496.トラウマ part2
496.トラウマ part2
ジョーの話を聞き、分かった事は……どうやら今のオレの状態は、特別な事では無く、冒険者であれば誰でもかかる麻疹のような物なのだとか。
「そう深刻に考えるな。「戦う怖さ」なんてモン、誰だって感じてる。普通はガキの頃に身を持って思い知るんだが、お前は強すぎたんだろうな。知らずにここまできちまった」
「これが誰でもかかる麻疹だって言うなら、どうやって克服すれば良いか分かるのか? 頼む、切っ掛けでも良いんだ。何か知らないか?」
「あ? そんなモン簡単じゃねぇか。そりゃ……」
ジョーはそこまで言って、何故か言葉を止め何かを考え始めてしまった。
「おい、勿体ぶらないでくれ。オレは真剣なんだ。頼むよ、ジョー」
「あー、いや、別に勿体ぶってるわけじゃねぇが……うーん……やっぱりそれはお前が自分で見つけるべきだな。教えてやっても良いが、簡単に手に入れた物はその程度の価値しかねぇもんだ。時間はあるんだろ? だったら、たまには自分の心と向き合って、立ち止まってみる事も必要じゃねぇか? 心配するな、お前はもう「それ」を持ってるよ。今はかつてない恐怖を感じて少し忘れてるだけだ」
ジョーの目は優しくオレを見つつも真剣であり、いつものふざけた様子は微塵も無い。
「オレが自分で……簡単に手に入れた物はその程度……」
「ああ。ただまぁ、そうは言ったが、あんまり引っ張り過ぎるの良くは無ぇわな。よし、1週間だ。1週間経っても分からねぇなら、答えを教えてやる。それでどうだ?」
「1週間……」
「でも考え過ぎるなよ。これは頭じゃなく、心の問題だ。難しく考えずに、感じたまま答えを出せば良いんだ」
オレが感じたまま……ジョーの言う事は酷く抽象的であり、具体的な事は一切言っていない。
しかし、何かとても大切な事を言われたような気がする。
「じゃあ、ちょっと付き合え。最近、少し体が鈍ってるからな。何も考えず体を動かすのが、正解な時だってあるだろ?」
そう言ってジョーは近くの物置から木剣の大剣と短剣を2本取り出した。
「ルールは身体強化、魔法、魔力を使う物は全て禁止。勿論、空間蹴りもだ。要は素のチカラと技。それだけでどこまでやれるかだ。ただ大剣と短剣じゃあ、リーチの差があるからな。一応、魔力武器だけは使わせてやるよ、どうだ?」
本当は模擬戦なんてやる気分にはならないのだが……きっとこれもジョーなりの気遣いなのだろう。
確かに何も考えずに剣でも振れば、少しは気が晴れるかもしれない。
「分かったよ……その代わり、負けても泣くなよ?」
「はっ、言ってろ。魔力無しなら、お前はオレに勝てねぇよ。良い機会だ。その辺りも思い知らせてやるぜ」
は? コイツは何を言ってる。オレがジョーに勝てないだと?
オレはSランクのヤルゴでさえ、子供扱いで倒したんだぞ? Bランクのジョーが何を言ってやがる。
「じゃあ、行くぜ。先手は譲ってやる。どこからでもかかってこい!」
ここまで舐められては、流石のオレもイラッときたぞ。
短剣2刀を構え、ジョー目掛けて突っ込んだのであった。
◇◇◇
ジョーと模擬戦を始めて1時間。
オレは地面へ大の字になって寝転がり、ジョーだけが肩で息をしつつも立っている。
行った模擬戦は10戦。その内、オレが勝てたのはたったの3回。
3勝7敗、オレは完膚なきまでにジョーに打ち負かされたのだ。
魔法に身体強化、バーニア、オレが持つ技術の殆どが使えないとは言え、ほぼ一方的にやられるとは……
確かに魔力を使わない条件であれば、身長差でジョーに有利ではある。
しかし、ここまでの差があるとは……悔しさが湧いてくるより先に、驚きでオレの中は一杯だ。
「ふぅ……久しぶりに動いたぜ。オレもだいぶ鈍ってたみてぇだな。アルド、いつまでへばってやがる。サッサと川へ汗を流しに行くぞ」
そう言ってジョーは模擬戦用の木剣を片付けた後、オレの尻を叩き近くの川へ連れて行く。
「くぅ……流石にまだ冷てぇな。ほれ、お前もボーっとしてねぇで、サッサと汗を流せ」
のそのそと動くオレを見て、ジョーは悪い顔で屈辱の言葉を吐いた。
「しっかし、条件付きでも勝ちは勝ちだ。しっかりお前の子孫にも伝えておけよ? ジョー様には手も足も出ませんでしたってな。カッカッカ……」
この野郎! 言わせておけばいい気になりやがって! 魔力さえ使えれば、ギッタンギッタンにしてやるのに!
そんなオレの雰囲気が伝わったのだろう。ジョーは一転、真剣な顔で口を開いた。
「少しは自分ってもんが分かったかよ? お前は確かに強い。人と言う種の中では最強と言っても良い。ただな、それは魔力を使ってこそのチカラだってのを忘れるな。身体強化に魔法、バーニアって歩法、魔力が使えねぇなら、Bランクのオレ程度にすら勝てねぇんだ」
「そうだな……オレはこんなに弱かったんだな……この程度のチカラで世界を救うとか……笑い話にもならない……」
「おい、待て! 変な風に取るなよ? 魔力さえ使えば、お前は世界の誰よりも強いのは確かだ。オレが言いたかったのは、まだまだ出来る事……要は伸びしろがあるだろって事だ」
ジョーの言葉はオレが想像すらしていない物だった。
伸びしろがあるだと? 正直、オレが強くなる方法は、マナスポットを解放してギフトを得るか、地道に魔力操作の修行をするしか無いと思っていたのに……コイツはそれ以外にも強くなれる方法があると言う。
「ジョー、いや、ジョグナさん、オレにまだ伸びしろがあるって言うなら、その方法を教えてもらえませんか? 本当にそんな物があるのなら、今 必要なんです。お願いします!」
「お、おま、バカか。止めろ、何だその敬語は。今まで通りジョーって呼べ。そんな事をしなくても教えてやる。よく聞け………………」
ジョーの話す内容は、酷くありきたりな物だった。
要は技。人の膂力は魔物に遠く及ばない。それを覆すために、人は昔から様々な知恵を凝らしてきた。
その集大成として、今の技があると言う。
「良いか? 先ずお前が短剣を使う理由を考えてみろ」
「オレが短剣を使う理由……」
確か最初にオレが短剣を選んだ理由は、どんな生物でも急所を突けば、針の穴ほどの傷で死ぬからだ。
そこからは魔力武器を開発し、武器の中でも最小の短剣が一番汎用性が高いと判断した。
敵や状況によって得物の長さを変えられるのであれば、エルのように片手剣では更に短い短剣を再現するのは不可能なのだから。
結論としてオレが短剣を使うのは、汎用性が高くどんな状況にも耐えられるようにと最適解を追求した結果である。
「オレが子供の頃、得物に短剣を選んだ理由は………………」
子供の頃から思った事を順番にジョーへ話していくと、ヤツは驚愕した顔で口を開く。
「お前……ガキの頃からそんな事、考えてたのかよ……確かにどんな生物……魔物だとしても、急所を突かれれば死んじまうだろうが……普通は格好いいとかで選ぶだろ……恐ろしいガキだな、お前は……」
確かにジョーが言うように、どうすれば最小の労力で殺せるかなど、子供の考える内容では無い。オレは何も言わず、肩を竦めて返しておいた。
「ま、まぁいい。で、魔力武器を開発して臨機応変に戦えるようになったと。そう言う事だな?」
「ああ、そうだ。それからは最低限の短剣の扱い方を習って、後は実戦の中で鍛えていった。大剣はお前とリーザス師匠から基礎を教わって、後は短剣と同じだ」
「大体分かったぜ。要は最低限の武器の扱いを覚えてからは、実戦……特に魔力を使った戦いのみを磨いたわけだな」
ジョーの言いたい事が何となく分かってきた。コイツはオレが、しっかりと武器ごとに扱い方を学んで無いと言いたいのだろう。
しかし、オレの戦い方は常人のそれとは大きく違う。空を駆け、圧倒的な速さで動く戦い方に、一般的な剣術がどこまで役に立つのか……
ハッキリ言って、魔力さえ使えればジョーなど簡単に圧倒出来る。
オレの目的が主の討伐である以上、ジョーの話す内容は微妙にズレている気がするのだ。
「お前の言いたい事は何となく分かる。でもオレが倒したいのは人じゃない。魔物……主だ。しかも一般的な剣術が、空を駆けて圧倒的な速さで動くオレの戦いに役立つのか?」
ジョーは難しい顔をしつつも、言葉を選びながら話し始めた。
「確かにお前の言う通り、普通の剣術を覚えて劇的に何かが変わるって事はねぇだろうな」
「だったら……」
「だがなぁ、さっきの模擬戦でも、お前は武器の差をリーチの違いとしか使って無かった。本来 大剣は、その重量を使った圧倒的な破壊力が特徴の武器だ。だったら振り下ろしが、大剣にとって一番 理にかなった使い方になる。短剣だって手数と至近距離からの殺傷力じゃあ、他の武器の追随を許さねぇ。どの武器も得手不得手、使い方ってもんがある。そもそも「斬る」って動作1つとっても、使う得物に振るう者の力量で、天と地ほどの違いが出やがる。お前が忙しいのは分かるが、ここらで武器ってもんを真剣に学ぶのも1つの手なんじゃねぇのか?」
ジョーの言う事は尤もだ。思い返せば、コボルトの主との戦いでも、ヤツの懐に入った際、大剣を逆袈裟斬りに振るったのを思い出す。
ジョーの言う通り大剣を選ぶのであれば、バーニアの勢いのまま、振り下ろしを使うべきだった。
懐に入るなら、もう1歩踏み込んでの片手剣か、2歩踏み込んで短剣が最適解だったのだろう。
武器の熟練度か……
確かに日本で見た居合でも、熟練者の抜刀術は肉眼で視認できなかった。
更に切れ味など、使う者の技量で圧倒的な違いが出る。
「言われてみれば、お前の言う事は尤もかもな……確かにオレは魔力を扱う修行をばかりしてきた。切れ味を増す方法だって、魔力武器の精度を上げるだけで、腕前を上げようなんて考えた事も無い……」
「勘違いするなよ? 現にそこまでの強さを得てるんだ。お前の選択は間違っちゃいない。ただな、ここらで足元を見つめ直せば出来る事は沢山あるんじゃねぇかってこった。武器の扱い方然り、心の持ち方然りってな」
足元を見つめ直す……酷くありきたりな言葉だったが、迷いの中にあるオレの心には、素直に沁み込んでいく気がしたのであった。




