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219話

 その店のことはユリアーネも聞いたことがあった。気になっていたのも事実。心にはメモをしていた。


「……たしか八区にある〈ソノラ〉というお店、のことでしょうか」


 他にもあるのかもしれないけども。チャンスがあれば行ってみたいと思いつつも、優先順位は低く設定していた。花よりコーヒーだから。


 パリでは花は身近な存在で、世界に誇る文化的な側面がある。野菜などを売る市場でも確実に花は売っている。それほどまでに浸透しているもの。花を贈り合う日もあるくらいに。


 さすが経営者。色々と調べている。気が合うね。リディアにとっていってほしい流れにトントン拍子に進む。


「なんだ。話は早い。私も行ってみたかったんだよね。明日行ってみない?」


 善は急げ。善になるかはわからないけど。


 突然すぎて理解に二秒ほど要したユリアーネ。即座にシフトを思い出す。


「明日……ですか? 明日は休みですが……リディアさんにはなにか悩みが?」


 口に出してから少々不躾な物言いだったかと反省。悩みのない人間なんていない、はず。頭が空っぽすぎた。喋る前に吟味していなかった。


「そりゃあるさ。私をなんだと思ってるのかね。だけどそれ以上にユリアーネが悩んでいる気がしてね」


 ここでリディアは本心を明かす。自分の興味もだが、それよりも目の前の少女を気遣ってあげたい。いや、やっぱり自分の興味。黙っておこう。


 この年で経営者になれたりと、恵まれていることははっきりと理解しつつも、ユリアーネにももちろん悩みがないわけがない。やってみて初めてわかる問題など。


「それはありますよ。お店のこと。学業。人間関係。ない人のほうが少ないでしょう」


 コーヒーが飲みたくなってきた。話が終わったら飲もう。考えすぎるとカフェインを欲してしまうのは良くないことなのかもしれない。


 言質は取れた、とリディアは判断した。あとひと押し。


「なら、せっかくパリに来たんだから、気になってたところは行ってみたいじゃない?」


 少なくとも自分は『行っておけばよかった』という後悔よりも『行かなければよかった』と後悔するほうがいい。前者は引きずって思い出すだろうから。後者はいつかは忘れているはず。


 まだ明日の予定はなにもなかった。もしかしたら、ふと学校終わりまでそうならば、ふらっと行っていたかもしれない。そう考えたら、誰か一緒のほうがパリに不慣れなユリアーネには心強い。


「……まぁ、同意はしますけど……」


 緩く肯定。少し、いや、結構行ってみたい欲が出てきた。誘ってくれて嬉しかった、かも。アニーも一緒だったらよかったが彼女は明日シフトが入っている。残念。だが、違った雰囲気のリディアはしっとりと心の内側に入ってきてくれる。

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