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266話

「そりゃ使ってたら少しは傷とかついちゃうでしょ。色々とアニーちゃんは雑なところもあるし」


 今のところ割っていないのが奇跡と言えるほど。アニーが働き出した当初は全部割れない素材にしたほうがいいか、と悩んだダーシャだったが、当人が北欧のテーブルウェアにこだわるためそのままとなっている。そのおかげでこうして働き手が増えたわけだけども。


 現在、パリに留学中ということで、事前にオリバーは彼女に頼み事をしていた。それゆえに思うところがある。


「アニーさんにはロンシャンのテーブルウェアなどを買ってきてもらうことになっていたのですが、なにか嫌な予感がしますね……不吉な前兆といいますか」


 深く考え込む。占いとかは案外信じちゃうほう。一九世紀の中頃、パリの南東にあるロンシャンという場所で陶器の製作を始めたブランド、ロンシャン。古城や鳥といった人工物と自然物を調和させて描かれたデザインなどが人気の、アンティーク好きにはたまらないテーブルウェアなので、ぜひ欲しい。


 嫌な予感。あぁ、と言いたいことはダーシャにもなんとなくわかる気がする。漫画とかでそういう表現は見たことがある。


「なんかよくいうよね。写真立てが割れたり、その人が普段使っているものが壊れたりしたら、よくないことが起きている、みたいな。どれどれ」


 一応確認しておく。一応ね、一応。


 拡大して見えるようにオリバーはさらにソーサーを近づける。


「ここです。ここにほら。ヒビが」


 トントンと叩く指にも力がこもる。あぁ、嘆かわしや。


 しかし目を凝らすダーシャだが、言われてみれば、いや、言われても……。


「……よく、わかんない。でもこれくらいなら不吉というほどでは……」


 どれだけ神経質なんだ……ということは言わないでおく。お店で使うものならともかく、この人達が勝手に使っているものだし。なんの問題はない。よく気づいたな。


 ……はぁ、と落胆にも近いため息をついたオリバーは、たぶんパリの方角だと思われる壁に向き合い、眉を顰める。


「だといいのですが……アニーさんの身になにかが」


 不吉な前兆。もう、買ってきてもらいたいプレートには『フランソワーズ』という名前をつけている。無事、何事もなくこちらへ来てほしい。もう。ただそれだけを願う。身とかよりやっぱりテーブルウェア。






 同時刻。パリ、モンフェルナ学園寮。眠ってしまったユリアーネに無断で、プレゼントした紅茶の缶を開けるアニー。キッチンにて、下の戸棚からカップを出す。その時。


 自身の左手に違和感。


「?」


 ふと。気になって座ったまま見てみる。手、というよりは指。中指。


「むむー?」


 心臓がドクンと跳ねる。


「……これ……は……」


 気づいたアニーは……静かに驚愕。ベルリンの方向だと思われるほうを勢いよく振り返る。


「……ささくれ……〈ヴァルト〉でなにか不吉なことが……!」


 そんな言い伝えは無い。

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