499.先輩
499.先輩
「お、おい……大丈夫か?」
「げほげほ……ああ、大丈夫……大丈夫だから。もう1回やるぞ」
回復魔法を使って傷は癒えたのだが、ジョーの顔は晴れない。
きっとこのまま戦って、また返り討ちにでもしたら、オレが本当に折れてしまわないか心配なのだろう。
「大丈夫だって……今のはちょっと油断しただけだ……けほっ」
「油断ってお前……前と変わって無かったって言うか……悪くなってねぇか?」
う゛……細けぇこたぁ良いんだよ! ほんのちょーっと、頭に血が上っただけなんだから!
逆に、これで冷静になれたってモンだ。
「大丈夫。ほら、構えろって。今のはハンデだ。この1週間の成果を見せてやる!」
オレの闘気が漲っている事から、ジョーもやっとその気になってくれたようだ。
「はぁ? ハンデだと? お前、そのざまで……随分舐められたモンだな。良いだろう、もう一回その伸びた鼻を叩き折ってやるよ」
改めて仕切り直しとばかりに、剣を構えて向かい合う。
お互いに相手の一挙手一投足を注視し、不自然な静寂が訪れる。
少しの時間が過ぎ、オレが動かないのに焦れたジョーが、訝しげに口を開く。
「どうしたよ? 先手は譲ってやるって言っただろうが……それともビビッて動けねぇのか?」
「言ってろ。お前の沢山ある隙の、どれを付いてやろうか迷ってるんだよ」
「ハッ、そうかよ……だがこれじゃあ埒が明かねぇな。悪いがこっちから行かせてもらうぜ」
そう口にした途端、ジョーは真っ直ぐに踏み込んで振り下ろしの一撃を叩き込んできた。
大剣の振り下ろし……鉄の塊である大剣を、重量に任せて振り抜く必殺の一撃。
普通なら数舜後の自分を想像して絶望するのだろうが、オレの顔には笑みが浮かんでいた事だろう。
かかった……ここだ!
この一太刀が、途轍もない破壊力を秘めているのは分かっている。
しかし、その重量と勢い故、途中で止める事も逸らす事も、簡単にできないのも、また事実。
「流し!」
技の名を叫ぶと同時に、大剣へ短剣の腹を当て軌道が逸れるように促してやる……僅かなチカラしか加えていないのに、まるで大剣はオレを避けるかのように逸れていく。
そして当然のように、目の前には隙だらけのジョーが、大剣を振り下ろした格好で立ち尽くしている。
懐に入りさえすれば、短剣が大剣に負ける道理などあるはずも無い。
左手の短剣をジョーの首筋に当て、オレは一言だけ呟いたのであった。
「勝負ありで良いよな?」
「ああ、今回はな……まだやるんだろ?」
「当たり前だ。この前の借りを10倍にして返してやるよ」
「言ってろ。今のは短剣術の「流し」だろ? 使うってのが分かってりゃ、色々と対策はあるんだよ。精々、今の内に喜んどけ」
結局、そこから10戦。あまりの騒々しさに、ゴドやジールが顔を出すまで模擬戦は続けられたのであった。
◇◇◇
「ハァハァ……」「ハァハァ……」
今はオレとジョー、2人共が、広場の真ん中で大の字になって荒い息を吐いている。
「ジョー、アルド、お前等、何やってやがる。木剣の音が鳴り止まねぇと思って見に来てみれば……」
「ゴドの言う通りだぜ。ジョー、あんまり言いたか無いけどな。アルドの命はオレ達とは重さが違う。あんまり無茶させるな」
どうやらゴドとジールは、ジョーがオレに無茶を言ったと思っているらしい。
もしかして先週 会った件も、ジョーから聞いて無いのだろうか?
「ジョー、オレの事、2人に言って無いのか?」
尚も寝転びながら隣のジョーへ声をかけると、面倒臭そうに返してきた。
「あ? 当たりめぇだろう。個人的に聞いた悩みを、勝手に誰かへ話すわけねぇだろうが」
コイツは……相変わらず、イケメン……いや、今はイケオジか。
オレ達の会話を不思議そうに聞いているゴドとジールへ口を開いた。
「ゴド、ジール、違うんだ。実は………………」
それからはコボルトの主と戦った件から、ここ1週間に起こった出来事を説明していく。
「………………って事なんだ。今日は1週間ぶりのリベンジと、恐怖心に打ち勝つ方法を聞きにきた」
2人はお互いに顔を見合わせ、何か納得したように1つ頷いた。
「なるほど。しかし、お前でも戦闘が怖いなんて思う事があるんだな。てっきりどんな敵にも、何も考えずに向かって行くと思ってたぜ」
「違い無い。しかも魔力無しとは言え、ジョーに負けるとは……何ならオレともやってくか? カカカ……」
この野郎……ジール、なに笑ってやがる……お前には魔力有りでやっても良いんだぞ?
オレのジト目を見て、ジールは目に見えて狼狽し始めた。
「じょ、冗談だ……本気になるなよ? しかしお前が心を折られそうになるほどの魔物ねぇ……オレには想像できそうに無いな」
ゴドとジールは放っておこう。コイツ等は心配して来てくれたのだろうが、今はただの野次馬だ。
改めてジョーへ向き直り、オレは丁重な態度で口を開く。
「ジョー……11戦してオレが7勝した。まだまだ力不足なのは分かってる。それでも、これが今のオレの精一杯だ。1週間前の答えを教えてほしい」
ジョーは少しだけ考えてから、困った顔で話し始めた。
「これだけ出来て、まだ分からねぇのかよ……良いか? お前は一度、完膚なきまでにやられて完全に折れた。生まれて初めて死を覚悟したんだろう……だがなぁ、そんな事は特別な事じゃねぇ。命のやり取りをしてりゃ、誰だって一度や2度、折れる事はある。大事なのはそこからだ」
ジョーの話す内容は至って普通……冒険者をやっていれば、当たり前とも言える内容だった。
「………………でだ、そんな恐怖から逃れる方法だが……そんな物はありはしねぇ。誰でも多かれ少なかれ、死の恐怖と戦ってる。だから必死に技を磨き、立ち回りを学び、信頼できる仲間を探すんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……じゃあ、オレはどうすれば良いんだ?」
「待て、まだ話しの途中だ。お前は恐怖を克服したいみたいだが、止めとけ。オレも長い事 冒険者をやってきたが、その感覚を無くしたヤツの末路は碌なもんじゃねぇ。ある者は無謀な戦いを挑んで返り討ちにあい、ある者は英雄を気取って早死にだ。お前のその恐怖は、敵なんかじゃねぇ。お前や仲間を守ってくれる大切なもんだ。しっかり耳を澄ませば、無駄に命を散らさずに済む」
ジョーの言いたい事は分かる。確かに相手の力量を考えずに戦いを挑めば、命が幾つあっても足りるはずが無い。
しかしオレは使徒だ。例え無茶な戦いでも、挑んで勝ちを拾う使命がある。
「お前の言いたい事は分かったよ……確かに冒険者には、自分の力量と敵の強さを冷静に判断する必要はあるんだろう……ただオレは使徒だ。救世主と言っても良い……勝てない相手からでも、勝ちを奪い取らないといけない時もある……」
正直、ジョーの答えはオレが想像していた物とはだいぶ違った。冒険者なら無理と判断すれば断る権利がある。でもオレには……
これ以上は聞いても意味が無いと、立ち上がって踵を返そうとした所でジョーが更に口を開く。
「だから、まだ終わってねぇって言ってるだろうが。座れ」
これ以上 聞いても意味などあるのだろうか? 困惑しつつも、ジョーの真剣な顔を見て改めて席に付いたのである。
「もう一回、言うぞ。オレは恐怖を感じなくなる方法なんて知らねぇし、あっても使うつもりも教えるつもりもねぇ。ただな、それでも立ち上がって進む方法は知ってる」
!!!
「それはだな……どんなに辛くても逃げ出しそうでも、自分に出来る事を地道に一つずつやっていく事だ」
「は? そんな簡単な事で?」
「ハッ……だからお前はもう持ってるって言っただろ。現に1週間前と比べてどうだ? お前は自分の未熟さを自覚して、まだまだ初歩だとしても技を覚え始めた。今 自分に出来る事、やるべき事をやってるだろ。そんなお前が感じるのは、まだ恐怖だけか?」
1週間前と比べて……未だに悪夢は見るが、そう言えば四六時中 感じていた、刺すような焦燥感は消えている。
「誰だってそうやって前に進んでいくんだ。名誉のため、生活のため、仲間のため。感心はしねぇが、復讐のためだって言ってたヤツもいた。悩んで足掻いて、それでも前に進もうとしたヤツだけが、1歩を踏み出せるんだ。もう一回、聞くぞ。お前はどうだ?」
オレは……
「前に進む……いや、進みたい。今はまだ良く分からないけど、お前の言う事は尤もだと思うから……」
ジョーは眩しい物でも見るように目を細め、嬉しそうに1つだけ小さく頷いた。
そんなどこか晴々して空気が流れる中、ゴドがニヤニヤしながら爆弾を落とす。
「そうだな、ジョー。お前も駆け出しの頃、震えて泣きながらゴブリンに向かって行ったもんなぁ。アレは大きな1歩だと思ったぜ。ククッ……」
「ば、バカ野郎! おま、こんな時に何言ってやがる!」
「何 恰好付けてんだ。青い顔で狩場をウロウロしてると思ったら、いきなり泣きながらゴブリンに突っ込んで行っただろ。オレとジールが助けに入らなかったら、今頃、ここに立ってなかったんじゃねぇか? なぁ、Bランクのジョグナ君よ?」
ゴドとジールは2人で笑いを堪えながらも、尚も昔話を止めるつもりは無さそうだ。
「お前等……良ーく分かったぜ……そっちがその気なら、オレもダリングから聞いた話をぶちまけてやる……」
「おま、それは反則だろ?」
「最初に茶々を入れたのはお前等だろううが! アルド、ゴドのヤツはな、ゴブリンの群れに囲まれた時ションベン チビって逃げ出したらしいぜ。しかも………………」
「わーわーわーわー! テメェ、何バラしてやがる! これだけは言わねぇつもりだったが、もう勘弁できねぇぞ!」
「ジールも何、他人事のフリして突っ立てるんだ。お前だって、ウィンドウルフに尻を噛まれて、3日も寝込んでやがったくせによぉ!」
「それは関係ねぇだろうが! それならお前も………………」
うーん……これはどう収拾を付ければ良いんだろ。
オレとしては面白いから良いんだが……3人共、カミさんと子供達が呆れた顔で見ているぞ?
結局、ノエル以下、3人の嫁さんが現れて、それぞれの旦那にゲンコツを食らわせるまで暴露大会は続いたのであった。
「ジョー、ありがとう。今は実感が湧かないが、出来る事、自分のやるべき事を1つずつやって行こうと思う」
「ああ、それで良い。お前なら直ぐに乗り越えちまうよ」
そう言ってジョーは、笑いながら踵を返して自宅へと歩いて行く。
「ジョー、もう少し技を磨いたら、またやろう」
「あ? もうやらねぇよ。お前に教えてやれる事なんざ、これが最後だ。それでも悩んだなら、次は仲間と一緒に考えろ。お前にもいるだろ? 頼れる仲間が……じゃあな、使徒様よ」
思い返せば王都へ初めて行った頃から、ジョーには世話になってばかりだったのを思い出す。
最初はナーガさんとの会話で……次には模擬戦をやったんだ……ルイスやネロの稽古も付けてもらった。
それに何と言っても、ギルドで「子供相手にみっともない事するな!」と啖呵を切ってもらった事で、他の者から普通に接してもらえるようになったのだ。
この人には、間違い無く道を示してもらってきた……先輩、この人にはこの言葉がしっくりくる。
「ありがとうございました、ジョグナ先輩。アナタには本当にはお世話になりました」
「フッ……先輩か……じゃあな、後輩。たまには顔を見せにこい。またな」
そう言ってジョーは自宅へ帰って行ったのであった。




