154話
その中で、今回の話の中心となるクルトは、一旦、場を落ち着かせる。いきなりやってきて、そんな提案をされたら、それは混乱するだろうというのは自身もわかっている。
「お忙しい時期に申し訳ありません。お暇な時で構いませんので」
今すぐにでも始めたいが、相手方の都合もある。今後も友好な関係を築くためにも、無理は言えない。逸る気持ちを抑える。
色々と収まりのいいところを見出したマクシミリアンが「ヒヒッ」と笑う。
「ところでおかわりある? クッキーもなんだかんだ文句言いながら全部食べちまったよ」
すでにクッキーの入っていた皿は空っぽ。クルトのほうも。紅茶とお菓子だけならまだまだいけるし、いきたい。美味かった。ような気がする。
だが、アニーはそれに待ったをかける。
「いえ、このクッキーは七枚という風に決まっているんです。北欧では七種類のクッキーを出すことが定番でして。種類、というかこの場合は枚数になりますけど、いわゆる『シューソルテルスカーコル』ってやつです」
スウェーデン語で『七種類のクッキー』を表す言葉。それより多いと高慢、少ないとケチと見なされた一九〇〇年代。それゆえに七という数字が意味を持つ。なので、北欧に乗っ取って、これ以上は出せない。しかし。
「とは言っても、あたしらは北欧の人間じゃないからねぇ」
言葉の隙間を縫うように、マクシミリアンが急所を突く。残念ながら西欧。言葉の力は通用しない。ということで、おかわり。
ムッ、として顔を顰めるアニーだが、急にパッと破顔する。
「そうなると思って、たくさん焼いてもらっています。お土産にもどうぞ。今すぐ取ってきますね」
そう言い残し、皿だけ回収してキッチンへ引っ込む。足取りは軽い。どうせみんなのお土産用も作っておいてほしいと、ダーシャへのメモ書きには記してある。
舌の根も乾かぬうちに、言ったことを翻すアニーに対し、ボソッとユリアーネは不満を口にする。
「……全然『七』で収まってないじゃないじゃないですか……」
だが、それでいいのだろう。結果的に、その人の心に染み渡るのなら。いつも彼女は私の先に行く。いつも、と言ってもまだ知り合ってそんな経ってないけど。
その後、七という数字はなんだったんだろうという疑問を吹き飛ばすほど、大量のクッキーを皿に乗せて運んできたアニー。味も混ぜてあるので、味が苦手な人にはロシアンルーレットのようになる。テイクアウト用のパームボックスを持ち出し、食べきれない量は持ち帰る準備も完璧。
「私もいただきます。持って帰って少し研究してみようかなと」
キツキツに詰め込むマクシミリアンとは対照的に、上品に数枚クッキーを入れるクルト。ラクリス、もしかしたら面白いかもしれない、と新作の候補に入れた。
「どうぞどうぞ。あ、他のお客さんに呼ばれちゃったっス。ちょっと行ってきますね」
当然、他のお客もいるため、かかりっきりにはなれない。だが、ドイツではテーブルを担当したウェイトレスが、お会計までその席で全て行うのが基本となるため、またのちほど、となる。
店内、もしくはテイクアウト用のケーキなどがケースに飾られているレジ。店内全体を見渡せる。ひと息つきながら、ユリアーネは隣でまだ緊張が解けないウルスラに声をかける。
「どうですか? ここはこういうカフェなのですが」
こういう、店長が好きなように行動するカフェ。だが、リピーターの多いカフェ。
今日一日やってみた感想を、ウルスラは率直に述べる。
「……なんていうか、不思議。私の知っているのとは、なんか違う、かも」
少なくとも、試作段階のものをお客さんに食べさせてみて、改良を求めるカフェは初めて。でも、楽しかったのは事実。不思議と頬が緩む。
プラスのイメージを持ってもらえたならなにより。ユリアーネは安堵する。
「楽しんでもらえたら嬉しいです。アニーさんを見ていただければわかると思いますが、働いているというよりかは楽しみにきてる、という感じですから。それでお客さんも増えていますし、緩くやっていきましょう」
肩に力を入れず。お客様も、ゆったりとした時間を過ごしに来ているのだから。我々がその空気を作っていかねば。
優しさがウルスラに染み入る。嬉しい。頑張ってみよう、そう心から思える。
「……うん、ありがとう」
その言葉を聞けただけでユリアーネは満足。「さて」と気を取りなおす。
「それでは、ラストまで頑張りましょう」
そしてウルスラの肩に優しく、手を置いた。




