食べる。美味。
名前だけはダーシャもうっすらと聞いたことがある専門店。しかし区が違うため行ったことはなかった。だが。
「なるほどねぇ。これは市販のものでは出せない味だ。もっと早く行っておけばよかった。完全に真似するわけにもいかないし。はてさて」
まじまじとケーキを見つめる。この小さなケーキには、作り手の努力が詰まっている。ただのお客さんとして味わうなら考える必要もないことだけれども、自分達が同じ立場にいるからわかる。ほんのちょっとのことだったりするけども、それに気づくまでに何年もかかったり。
この〈ヴァルト〉のメニューは、彼が来る前からあったものを残しつつも、アニーによって魔改造されたりを繰り返して今に至る。人気のないものは仕入れの関係から削除したり、思い立って復活してみたり。その中でもチーズケーキは割と人気だったが、負けた気分。いや、好みの問題だから。うん。
しかしアニーは自信満々に胸を張る。
「そこはほら、ボク達の強みを活かすんですよ。紅茶とコーヒー。それとショコラーデ」
今までもそうやって乗り切ってきた。ならこれからも。スタッフ一丸となって。スタッフじゃない人も一丸となって。




