161話
ふむ、とシシーは一旦場を整理する。
「キミはなにもかも完璧を目指すつもりなのかい?」
突然、違う角度から話を切り込んだ。
ぼーっとテーブルの木目を凝視していた自分に気づき、ユリアーネは顔を上げる。せっかく話しかけてくださっているのに。
「……あの、いえ……目指したい、ですけど」
歯切れの悪い回答。自分の中で答えが定まっていないし、完璧ってなんだろう、とそのもの自体の全容が掴めない。曖昧で抽象的だ。
だが、その揺れる感情がシシーには楽しい。図書館に付属している、簡易的なカフェ。そこで買った安いコーヒー。どこまでも堕ちていく闇のような表面を覗き見る。
「まぁ、カフェの経営について俺が言えることなんて、なにもないわけだが。完璧ほど息詰まるものはないと思うけどね」
意味深な発言でまたも惑わす。さて、どんな反応をしてくるだろうか。
完璧を目指す自身とは逆の考えに、ユリアーネは引っかかりを覚える。
「……どういう意味でしょうか」
全てにおいて突出しているなら、それでいいはず。あなたのように。
「たしかに一般的にみれば、悲観的というのはネガティブなイメージだろう。だが俺からすれば、一番慎重に立ち回れているのは、キミのような人間だ」
先ほどまで優しく慈愛に満ちていたシシーの眼差しの、その温度が下がる。空気が変わる。
また哲学的な言い回し。まだ解れない緊張と、ちゃんと喋れているかもわからない状況。ユリアーネは沈黙する。
「……」
当然責めているわけではないので、微かにピリついてしまった空気をシシーは緩ませる。
「言い方を変えようか。『前を見て』『上を見て』『未来を見て』というのは、さも正しいかのように思えるだろう? まるで『後ろ向きな』『下ばかり見て』『過去に縛られて』というのが、ダメであるかのような表現だ」
わかりやすく、例えを多めに。
今回は理解できた。先よりは力を込めて、ユリアーネは言葉を返す。
「そうではない、んですか? やはり気持ちだけでもポジティブにいたほうが、物事もいい方向に進む気がしますけど……」
「まぁ、これは個人の感じ方だからね。俺からしたらどちらも必要なことだと思うから」
相手の出方を伺うように、シシーは頬杖をついた。コーヒーを口に運ぶ。まぁ、こんなものか、とあまり期待していなかった通りの味。
その流れるように美しい所作を見ながら、ユリアーネは語を紡ぐ。
「ネガティブが大事、ということですか?」
そんな話は聞いたことがない。いつだって前向きなほうがいいはず。少なくとも、自分だったらアニーやシシーのような人間に憧れる。




