140話
自身が危惧する事柄が、どれもちっぽけに思えてきたウルスラ。書店時代もそんなことは許されなかった。
「……なんかやれそうな気がしてきました」
とはいえ、気を緩めていいというわけではない。ミスしてもいい、というよりかは『ミスしてもなんとかなる』という心構えが気持ちを楽にさせる。
間接照明のみで薄暗い店内を見渡すと、噂のアニーがお客とすっかり話し込んでいる。カッチャはある意味で安心した。平常運転の店。
「ほら、またなんかやってる。あれが許されるんだから。大抵のことは問題ないわ」
じゃあ頑張って、とレジ横の片開きのドアを通ってキッチンへ。
ひとり残されたウルスラは、プラプラと揺れるドアを見つめるのみ。
「……頑張ります……」
もう伝えるべき人はいなくなってしまったが、その空間に向けて意思表明する。今からが本当のスタート。ならまずするべきことは……挨拶。
「ユリアーネさん」
隙を見てユリアーネに近づく。店内を清掃したり、片付けたりをしているので、一呼吸ついたところで。レジとキッチンを繋ぐキッチンカウンターに食器を返したところで、声をかけた。
反応したユリアーネは笑みで返す。
「はい。ウルスラ・アウアースバルトさん、ですね。よろしくお願いいたします。ここのオーナーを務めています、ユリアーネ・クロイツァーです」
自分から声をかけなければ、と思っていたので、少し申し訳ない気持ち。気を使わせてしまったかも。そんなことも考えてしまう。
お互いにどちらかと言えば引っ込み思案なほう。勇気を出したウルスラは、一気に距離を縮める。
「うん、よろしくお願いします。学院では全然面識もなかったけど、話せて嬉しい」
「と言いますと?」
意外な展開。ユリアーネはウルスラという同級生のことを知らなかった。元々、そんなに交友関係も広くないが、相手の方は自分を知っているという。重ねて申し訳ない。
神妙な面持ちに変わったウルスラは、声のトーンを落とす。
「……ユリアーネさんとアニーさんに聞きたいことがあって。あとで、少しいい?」
伺うように、訴えかけるように。
どう考えても楽しい話題ではなさそう、というのはユリアーネは空気でわかった。口ごもった口調からも滲み出る。
「……そう、ですね。二〇時にはあがりますので、それからでもいいですか?」
今はどうしたって就業中。忙しくなってくる時間帯。ささっと聞くようなものでもないだろう。ゆっくりと腰を落ち着けて。
ハッと気づいたウルスラ。まわりが見えていなかった。自分だけになっていた。まず最初の反省。
「うん、そうだね。ごめん。じゃ、これからよろしく」
最後は握手と笑顔で一旦散開する。優しくて、可愛い子。クールというより物静かなだけ。そしてもうひとり。彼女にも。先ほどカッチャが入っていったキッチンへ。




