258話
シシー・リーフェンシュタールにとって、パリへの小旅行は毒にも薬にもなる劇薬。ベルリンにいただけでは味わえないような、ベクトルの違う刺激に触発される。来て正解だった。彼女には裏の顔がある。それは——。
なにもかも欲しかった反応をもらえたグウェンドリンは、満足して帰宅の途につく。
「会えたら言っておきます。それでは」
帰りにお菓子でも買って行こうか。香水作りを頼む子にも、流石に手ぶらじゃ申し訳ないし。このあたりはそういう店も多いから。
それをシシーは手を持って止める。
「あぁ、ちょっと待ってて。すぐ終わる」
「?」
なんだろう? 首を傾げてグウェンドリンはその場で静止する。
さらにもうひとつ、詰め合わせセットを手にするシシー。なんだか愛着が湧いてきた。
「これは俺を表す紅茶なんだそうだ。ぜひキミにも味わってもらいたい」
「はぁ……」
紅茶。嫌いじゃないけど。だがタダでくれるっぽいので断ることなくグウェンドリンはお任せすることに。頭は紅茶に合うスイーツを考え出す。というか、このフロアに色々あるからそっちでいいか。
紅茶だけでなく、ショコラやガヴォット、マカロンなどのフランスを代表するお菓子がここに集結している。なにも買わなくても試食をどんどんと勧めてくる。一周するだけでもかなりの糖分を補給できる。さらにお茶までついてくる。フランスとは全く関係ないドイツのスイーツも。
「こっちの感想もまた後日聞くことにするよ。時間をとらせて悪かったね」
会計も終わり、さっと紙袋を手渡すシシー。お土産ではないので簡単な包装。すぐに飲んでもらえるように。
ありがたく両手を擦り合わせていただくグウェンドリンは、あれ? なんでこんなことになってるんだろう、という考えが半分占めつつも、ルームメイトはそういえば紅茶も好きだと言っていたのでオッケー。
「いえいえ。もらえるものはもらう主義ですんで」
やっぱり無しと言われてももう返さない。中国人の知り合いもいる。ゆったりと消費していこう。
エスカレーターに乗って消えていくその人影。人混みに紛れながらも、最後に振り返って投げキッスをしてきた。それを受け止めながらシシーは手を振る。
「さてと。先に上で待たせてもらおうかな。いい買い物だった」
見ているのだろう? 感じているのだろう? 今はダメだよ。夜のお楽しみ。




