498.師匠 part2
498.師匠 part2
ベレットから久しぶりに短剣術を習って3日が過ぎた。改めて、オレの技術の拙さを実感する日々を送っている。
「参った……」
「ま、まさか……お、オレがブルーリングの英雄に勝った……」
模擬戦でオレに勝った騎士が、自分の手を見つめて驚いているのを尻目に、ベレットが渋い顔で声をかけてきた。
「アルド様、今、何故 無理に攻撃しようとしたのですか? あの場面は一度 距離を取るか、折角の2刀なのですから左手は防御に回すべきだったのでは?」
「スマン……つい、いつもの癖で……あの程度の攻撃なら躱せると思ったんだ……」
「アルド様、前にも言ったはずです。ギリギリの戦闘では、先ず自分の身を守る事を最優先すべきです。それに魔物の中には毒を持つモノも多くいる以上、かする事すら勝敗を分けるかもしれません」
「はい、気を付けます……」
「では今の動きの中で、1つ教えたい技があります。先ほどアルド様は、相手の剣を真正面から受けましたね? あれ自体、問題のある行動ではありませんが、こう短剣の刃では無く腹で受け流してやると、相手によっては隙ができる事があります。ですので………………」
騎士と模擬戦をしてベレットが指摘する……何故、直接 戦わないのか? それは、やはりベレットは騎士を辞職してだいぶ経つ事から、どうしても持久力が持たなかったのだ。
結果、暇な騎士を引っ張って来て模擬戦をし、悪かった箇所の指摘と改善、そして新たな技を授かっている。
「……今の動きを「流し」と言います。先ずは攻撃の起点に「流し」を使い、間合いを詰める事に専念してください。短剣は相手の懐に入り込みさえすれば、圧倒的な優位を得る事ができますので」
「分かった」
「ではそこの騎士、木剣でアルド様へ撃ち込みを。アルド様は「流し」を使って斬撃を受け流してください。振り下ろしに薙ぎ払い、振り上げ、それぞれの斬撃に「流し」を合わせられれば、かなり有用な武器になります」
こうして夕方までベレットのしごきは続いたのである。
「ただいま……」
「おかえりなさい。どうでしたか? ベレットさんの修行は」
こう話すのはオリビアだ。ジュニアの世話をジュリとパメラに任せて、厨房で料理を作りながら聞いてきた。
「毎日、絞られてるよ……正直、こんなに何も知らなかったのかって驚いてる」
「そうですか……それで悪夢の方は?」
「ありがたい事に、疲れすぎてあまり夢を見なくて助かってる……ただ、やっぱり夢にアイツが出て来るのは変わらない……」
オリビアはどう声をかけて良いのか迷っている。
「大丈夫。もうアイツはいないんだ……後はオレの中の整理を付けるだけ……」
もう数日すれば、ジョーと約束した1週間になるが、未だに何の答えも出せていない。しかしオレはこれで良いと思っている。
グチグチと考えて思い悩むより、今は少しでも強くなるため体を動かした方が良い。
頭では無く、心がそう語りかけてくるのだ。
「明日はアシェラに模擬戦の相手を頼もうと思うんだ。どこにいる?」
「たぶん自室でシャロンと休んでると思いますが……本当に良いんですか?」
「ハハ……最初から勝てると思って無いよ。それより今のオレで、本気のアシェラの殺気を浴びてみたいんだ。じゃあ、2階に行ってくる」
オリビアの不安そうな目を尻目に、オレはアシェラの下へ向かったのである。
◇◇◇
アシェラに模擬戦をお願いした次の日。
沢山の騎士達が、ブルーリングの英雄同士の模擬戦を一目見ようと集まっていた。
その中心では、オレとアシェラがドラゴンアーマーを着て、木剣を構えて向き合っている。
「アシェラ、準備は良いか?」
そう聞いてもアシェラの顔は優れない。
「どうした?」
一向にやる気にならないアシェラだったが、とうとう言い難そうに口を開いた。
「ボクはアルドに怖がられたく無い……もし嫌いになられたりしたら……」
「大丈夫だよ。オレがアシェラを嫌いになるわけ無いだろ? だから、な? 頼むよ。お前の本気の殺気を浴びて、今の自分がどうなるかを知りたいんだ」
何度も説得をして、最終的にアシェラは折れてくれた。
「シャロンも見てるんだ。パパとママ、どっちが強いか見せてやろう」
「クスッ……分かった。シャロンの前で恰好悪い所は見せられない」
オレ達には、審判も「始め」の掛け声も必要無い。お互いの闘気が漲っていくのを感じていく中、静まり返る演習場にシャロンの声が響いた。
「まま!」
その瞬間、アシェラが消えた……えー、ママを応援するの?(泣) いつかパパって言ってくれるよね?(血涙)
疾い……でもな、オレも遊んでたわけじゃないんだよ!
真っ直ぐに向かって来るアシェラへ短剣を合わせ、一気に振り抜いてやる!
アシェラは直ぐに反応した。左へバーニアを吹かして短剣を躱し、尚も懐へ入ろうとバーニアを再度吹かしてくる。
この距離でバーニアを吹かすかよ! 反応が一瞬 遅れた……この隙を見逃すほどアシェラは甘く無い。
案の定 飛んでくる拳を、左の短剣を使って何とか受け流す。
短剣の腹を拳がギャリギャリと音を立てながら滑っていく……これはベレットに習ったばかりの技、「流し」。
この3日で覚えた技は僅か2つ。「流し」と「騙し」、「流し」は受け流し技で、「騙し」は要はフェイントだ。
ベレットに沢山の技を見せてもらったが、今のオレに必要な物として、この2つを重点的に習っている。
拳を流された事で、アシェラの体がほんの少しブレた。
すかさず右の短剣を振り抜こうとした所で、アシェラはバーニアを使ってオレから距離を取る。
「アルド……凄い。こんな短い時間で、前と剣の質が全然違う……ボクも本気を出す!」
アシェラはオレの様子を見るため、本気では無かったのだろう。
しかし、実際に動きを見て大丈夫と判断したようだ。直ぐに宣言した通り、圧倒的な気を漲らせ始めた。
くっ、この存在感……ヤツ……コボルトの主とアシェラがダブる……怖い……体が自然と震え、先ほどまでは感じなかった「恐れ」が、オレの奥底から沸き出してくる。
パァァァァン!
自分の頬を両手で殴り付け、怖気づく心に渾身の気合を入れた。
模擬戦の最中に自分を殴る? オレの奇行を見て、周りの騎士もベレットも、アシェラさえもが意外な行動に驚いている。
ふぅ……これで震えは収まった。未だに恐怖は感じるが、これなら何とか戦える。
「アシェラ! 何時でも良い! 来い!」
「分かった……行く!」
結局、幾ら気合を入れてもオレの体は恐怖で縮こまり、5回の模擬戦で1勝すら出来なかった。
「アルド……」
アシェラはやり過ぎたと思っているのか、不安そうな顔で近づいてくる。
「大丈夫だよ……それより本気を出してくれてありがとな。嫌な役目を頼んでごめん。でもアシェラが手加減しなかったお陰で、何かが掴めたような気がするんだ」
これは本心だ。アシェラとの模擬戦の中、恐怖で何度か逃げ出しそうになった……しかし、そんな中だからこそ、立ち向かえた1歩が、例えようも無く大きい気がしている。
オレの中で消えそうだった炎が、小さくではあるが確実に大きくなるのを感じていた。
◇◇◇
毎日、午前中はアシェラとの模擬戦に当て、午後からはベレットに修行を付けてもらっている。
そして今日は、ジョーとの約束の日だ。あれから丁度、1週間が経った事になる。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。ジョーをぶっ飛ばしてくる!」「アルド、無理はしないでくださいね」「アルド君……アルド君がいるだけで私には価値がある。絶対に無理をしないで……」
「大丈夫だよ、ライラ。アシェラ、ジョーをぶっ飛ばしてくるからな。楽しみにしててくれ」
「うん!」
三者三葉の反応を見せる嫁達を背に、オレはジョーがいるだろう開拓村へ向かったのだった。
◇◇◇
「よう、早いな」
ジョーの下へ向かうと、コイツは既に鎧を着込み準備万端でオレを待っていやがった。
「鎧まで着て待ってるヤツに言われたくねぇよ。でも何でオレがリベンジするのが分かった?」
「ハッ、お前がやられっぱなしでいる玉かよ。どうせこの1週間、死ぬ気で特訓でもしてきたんだろうが」
くぅ、何故分かる! ジョーにオレの行動を読まれるとは……模擬戦での負けより、この事実の方がムカつくんだが!
「と、特訓なんかしてねぇっつぅの!。この前は少し調子が悪かっただけだ。今日はリベンジさせてもらうからな」
「ぷっ……その構え……短剣を習ってきたのが丸わかりじゃねぇか。まぁ、良い。キッチリ、返り討ちにしてやるよ」
ジョーから木剣を受け取り、広場の中心へと歩いて行く。
「また先手は譲ってやるよ。何時でもかかってきて良いぞ」
こ、この野郎、ここまで舐められたのは初めてかもしれない。しかもその顔! ニヤニヤとバカにした笑みを浮かべて、オレを完全に小馬鹿にしてやがる。
「ジョー、そのヘラヘラした笑い、泣き顔に変えてやるぞ!」
「おー、おー、やってみな。へっへっへー」
コイツは鼻をほじりながら、変顔で更に挑発してきやがった!
オレの怒りが有頂天! ブロントさんも同じ気持ちだったに違い無い。
「舐めるな!」
そう吐き捨てて、怒り心頭のオレはジョーへと突っ込んでいく。
くそっ……やはり身体強化に空間蹴り、バーニアが無ければ、ジョーまでの距離が果てしない物に感じてしまう。
いつもなら瞬き1つの距離なのに……
焦りと怒りで一杯になっていたオレは、ベレットの修行など綺麗サッパリ忘れており、ジョーの横薙ぎのカウンターをまともに食らってしまった。
「うげぇっ!」
「あ……」
まさかこうも簡単に攻撃が入ると思わなかったのだろう。ジョーは脇腹に一撃を受けたオレを驚いた顔で見つめている。
「ゲホッゲホッ……」
「す、スマン……まさか躱しも受けもせず向かってくるとは思わなかった……だ、大丈夫か?」
技も習い万全の状態でリベンジに来たのに……オレの1週間は何だったの……トホホ。




