191話
「……え? そう……っスか? 変、ですかね?」
しどろもどろになりながらアニーは問いかける。落ち着けるために紅茶をひと口。
つられてコーヒーを飲むユリアーネだが、なんだか会話にぎこちなさを感じる。
「? いえ、アニーさんらしいといえばらしい気もしますが、ヴァルトの方々以外にも結構そんな風に接するんだなと。学院だとどちらかというと、穏やかにされていますし」
カップをソーサーに置く。なんだかその音がいやに耳に残る。
アニエルカ・スピラという人物は、嗅覚やこれだけ弾丸のように突き進む性格なのだから、学院でも突き抜けた存在、かと思いきやいたって普通に過ごしている。アルバイトに全てをベットしている、といえばそれまでだが、最近までユリアーネも知らなかった。というかお互いに。
留年も普通にガンガン存在するドイツの教育制度。一日一日を大事にするアニー。
「あ、そう……っスね。とりあえずアビトゥーアを取得するまでは、問題なく過ごしたいっスから」
卒業資格はひとまず欲しい。そして大学進学も。
「……?」
なにか隠しているような。アニーの発言からそんな違和感をユリアーネは抱いた。名前を口にした瞬間。動揺したような。
シシー・リーフェンシュタール。学院創設以来の天才であり、圧倒的なカリスマ性を有する人物。膨大な記憶力を誇り、生徒の名前はもちろん、すでに労働法や弁護士法なども網羅しているなどという眉唾ものの噂も。
しかし本人は気さくで礼儀正しく、ユーモアもある。下級生にも優しく接してくれる。そんなこともあり、親しみを感じつつも憧れている者は大勢いるわけだが。
今いる状況。ここは慣れ親しんだベルリンでも、故郷のフリースラントでもない。追求されてわずかな精神の乱れに気づいたアニーだが、多少は舞い上がっているのだろう、そう切り替えていつものスマイル、口調を意識。
「ま、それはいいじゃないっスか。たまには忙しさを忘れて、こうやってのんびり——」
「するためにこちらに来たわけではないですからね。勉強が目的です。一応、カフェ巡りは余った時間程度に」
しっかりと手綱を握ってじゃじゃ馬を制御するユリアーネ。能天気さに辟易としつつも、だがこれが彼女のいいところ、そのポジティブさとの板挟みになる。
実際、ドイツは交換留学というシステムがかなり取り入れられている。アジアや他のヨーロッパ各国、一ヶ月の短期や年単位の長期など。姉妹校とこうした交流は多くの学校で存在するため、パリのモンフェルナ学園からベルリンのケーニギンクローネに向かう者も当然いる。
全く違う地域、それこそアジアなどとの交換留学であれば、生活習慣の違いなどで不安になるところもあるだろうが、そこは隣国。空を飛ぶこともなく陸路で行ける範囲内。深夜の騒音などの決まり事や、カフェ文化などにも大きすぎるカルチャーショックはない。
それでも様々な地域でいいところを学んでこようと思っていたアニーには、今回の留学は一週間の超短期とはいえ僥倖。のはずなのに。
「……そう、っスね」
いつもであれば隣に座る全くの初対面の他人であっても、臆することなく会話を武器に突っ込んでいってもおかしくない彼女にしては、不完全燃焼のような燻り。
もう一度カップに口をつけるユリアーネ。少し冷めたコーヒー。雑味を感じるのは、すっきりとしない心模様から?
(やっぱりどこか上の空ですね。アニーさんでも異国の地は緊張するんでしょうか。それとも——)
シシー・リーフェンシュタールとなにかがあったのだろうか? 自分が紹介してしまったことで、ざわっと胸騒ぎもしてきた。だけど、きっと二人のことだから。楽しく紅茶でも飲んで、会話に華でも咲いたのだろう。
そう、きっと。そうに違いない。今は。この時間を楽しもう。




