497.師匠 part1
497.師匠 part1
ジョーとの会話を終え、オレは急ぎ自宅へ戻ってきた。
戦う事への恐怖……ジョーは誰でもかかる麻疹のようなものと言っていたが、本当にそうなのだろうか……分からない。
それに武器の扱いも……実際にBランクのジョーに負け越した以上、今のオレに足りない物なのは間違いない。
「武器を上手く使えるようになれば、この恐怖心から解放されるのか?」
心の中で「そんなわけがない」と分かっていても、他に出来る事も無いわけで……
ジョーは1週間で分からなければ教えてくれるとも言っていた。
であれば、取り敢えず恐怖心の件は置いといて、オレと同じ修羅と呼ばれるエルとアシェラへ武器の扱いについて聞いてみたい。
早速、リビングでシャロンを抱いたアシェラへ、声をかけたのである。
「アシェラ、少し聞きたい事があるんだ。良いか?」
帰ってきていきなりの質問に、アシェラは驚きながらも嬉しそうに頷いてくれた。
「うん。アルドが元気になって嬉しい。ボクで分かる事なら何でも答える!」
「ハハ……そんなにオレは情けない顔をしてたか?」
「朝のアルドは、正直 折れそうに見えた……今はだいぶマシに見える」
「そっか……心配かけてごめんな。実は開拓村でジョーに会ったんだ。そこで………………」
ジョーと話した一連を説明し、アシェラは技と言う物をどう考えているかを聞いてみる。
「技……ボクは不器用だから、アルドやエルファスみたいに沢山の武器は使えない。だからボクの武器はこれだけ。この拳だけを磨き上げてる!」
そこからアシェラに聞いた話では、今でも暇を見て騎士団へ出向いて格闘術を習っているのだとか。
勿論、オレと同じように圧倒的な速さで動く以上、使えない技も多くある。
しかし自分なりに取捨選択して、有用そうな物を選んで格闘術に組み込んでいるらしい。
「スライエイブの主に使った蹴りは、最近 新しく覚えた技。足でも魔法拳が使えるようになったから、これからは蹴り技を磨いていく予定」
あのサマーソルトは、新しく覚えた物だったのか……確かにアシェラがあんな蹴りを使うのは初めて見た。
「そっか……じゃあアシェラは、今でも自分なりに技を磨いてるって事か」
「うん。アルドもそうじゃないの?」
おふ、これは非常に答え難い質問だ。
ここで「基礎しか習ってないし、習うつもりも無かった」なんて言おう物なら、アホの子と思われそうな気がする。
「あー、まぁ、オレは二刀流だからな……覚えた技をそのままって訳にはいかないんだ……ハハハ……」
愛想笑いで誤魔化して、オレは逃げるようにアシェラの下から立ち去ったのである。
◇◇◇
「参った……アシェラがああも真面目に格闘術へ取り組んでいたとは……ま、まぁ、アシェラは学園も行ってなかったし、時間があったんじゃないかな」
まるで自分は時間が無かったかのように言い訳をするのだが、遊ぶ時間は確かにあったわけで……
「自分が惨めになるから止めとこう……技を磨いてこなかったのはオレのミスだ……後はエルがどうかだけど……」
エルは学園に入る際、「騎士剣術をもっと学びたい」と言って騎士学科を選んだのだ。
望みは薄いと思いながらも、エルの下へ向かったのである。
「ふん! ハッ! ふん!」
執務室へ顔を出すとローランドしかいなかったため、エルの居場所を聞いて裏庭にやって来たのだが……これは……
「あ、兄さま、もう大丈夫なんですか?」
エルはオレを見つけると、汗を滴らせながら嬉しそうに声をかけてくる。
「え? ああ、だ、大丈夫だ……」
「良かった……少し落ち込んでいるように見えたので、心配してたんです」
こう話すエルは、動きやすい服装で片手剣と盾を持ち、何やら決まった型に沿って剣を振るっていた。
うーん……これはもう、聞くまでも無いような気がするんですが……
「どうかしましたか?」
「あ、いや……今のって演武か?」
「これは騎士剣術、6の型、「護」です。盾で対象を守りつつ、カウンターを当てる型ですね」
ほ、本格的ですね、エルファスさん……そう言えば、アナタ、騎士学科の首席だってのを忘れてました。
「そ、そうか……因みに、その型って幾つあるんだ?」
「数ですか? 一般的には12ですね。ただ、秘伝と言われる奥義が後3つあると言われています。王国騎士団に入って、認められた者だけに伝えられるとか……僕もいつか覚えられれば良いんですが……」
おふ……エルファスさんは、そんな騎士剣術の深淵を望むレベルなんですか……
何かオレ、恥ずかしくなってきたんだけど……どうしよ。
「兄さまも騎士剣術に興味があるんですか? 基本の型なら僕でも教えられますので、一緒にどうですか?」
「あー、それはまた今度にしておくよ……ちょっと用事を思い出した。またな、エルさん」
思わず「さん」付けで呼んじゃったじゃないか!
エルはキョトンとした顔でオレを見つめていたのであった。
◇◇◇
エルの下を逃げ出して、1人騎士団の演習場にやってきた。
「ハァ……結局、武器の修行をしてなかったのは、オレだけって事か……」
思えばエルもアシェラも、年齢と共に動きのバリエーションが増えていった気がする。
「恥を忍んで、騎士の誰かに魔力無しでの模擬戦でも申し込んでみるかな……」
騎士達が必死に動き回るのを見つめながら、どうしたものかと考えていると、後ろから懐かしい声が響いてくる。
「アルド様、お久しぶりです」
振り返ると、随分前にガルと結婚して騎士を辞職したはずのベレットが、男の子と手を繋いで立っていた。
「ベレットか……久しぶりだ……元気にしてたか?」
「はい。アルド様もお元気そうで」
「今日はどうしたんだ?」
「掃除をしていたら、書類が机の上に置きっぱなしになっていたので持ってきました。今日の会議で使うと言っていましたので……」
「ハハハ……ガルらしい。ベレットも、すっかり中隊長の奥さんだな。短剣の修行を付けてもらってた頃が懐かしいよ」
「そうですね……あれから10年……いえ、12年も経つんですね……私も年を取るはずです」
そう話すベレットは、以前のような鋭さなど綺麗サッパリ無くなっており、母親の顔になっていた。
改めて短剣の修行を……そんな言葉が喉まで出かかったが、今更そんな事を言われても困ってしまうに違いない。
幾らかつての短剣の師匠だとしても、今の彼女には新しい生活があるのだから。
別れの言葉をかけて踵を返そうとした所で、ベレットの後ろに隠れていた男の子が、何かを言いたそうにしているのに気が付いた。
「ん? どうした? オレに何か用か?」
「あ、あの……あ、アルド様ですよね?」
「ああ、そうだぞ。オレがアルド=ブルーリングだ。お前のお母さんから短剣を習った弟子でもある」
オレの言葉を聞き、子供は目を輝かせ興奮しながら口を開く。
「凄ぇ! お母さん、「ブルーリングの英雄」の師匠って本当だったんだ! オレ、明日、絶対ミールたちに自慢する!」
ベレットは眉尻を寄せ、困った顔で子供の頭を小さくはたいた。
「コラッ、アルド様の前で……すみません、アルド様。短剣を教えたと言っても、最初の基礎だけなのに……この子ったら……」
「ハハ……師匠には変わりないよ。それにオレはベレット以外から、短剣を習った事は無いからな。オレの戦闘の根っこはベレットに教えてもらった事がほぼ全てだ」
「え? ちょっと待ってください……アルド様は私以外、誰にも師事してないのですか?」
「大剣はBランクの冒険者に習ったが、後は我流だな……実はその件で、今、少し行き詰ってる……」
オレの様子に違和感を感じたのか、ベレットには珍しく1歩踏み込んで聞いてきた。
「アルド様、何かあったのですね……差し支えなければお聞きしても良いですか?」
そう話すベレットの顔は真剣で、興味や冷やかしで無いのが見て取れる。
まだ8歳かそこらの頃が思い出され、数少ない師へ悩みを話さないなど、今のオレにはできなかった。
「実は………………」
結局、ベレットとその息子を領主館へ招き、コボルトの主との戦いからジョーとの邂逅までを話していった。
自宅では無く領主館へ招いたのは、アシェラ達に聞かれるのを躊躇われたからだ。
だってねぇ……ただでさえコボルトの主で心配をかけてるのに、武器の修行もしてこなかったなど、とてもじゃないが話せない。
そうして全てを話し終わった後、ベレットが難しい顔をしながらゆっくりと口を開いた。
「すみません。お話を伺っておいて申し訳ないのですが、アルド様ほどの方でも勝てなかった主……私如きが何かを言う事など出来ません……」
やっぱりそうか。ベレット……師匠なら何かアドバイスを貰えるかと期待したんだが……肩を落とし席を発とうとした所でベレットが更に口を開く。
「ですが、短剣術だけであれば私にも出来る事があるかもしれません。最も2刀を使うアルド様には意味の無い物かもしれませんが……」
「いや、助かる。魔力武器で武器に変えられるとしても、短剣はオレの攻撃の要だ。教えて貰えるなら、是非 頼みたい」
「分かりました。私でどれだけ役に立つかは分かりませんが、知っている全てをお教えします」
「ありがとう、ベレット。やっぱりお前は頼れる師匠だ」
ベレットは少し困った顔で小さく笑っていたのであった。
◇◇◇
ガルに荷物を持ってきただけで、ベレットは武器の類も鎧さえ着ていない。
準備を含めて、修行は次の日から騎士団の演習場で行う事となった。
「よろしくお願いします、師匠」
「あ、アルド様、師匠は止めてください……騎士達が見ています……」
オレは「ブルーリングの英雄」と呼ばれ、ここブルーリングの街で知らない者など殆どいない。
ベレットはそんな者から「師匠」と呼ばれ、畏まられる事に辺りをキョロキョロと見つめ挙動不審になっている。
何だコレ……面白いかも。
「アル坊、その辺にしとけ。ベレットが困ってる。一応、オレの嫁さんなんだからな。ほどほどにしておけよ」
「ガル、今回はベレットに無理を言った。お前にも迷惑をかけると思う、すまない」
「ハッ、んな事は気にしなくていいんだよ。アイツも、またお前に短剣を教えられるって喜んでるからな」
そう言ってガルは、こちらを振り返らず手を振って去っていく。
「お前等! 何時までボーッと見てやがる! サッサと持ち場に戻れ!」
観客と化していた騎士達に、ガルの激が飛ぶのであった。




