155話
時刻は午後二〇時。閉店時刻となり、アニー・ユリアーネ・ウルスラは帰宅することとなる。ドイツでは自転車はどこにでも駐車していいため、アニーは駐車していた自転車を回収する。店の前の石畳、植木のある場所。いつもの定位置。
ウルスラとユリアーネは電車のため、駅に向かいつつ三人は歩く。寒さが身に染みるが、ワクワクもするベルリンの街並み。まだまだ活気がある時間帯だ。クリスマスマーケットも近づいている。ライトアップされた広場などが輝きを増す。行き交う人々もどこか幸せに溢れていそう。
「それで、お話とは」
歩きながらユリアーネがウルスラに問いかける。『ヴァルト』に応募した理由。まだ途中だった。
事情を知らないアニーは両者の顔を見比べる。
「? なにかあったんですか?」
ボクの知らない間に、二人でこそこそとなにを!? と、真に迫る。お話ということは、ウルスラさんがユリアーネさんに……まさか……! いや、もしくはあのダンディズムのないヒゲ男が……!
思い詰めたように地面に目線を落としながら、ウルスラはひとつ深呼吸。
「……うん、そのことなんだけど、実は——」
「辞めないでくださいっス! 店長の目を抉れというならするっスからッ!」
この雰囲気はおそらくヤツの仕業……! とアニーは判断した。でもたしかに……飛び込みたくなる気持ちもわかる、と一定の理解は示しつつも、いやいや! それはよくないと戒める。
渋い顔のウルスラが、なにやら誤解しているアニーの言葉を否定する。
「……いや、辞めないけど」
一体なんの話だろう、と不可解な心象。
「え? じゃあなんの話っスか?」
読みが外れたか……と、悔しそうにアニーは指を鳴らす。ダーシャに不祥事があれば逃さない。
頭を切り替え、ウルスラが制服のポケットに手を入れる。指先には冷たい感触。自身と一緒。熱はもう、ない。
「うん、私さ、ここのところずっと違和感みたいの感じてて。コレ、とか」
そうして取り出した、シロクマがデザインされた、手のひらサイズのパッケージ。中には酢酸ナトリウムと水。そして金属。
「これは……タッシェンヴェルマー、ですか? たしか再利用可能な。これがなにか?」
それを手に取り、ユリアーネはまじまじと観察する。普通の……タッシェンヴェルマー。ペンギンや雪玉、サンタクロースなどの、冬を想像させるモチーフなものが多い物。
ドイツではポピュラーな、いわゆるカイロ。金属を潰すなどして衝撃を加えると、そこから化学反応により熱が生じる。とはいっても五〇度程度。そして、使い終わっても温めることで再度使用可能になる、エコな商品だ。
「これがどうかしたんスか?」
アニーも特に違和感はない。が、微かにウルスラ以外の香りがする、ような気がしないでもない。どこかで嗅いだことあるような?




