222話
しかしベアトリスの目に迷いはない。自分を信じるだけ。自分が迷っていては、花の言葉に説得力が上手く乗らない。
「経験があれば、な。すぐできる、ちょっと待っていてくれ」
そう告げると、店奥のレジ前にあるガラスでできた、天井まで届く箱のようなものの前へ。その中には色とりどりの切り花がバケツに入っている。
面白そう、という感想を抱いたリディア。その横に並んで上から睨め回す。
「へぇ、初めて見たね。キーパーってやつだね」
ほぅほぅ、と知識として詰め込んでみる。花屋にはあるところにはあるらしい装置。温度を低く設定してある。
知っているヤツがいたか。チラッと横顔を覗きつつ、ベアトリスは片引きのドアを開ける。
「あぁ。基本的には早い段階で全て使い切るようにしているから必要ないんだがな。それでもカーネーションなどの花は枯れやすい。そういった品種はできるだけこの中に入れておくようにしている」
フランスでは毎日、ランジス市場というところで花の取引が行われている。それ以外にも肉や野菜など、雑貨に至るまでありとあらゆる品物が揃う、一般人では入れない業者専用の場所。一度に大量に買い込む店もあるが、この店は数日に一回、新鮮な花を仕入れる。
ではなぜカーネーションやスイートピーなどは枯れやすいのか。花や食品を扱う者であれば知っていること。
「エチレン感受性、ですね。このキーパーは日本などではよく見かけるようですが、あまりヨーロッパにはないと」
なんだかひとり座っているのもやるせなくて、つられてユリアーネもこっちに来てしまう。とはいえキーパーは初めて。ガラスに指先で触れてみる。当然冷たい。
花はエチレンという植物ホルモンの影響により、老化が進む。野菜や果実もこのエチレンガスというものを放出し、成熟を促進させるわけだが、その影響を特に受けやすいのがカーネーションやスイートピーなど。ガラスの中は温度が低いのは当然として、そのガスを除去する装置が取り付けられている。これで可能な限り遅らせる。
なんなんだろうコイツらは。変に知識もある。まぁ、それはそれとしてベアトリスのやることは決まっている。
「よく知っているな。それもあるがウチの場合は——」
そして隅っこのほうにある、台座の上にあるもの。それをひとつずつ取り出し、二人に渡す。ついでに一緒に冷やしていたスプーンも。
「……えっと、これは……」
両手にはキンキンに冷えた感触。中になにか入ったグラス。ラップで包まれているが、ほんのりピンク色。混乱してきたユリアーネは扱いに困ってしまう。花屋に来て渡されるとは思っていなかったもの。




