139話
「入ってきたお客さんは、好きなところに勝手に座るから。まずは飲み物を聞いて、提供する。そんで、メニューを閉じるか、手を挙げたりしたら料理を聞きにいく。いい?」
「はい、わかりました」
教育係を任命されたカッチャが、ホールにて手本を見せる。そしてそれをウルスラが見様見真似でやってみる。忙しくなってくる午後の時間帯。練習には事欠かない。
ドイツにおいて、来店したお客は、店員に座席まで案内されることはほぼない。指定されることもない。好きなところに座る。そして飲み物を注文し、料理を注文し、それを受けた店員が会計まで担当するのが決まりである。
なにより料理の提供には時間がかかる。急いで作ろう、という考えを持っている人物は、国柄なのかほとんどいない。そして客側もそれに対して怒ることもない。『そういうもの』として根付いている。
「だいたいはオッケー? じゃ、あとはひとりでやってみて、わかんないことはユリアーネとか、アニーとかに聞いて。あたしはキッチンのフォロー入るから。そろそろ夕食目当ての客も増えてくるし」
何気にカッチャは料理が得意。ビロルやオリバーがいない時はキッチンにまわることも多い。軽食程度ならダーシャだけでも充分だが、ガッツリ作るとなるとひとりでは無理。ホールは三人いればなんとかなると判断した。
特に指摘されることもなかったし、お客さんも優しい。いけないことはない、とウルスラも理解してはいる。だが。
「……大丈夫、でしょうか」
指先の温度が下がる。手に持つトレンチが重さを増したような気がした。そんなことないのに。いつかはひとりでやらなければいけない。わかっている。だが、ひとりになるのが、怖い。なぜ?
その声が震えていることに気づきつつも、カッチャはあえて巣立たせる。
「さぁ? でも教えることって特にないし。あとは間違えたことを覚えるしかないんじゃない?」
言葉で教えられても、表面上でしか覚えることはできない。痛みでしか覚えられないこともある。というのは建前。クリスマスマーケットが始まる前に一人前になってもらわないと。みんな休みが取れない。なので荒く。決して適当ではない。
そんな裏の意図には気づかず、ウルスラは自身に発破をかける。
「……不安、ですけど、頑張ります」
やる気になってくれてなにより。カッチャは上手く新人を操舵する。
「ミスしたら、教えなかったあたしのせいにすりゃいいのよ。というか、アニーなんか勝手に休憩するし、勝手にお客さんと話し込むし、勝手に提供する前に食べちゃって作り直すハメになるし。それに比べたら、ミスなんて可愛いもんよ」
……よく考えたら、なんでこれが許されているんだろう。もう少し自分も手を抜いてもバレないのでは? と邪な考えがよぎる。




