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101話

「どうでした? 今日は」


 二三時三〇分。日付もあと少しで変わるという土曜日の夜。ユリアーネは、自宅でアニーの髪を乾かしながら問いかけた。ドライヤーの音が四割ほど声をかき消すが、ソファーに座り、恍惚の表情を浮かべるアニーはしっかりと聞き取っている。


「羊とヤギがいました」


「……」


 求めていた答えとアニーの感想がかなり乖離しており、質問したユリアーネは声を失う。働きに行ってヤギと羊と戯れる。間違えてアルプスへ放牧生活に行ってしまったのだろうか。


「風車もあってすごくのどかなところでした。たまにはいいっスねぇ、都会の喧騒から解き放たれるって——」


「……なんかすごく年老いたような気が……」


 完全に毒気が抜かれているアニーに、ユリアーネは戸惑う。先日、家まで気配を消して背後から追いかけてきた少女とは、同一人物とは思えない。シャンプーのフローラルな香りも混ざり、フワフワとした泡のように掴みどころがない。


 そのまま溶けていきそうな柔らかく緩みきった表情で、アニーは力無く否定する。


「やだなー、見聞を深めたと言ってくださいよ。実際、初めてのことばかりで、新鮮でしたし、気付いたこともありまぁす」


 言葉の語尾も腑抜けてきているが、勉強にはなったとのこと。珍しいコーヒーも知った。


 仕上げの冷風をユリアーネは髪に当てる。


「どんなことですか?」


 興味深そうに会話を引き出す。しかし。


「秘密です」


 夢見心地のまま、表情とは正反対にピシャリとアニーは口を閉ざす。脳はしっかりと生きている。


 先ほどまで鼻歌を口ずさみそうなほど、手際よくドライヤーを操っていたユリアーネの手が止まる。ドライヤーの轟音だけが部屋に響き渡る。

 

「……アニーさん、少し意地悪になりましたね」


 スイッチをオフにし、アニーの頭頂部を凝視しながら低く声を絞り出す。


 ユラユラと揺れながらアニーが反撃に出た。


「ユリアーネさんが先にやったんです。よくもこの前はボクを引っ掛けてくれましたね」


 この前、とはヴァルトでミルクジャスミンティーを飲んだ時のこと。こっそり盗聴して、アニーがカッチャに攻め込まれているのを、高みの見物していた。そのことを根に持っている。


 しかし、お互い様の部分がある。そもそもの原因は。


「アニーさんのせいです。勝手についてくるから」


 今いるこのユリアーネの自宅。後ろから気づかれないようにアニーが追尾してきて、それでバレてしまった。若干恐怖を覚えた数日前。

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