125話
「りゅ、留学……?」
後退りながら、アニーが声を絞り出す。毎日どんな紅茶を出そう、という計画が一週間は抜け落ちるのが確定なわけで。だが、留学となるとさらに長期間になるわけで。そのまま壁にぶつかると、ズルっと力無く座り込んだ。
その様を見ながら、ユリアーネはため息をつく。
「しませんよ。お店がありますし。旅行のようなものです」
「ボクはッ!?」
ガバっと立ち上がると、アニーは失意の眼差しで鼻先が触れ合う距離まで近づく。柚子の香り。安心の香り。
「……行けませんけど」
二人、のうちのもうひとりはアニーではないため、ユリアーネは非情の宣告をする。正確にはアニーの成績の程度は知らないが、そもそも今回は各学年でひとりなので、同学年である限り可能性はない。
多言語が飛び交うフリースラント出身のため、アニーは言語は得意なのだが、数学などは苦手なため、GPAとよばれる成績の平均点が足りていない。しかし、それで納得のいく子ではない。
「おかしいっス、ダメですダメダメ!」
フランスパンは硬いんスよッ!? ついうっかりぶつかったらケガしますよ!? と引き止めようとするが、効果は薄い。
このままでは埒があかない、とダーシャが仲裁に入る。
「はいはい、それを決めるのはユリアーネちゃん。来る前はいないでもやれてたんだから、一週間くらい我慢しなさいな」
とりあえずはシフトの組み直しだが、幸いにもビロルやオリバー、カッチャなどもいるので、問題はない。むしろ、オーナーの仕事はシフトに入ることではないのだから、こちらのほうが正しいはず。
お願いします、とは言ったものの、急遽というのはユリアーネも申し訳なく思う。自分のことしか考えていなかった、と反省。
「大丈夫そう……ですか?」
もちろん、厳しそうであれば辞退してお店にかかるつもり。それと一緒に行く人物。緊張でなにも話せないかもしれないし、行けないならそれはそれでいいと考えている。少しもったいないけど。
だが、小さく頷くダーシャは、明るく送り出す。
「もちろん。お店のほうは大丈夫だから、安心して行っておいで。お土産はあっちのカフェの話でいいから。ね? アニーちゃん?」
ほぼ強制で従わせる問いかけ。感情を爆発させようとするアニーだが、すぐに萎んで同調する。
「……うー……でもどうして急に行こうなんて思ったんスか?」
とはいえ一度持ち帰って考えてから、などではなく、即決したことに違和感を感じた。冷静なユリアーネなら、ダーシャに相談しそうなものだが、提案をすぐ呑み込んだのにはなにかありそう、と勘が働く。




