204話
ベルリン、〈ヴァルト〉。店内は静かに、それでいて活気はある。のだが。
「今日はアニーちゃんいないの?」
「おまかせの紅茶、お願いしたいんだけど」
「なんだかお店自体が元気ないね。静かなのもいいけど」
アニーがパリへ行ったことによる、今までになかった弊害が店を襲い始める。常連客達もどこか物足りなさのような、穏やかな時間はいいいんだけど、少し緩急がないような。…そんな状況に首を傾げ始める。
「……いや、まだいなくなって二日目なんだけど……」
この事態に納得がいかないのがカッチャ。いつも通り。いつもより丁寧に。いつもより静かな森を。だがそれがどうも、この店に求められているものが違うらしい。ホールを見渡す限り、なにも表面上の差異はないのに。
もちろん、それを好む人達もいるだろうから、マイナスにはなっていない。と信じたいが、歯車が噛み合っていないような。錆びついて滑らかさが足りないような。ぎこちなさのある森。
その答えは店長代理のダーシャにとって、認めたくはないが確立している。
「連続して休みってのが、アニーちゃんはほとんどなかったからね。やっぱり彼女を中心にまわってたところはあるかもねぇ」
思い出しただけで胃が痛くなる日々だったが、今は今でお客さんを満足させることができていないのでは? という切なさ。精神的な痛み。
ドイツ、ベルリンにこんなにたくさん紅茶を求める人達がいたのか、と底しれぬ怖さをカッチャは感じつつ、モヤモヤとした鬱屈さもプラス。
「店長だって紅茶それなりに詳しいでしょ。北欧とかも」
少なくとも、アニーと対等とまではいかなくても、オリバーを除けば話せるのはこの人くらいなもの。なんとかできるのでは、と牽制を入れた。
特別、カッチャは紅茶は嫌い、というわけではない。好きなほうではある。カフェイン大好き。だが、飲むことがあってもティーバッグ。アニーからは美味しい飲み方を教わったけどもう忘れた。出涸らしでも飲むし。
そこまで期待されているような活躍は出来ない、と力量を弁えるダーシャ。
「あくまでそれなりだし、北欧もテーブルウェアに関してはオリバーくんのほうが知識は断然。熱量も。広く浅く。その程度だよ、僕は」
「呼びました? 熱、ということでフィンランドのメーカー、イッタラの『ヘレ』シリーズの出番かと思ったのですが」
「どういう耳してんのよ……」
お呼びでないが、どのようにか餌を嗅ぎ分けてきたオリバーを、非常に冷めた目で見つめるカッチャ。フィンランド語でその通りヘレは熱を意味する。




