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186話
「俺のことを聞くよりも、実際に自分で体験したほうがいいんじゃない?」
「え——」
その瞬間、アニーは一気にカシュメランの強い香りと、まるで猛禽類が獲物を狙うかのような攻撃的な匂いを嗅ぎ取った。が、時すでに遅し。気づいた時には、香りだけでなく、ハチミツとジャムの混ざったような味。舌から受ける刺激に脳が支配された。
「……?」
突然のことにフリーズするアニー。目からは、シシーの睫毛の長さが。耳からは、水気のある淫靡な音が。唇からは柔らかく温かい質量。五感で情報を得る。ひとまず現状を整理しようとするが、やはりわからない。
(……なにが起きてるんスか?)
初めてのカンカク。されるがまま。だが、意外にも冷静。紅茶の味もほのかにするからかもしれない。落ち着く。目を瞑る。
数秒すると、シシーがアニーから離れ、笑顔で問いかけた。
「で、どうだった?」
まるで手料理の感想でも求めるかのように。シシーは硬直するアニーを見下ろす。
「……?」
なにか大事なものを失ってしまったような気がするアニー。だがそれがなんなのかもわからない。
「どう……っスか……?」
原因の唇に触れる。瞬き多めに、肺から声を絞り上げた。
「……甘……」
……なぜだろう。ユリアーネの顔が思い浮かぶ。




