164話
このコーヒーをユリアーネは当然知っている。スペイン発。お店ではやっていないが、ぜひともメニューに加えたい。
「……カフェ・コンレーチェ・イ・ミエル」
「そう。スペインの『蜂蜜入りカフェオレ』だ。初めてだけど、まぁまぁ上手くできたかな」
味は期待しないでね、とシシーは念を押す。目分量かつ、図書館付属のカフェ。使っている豆も決していいわけじゃない。
しかし、まるでプロがやったかのように、カッチリとした層になっている。再度確認しつつ、ユリアーネは驚愕する。
「……! 初めて、ですか……? プースカフェスタイルは、コツがいるのに……!」
少しでも注ぎ方が雑になってしまうと、比重が違う液体は混ざり合って美しさは損なわれる。初めて、しかも思いつきで指導もなく、勘だけでここまではできない。
全く意に介していないシシーは、とぼけたような反応を返す。
「そうなのかい? なら、運が良かったね。さぁ、どうぞ」
それより問題は味、とストローを手渡して混ぜるように促す。飲む時まで層、とはいかない。最後は一緒になるのだから。
それはユリアーネも理解している。名残惜しいと思いつつも、ゆっくりと混ぜてストローで吸い込む。かなり甘くなるため、コーヒーはエスプレッソなどの苦味が強いものを使うほうが、味にメリハリが出る。それらが合わさり、喉を通り過ぎた。
「……美味しい、です。美味しい、とても。ありがとうございます」
奇跡的なバランス。体に、心に染み渡る。揺らいでいた感情がリセットされるような。落ち着く、そんな味わい。
ここで、ある仕掛けを施していたシシーが、ネタを明かす。
「本来なら失敗なんじゃないかな、と思っていたんだけど、今のキミにはそのくらいがちょうどいいということだね」
結果がよければそれでいい。飲んで美味しいならそれで。だがこれはミスだ、とひと言。
そんなはずはない。不可解な発言に、不安を感じたユリアーネは反論する。
「……? 今の私、ですか? とても美味しかったですし、これが失敗とは——」
「あえて自分が思うよりもハチミツを多くしたんだ。なにやらマイナスなことばかり考えてしまっているようだから。ほんの少し甘いほうが、疲れに効くと思って。気に入ってくれてよかった」
その人に合わせた味の調整。感じた負の感情。それを癒すために、ほんのりと甘さを追加したシシー。初めてだから、と保険もかけておいた。必要なかったようだが。
まるでアニーのように。人をしっかりと見ている。自分にはできていない、とユリアーネは目の前の憧れの人に、より心酔するように吐息が漏れる。
「……初めて、なんですよね?」
さすが、と言うべきなのか。とてもじゃないが叶わない。なにに? わからないが、なにもかも。




