495.トラウマ part1
495.トラウマ part1
アオから話を聞いた後の事。
結局、死ぬまでマナスポットを解放する必要があるのは変わらないとしても、最低限の使命は果たしつつあるのか……この件は絶対に秘密にしないと。
独立する際、「使徒を害して世界を滅ぼすつもりか」と人族に圧力をかけるつもりである以上、この件が知られた瞬間、効果が無くなってしまう。
相手は人族と言う、種全体。総力でこちらが圧倒的に不利なのは変わらないのだ。
であれば、手持ちのカードは多いほど良い。
「しかし、気持ちはだいぶ楽になったな……後1~2個のマナスポットを解放すれば、世界は続いていくのか……」
オレの独り言に反応したのはアシェラである。
「でも未来の子供達のために、全部のマナスポットを解放する!」
おーい、アシェラさん? アオの話を聞いてましたか? 1割は放棄されたトレース大陸、もう1割は海の中にあるんですよ?
しかしアシェラは気にした様子も無く、両拳をぶつけて荒い鼻息を吐いている……あー、シャロンが真似してるじゃないか……もしかしてシャロンも、のうき……げほんげほん。
アオの話を聞いて、取り敢えず心の整理もついた。改めてアシェラ達へ向き直った所で、オリビアが抱く赤ちゃんが目に入って来る。
「ありがとう。アオの話を聞けて、だいぶ落ち着いたよ……待たせてごめん、オリビア。一緒にこの子の名前を考えよう」
「はい、ありがとうございます、アルド」
実はだいぶ前にアオから、オリビアの子供が男の子と聞いており、候補の名前を幾つか考えてあるのだ。
「実は幾つか候補は考えてあるんだ。自由に生きて欲しいって願いを込めた「ノア」。勇敢な戦士って意味の「レオン」。光り輝く者として「ルーク」。この3つなんだけど、どうかな?」
オリビアは目を細め、嬉しそうに名前を復唱している。
「ノア……レオン……ルーク……どれも素敵な名前です。ありがとう、アルド」
「え、いや……オレが良いと思って考えただけだから……オリビアも何か考えていたんじゃないのか?」
「フフ……子供の名前は家長が決める物です。アルドが心を込めて贈る名であれば、私が何かを言う事はありません」
むむむ……もしかして、この世界では父親が名付けをする文化なのか? そう言えばシャロンの時も、アシェラだけで無く、母さんでさえ何も言わなかった。
「そうなのか……オレ、全然 知らなかった。ごめん、オリビア」
「謝らないでください。アルドはこうして、ジュニアの名前を真剣に考えてくれていたではありませんか。でもノアにレオンにルーク……どれも素敵すぎて1つに決められませんね……アシェラ、ライラ、2人はどれが良いと思いますか?」
「ボクはレオン! 勇敢な戦士、凄く良い」
「私はルーク。アルド君の光を受け継いだ、とても良い名前……」
うーん、2人の基準は色々と偏っていると言うか……特にライラ、オレの光って何だよ。
「アシェラはレオン…ライラはルークですか……」
オリビアにしては珍しく、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
「もう国外追放は終わったんだ。急ぐ必要は無いよ。ゆっくり決めよう」
「はい」
オリビアの嬉しそうな笑顔を見て、少しだけ心が軽くなった気がしたのだった。
◇◇◇
自宅に帰ってきて2日が過ぎた。
この間は、努めてシャロンやジュニアと楽しく過ごしたのだが……特大の問題が発生した。どうやらオレは、自分で思っていた以上に心の傷を負っていたらしい。
普段の生活では思い出す事さえ無いのだが、夜 寝ていると夢に必ずアイツ……コボルトの主が出てきやがる。
ある時は首だけの姿で現れオレを恨めしそうに睨み、ある時はチビさんが現れずそのまま殺されてしまう……
この2日間は夜中に何度も飛び起き、アシェラ達も汗びっしょりになったオレを見て、事の深刻さに難しい顔で頭を悩ませている。
「アルド……ここは安全。何が来てもボクがアルドに指一本触れさせない!」
「ハァハァ……だ、大丈夫……大丈夫だ……」
今もアイツにジワジワと嬲り殺される夢で飛び起きた所だ。
一昨日の晩のライラも昨夜のオリビアでも同じだった……オレより強いアシェラと一緒だったら……一縷の望みを賭けて眠ったのだが、結果はこのざまである。
「ごめん……朝まではまだだいぶあるから、アシェラは眠っててくれ」
「アルドはどうするの?」
「オレはちょっと目が覚めたから……少し夜風に当たって来るよ……」
「……分かった」
アシェラにはこう言ったが、真っ赤な嘘だ。一昨日も昨日もしっかり眠っていない事から、眠くてしょうがない……
しかし、どうしてもベッドに横になる気がしない……いや、なりたくないのだ。
正直に言おう……怖い。夢の中とは言え、またアイツに会うなど……先ほど夢の中で感じた恐怖が蘇ってくる。
「くそっ……今までもギリギリの戦いなんて幾らでもあっただろうが! 何で今回だけ……」
思えば過去の戦いでは、どんなに窮地に陥っても、最後には自分たちのチカラで乗り越えてきた。
しかし今回は違う……チビさんが来てくれなければ、オレは確実に死んでいたのだ。
「せめてアイツに、自分でトドメを刺しておけば違ったかもな……」
怖気づいてエルに代わってもらった癖に……今更、詮無い事を考える自分がどうしようもなく情けない。
結局、「眠る」勇気を持てなかったオレは、朝までぼんやりと空を眺めていたのだった。
◇◇◇
朝食を摂った後、逃げるように自宅を後にした。
アシェラ達はオレを気遣い、努めて明るく接してきたが、今はその優しさが胸を抉る……心配そうな顔をする3人へ、精一杯の強がりを言い自宅から逃げ出してきたのだ。
「かと言って行く当ても無いんだよな……」
正直、やらないといけない事は山のようにある。国外追放が終わったのだから、王子の下へ顔を出しに行かないと……チビさんへのお礼もそのままだ……もっと言えば、オレはドラゴンアーマーを修理にすら出していない。
「ハハ……こんな状態で鎧だけあっても意味無いけどな……クソッ」
ローザの下で魔道具開発でもと思ったが、こんな状態で集中なんて出来るはずも無い。
結果、当ても無く彷徨って、気が付けば開拓村にある仮の自宅の前に立っていた。
「……現実のアシェラ達からも逃げて、最後は楽しかった思い出に縋りつくのか、オレは……ククク……終わってる、お前は終わってるよ、アルド=ブルーリング……」
近くの石に腰かけ、自分のあまりの情けなさに笑いが込み上げてくる。
たった3日 悪夢を見ただけ、少し休めば直ぐに忘れる……きっとオレを知る者はそう言うだろう。
でもオレは知っている……誰が何を言おうとオレだけは知っているのだ。あの瞬間、オレは完全に負けを認め、無様に命乞いをした事を。
せめて潔く散る覚悟があったなら、自分の中で納得できる物もあっただろうが……
俯いて、同じ事をグルグルと考えている中、ふと声をかけられた。
「おぅ、アルドじゃねぇか。どうしたよ?」
弾けたように顔を上げ、振り向いた先にいたのは……
「ジョーか……」
ジョーは顔を上げたオレを少しだけ驚いた顔で見て、直ぐに小さく笑みを浮かべながら隣に座った。
「ふぅ……そろそろ暖かくなってきやがったな。知ってるか? お前。この辺りには美味い山菜が取れるんだぜ。ノエルがガキ共と摘みに行くって言ったからな。お前も食ってけ、なぁ」
そう言ってジョーは、オレの背中を強めに叩く。
「ありがたいが、今はそんな気分じゃないんだ……また今度、寄らせてもらうよ」
正直、今は誰とも話したくない。ハッキリ言えば、この情けない姿を見られたくないのだ……特に以前のオレを知ってる人には……
席を発とうとした所で、ジョーは慌てたように口を開く。
「まぁ、待てって。そこに座れ。オレは気の利いた事なんて言えねぇからな。単刀直入に聞くぞ。何があった? 嬢ちゃん達と喧嘩でもしたのか?」
「いいや、アシェラ達とは上手くやってるよ。2人目の子供も産まれて順風満帆だ」
「だったら何でそんな顔をしてやがる。順風満帆な男が、この世の終わりみてぇな顔してるわけねぇだろうが」
久しぶりに会うジョーにまで一目で分かるのか……きっとオレは、ジョーの言うように最低の顔をしているのだろう。
「オレで良ければ話を聞くぜ。勿論、秘密は守る。お前がそんな顔をしてたんじゃ、世界が終わるのかもって安心してられねぇからな」
ジョーに話す? 確かにジョーは使徒の件を知っている数少ない知り合いだ。しかも、程よくオレと距離もある。アシェラ達には話せない弱音でもジョーになら……
そう思った時には、オレの口から今回の一連が堰を切ったように溢れ出していたのだった。
「………………って事だ。オレはあの時、確かに負けたんだ……怖くて……毎日、夢にも出て……こんなんじゃダメなのに……オレ、どうしたら……」
ジョーは何も言わず、最後までオレの話を黙って聞いている。
そうして少しの沈黙の後、困ったような顔でゆっくりと話し始めた。
「あー、アルド。お前、自分が特別だと思ってるだろ? いや、返事はしなくて良い。お前のそれな? 新人冒険者が1度はかかる麻疹みたいなもんだ」
「は? 麻疹って……皆がかかるって……」
「ああ。お前はどうだったか知らねぇが、普通のヤツは初めての戦闘でゴブリン1匹、ウィンドウルフ1匹に、死にそうになりながら必死に勝ちを拾うんだ。そんで、その場は良い、勝ちを拾ったんだからな。喜び勇んで報酬をもらい、初めての冒険者の稼ぎで飯を食う。だがな、夜になると、忘れてた恐怖が蘇ってきやがる。「あの時、少しでも前に出てたら……」、「もう少し敵が速かったら……」そう考えたら、もうダメだ。怖くてとてもじゃねぇが、魔物と戦うなんてできやしねぇ」
「じょ、ジョーも?」
「まぁな。言って無かったが、オレはフォート領の騎士爵家の3男だ。親父や兄貴と折り合いが悪くてなぁ。15歳になると同時に、家の金をくすねて王都へやってきた。まぁ、お上りさんってヤツだ」
「フォート子爵領……騎士爵……お前、貴族だったのか?」
「あ? 貴族って言っても田舎の騎士爵家だ。お前等、領地持ちのブルーリングと一緒にするなよ。ガキの頃は近所のヤツ等と一緒に走り回ってた。話を戻すぞ。そんで王都にやって来て、直ぐに冒険者になったは良いが、仲間なんていやしねぇ。でも手持ちの金も心許なかったからな。ソロで薬草採取を受けたんだ」
ジョーの話す内容は、オレの力量から見れば、酷くレベルの低い話だったのは間違いない。
しかし、今のオレの状況と怖いほど似ており、引き込まれていったのであった。




