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14 Glück 【フィアツェーン グリュック】  作者: じゅん
ビリヤードとダーツ。
270/319

270話

 しかし、そのトラブルや事件も含めて〈ヴァルト〉なわけで。ウルスラは眉を顰めながらも口角は上がる。


「どっちがこのお店らしいか、と言われたら——」


「間違いなく、アニーがいるほうをお客さんは選ぶだろうね。我々の心配など知らず。いや、知ってるかも」


 キッチンは大慌てになることをビロルは何度も経験している。食事の提供が遅くなることについて、正直ドイツでは珍しいことではない。だが、もちろん早く食事をしたい人もいるわけで。そんな時にアニーが「あ、紅茶の時間だ」なんて思っちゃったりしたら。


 まぁ、今日もそんな感じだったわけで、事なきを得たが、このヒリついた感覚。一週間空いただけでも懐かしさを感じる。これだよこれ。集中していたほうが〈ヴァルト〉って感じ。待ってた。いや、待ってない。


 今はオーダーも落ち着いて、まったりとコーヒーを楽しむ人達が時間を過ごしている。そのフワッとした重力を見据えながら「そういえば」とウルスラが話を切り替える。


「お土産はなにもらったんですか? アニーから」


 内容は帰ってきた際のお土産について。隣国ではあるし、パリへは行ったこともあるのでちょっとだけ予想はつく。そしてアニーの性格からして、直感で選んだものになるはず。事前には自分用の紅茶のことしか考えていないハズ。


 背筋をなぜか伸ばしたビロルは、コルクでできた蓋の容器を思い浮かべて答える。


「塩」


「塩?」


 その回答に思わずウルスラは顔を覗き込んだ。塩。塩? なんで塩?


 ちょっとだけ不満そうなビロル。せめてなにかそのまま食べられるものを期待していただけに、まさかのチョイスは想定外。


「俺と店長はプロヴァンス地方のカマルグの塩と、ブルターニュ地方のゲランドの塩。なんか間接的にあいつ用のお菓子を作れと言われているような」


 そもそもベルリンでも手に入るし。いや、塩の花とも呼ばれるこの調味料は、たしかに高品質で味わいが深いのは知っている。料理人にとって真珠みたいなありがたいもの。だけど。だけどなんか。なんか違う気がする。

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