126話
ハッ、と一瞬ユリアーネの目が大きく開く。たしかにそうだ、と自分でも今気づく。
「それは……せっかく選ばれたわけですし、フランスに興味がないわけでもないですか——」
「嘘、っスね。ボクには通じないっスよ」
嘘の匂いはわかりやすい。感情を読むほどの嗅覚。アニーの特技が発揮された。柚子の香りに乗ってほんの少し、揺らぎの香りがした。
話せないことでは決してないのだが、ユリアーネは口を噤んだ。やましい気持ちがある、ということもない。だが、あの方と話せる機会というのも魅力に感じてしまった。そしてカフェ散策。気持ちは傾いている。今しかできない。
「……」
無言は肯定。悪いとは思っている。だが、なんと言えばいいのかわからず、言葉を切ってしまった。成績優秀とは言っても、まだ幼い少女であることに変わりはない。こんな時の返し方は知らない。
苦笑しつつ、ダーシャが助け舟に入る。
「こういう時にはアニーちゃんは敵にまわしたくないね……まぁ、そこは色々あるんだろうし、ユリアーネちゃんの将来のこともあるから。こっちは任せて、楽しんでおいで」
その子にとっての一番、というものはわからないが、視野を広げるのはいいこと。最終的にカフェという道でなくなったとしても、その子の選んだ道ならそれでいいと考えている。
自分自身にもユリアーネは納得できていない。が、感謝しか思い浮かばない。
「……はい、ありがとうございます」
心配、と自身が言うのもおこがましいとは思いつつも、いない期間のことが気になる。ダーシャをはじめ、ビロルやアニーもいるから……アニーのことは少し心配だが、問題はないはず。それで今までやってきていたのだから。
だが、どうしてか不安が胸を縛りつける。それはなんの? 店ではなく、自身のこと? わからない。自分もアニーと離れたくない? それもある……かもしれない。でも、やらなくちゃいけないことが。
深く思考の渦にもがく少女とは正反対に、物事をできるだけシンプルに。アニーは首を傾げてダーシャに問う。
「このお店から一週間とはいえ、華がいなくなるんスよ! どうするんですか!?」
ダーシャはこの場では立場的に一番下のはずなのだが、発言の権力は高い、気がする。なのでできるだけ彼と歩調を合わせたい。味方に引きずりこめば、フランス留学を保留か中止にすることができるかもしれない。だが。
「いない間に、紅茶を広めておけばいいんじゃない? アイディアがあったら検討するから」
一年後、コーヒーと紅茶の売上の高いほうが、メインの店になる。そういう彼女達の約束。より高めあうには、ダーシャは心を鬼にして、二人の成長を見守るしかない。友人でありライバルなのだ。あんまりそういう意識は持ってなさそうだけど。




