493.安堵
493.安堵
主の首をエルが落とし、直ぐにマナスポットを解放した。アオがいつものように30分ほどで調整を終えた後の事。
「チビさん、本当にありがとうございました。アナタが来てくれなければ、間違い無く僕は死んでいました……本当に感謝してもし足りないです」
『これも縁あっての事だ。気にせずと良い。それに過去には兄ちゃんでも倒せなかった主もいたのだ。あの程度の主で、恩に感じる必要など無い』
あの程度……アイツがあの程度だと言うのか……ではフェンリルでも倒せなかった主と言うのは、一体どんな強さを持っていたんだ。
チビは気負った様子も無い事から、本当に昔話として語っただけなのだろう。
しかし、それを聞いてしまった身としては、絶望にも似た感覚がオレを支配していく。
チビはこのままマナスポットを使って、地竜の巣へ帰ると言う。内面の動揺を隠したまま、後日 土産の酒を持って伺う事を告げ、丁重に見送ったのである。
「エル、カズイさん、ネロ、ルイス、今回は本当に助かった。ありがとう」
「いえ……そんな事より兄さま、本当に大丈夫なんですか?」
オレの様子がおかしい事を察して、全員がエルの言葉に耳を傾けている。
そんなに心配されるほど、オレは頼りないのだろうか……そう見えるんだろうな。事実、既にオレの心は折れかけているのだから。
しかし、そんな弱音を吐く姿を見せるつもりも無いわけで……オレは精一杯 平静を装い、口を開いたのである。
「ハハ……大丈夫だよ。少し主の強さに驚いただけだ。それよりブルーリングへ帰ろう。産まれた子に早く会いたいんだ」
「……分かりました」
エルだけでなく、全員がオレを不安そうに見つめている。
そんな何処か居心地の悪い空気を感じながらも、何ヶ月ぶりかのブルーリングへ飛んだのであった。
◇◇◇
久しぶりに、1秒だか1時間だか分からない感覚に包まれた後、目の前には青い指輪が浮いている。
帰って来た……帰ってこれたんだ。
思わず鼻の奥がツーンとするも、この場で泣き出そうものなら、更に心配させるのは確実である。
オレは至って冷静なフリをして、全員に声をかけた。
「改めて今回はありがとう。オレの国外追放は終わったはずだから、落ちついたら酒でも飲みに行こう」
「はい。この1年、あまり休めませんでしたから……今回は少し長めに休息を取りましょう」
「そうだね。1年と少し……ちょっと長かったね」
「エルファスとカズイさんの言う通りだ。お前はもう少し自分を労ってやれ。じゃないと、いつか潰れちまうぞ」
3人からの言葉を受け、少し雰囲気が柔らかくなった所に、ネロが空気を読まず快進の一言を口にした。
「休んだら、お礼にチビへ酒を持って行くんだぞ。昔の主の事を教えてもらえば、きっとアルドも安心出来るんだぞ」
エル、カズイ、ルイスは眉尻を下げ、小さく溜息を吐いている。
「ネロ、お前なぁ……悪気は無いんだろうが……ハァ……まぁ、確かにお前の言う事は尤もだ。敵を良く知る者から話を聞ければ、こんなに助かる事はねぇからな。って事でアルド、チビさんの所へ飛ぶ時には、オレも誘ってくれ」
「オレも一緒に行くんだぞ」
2人は正反対の態度だが、根っこは同じ……オレの事を心配してくれているのだろう。
「分かったよ。ただ数日はゆっくりするつもりだからな。向かう際には声をかけさせてもらう。それで良いか?」
「ああ」「分かったんだぞ」
心の中で親友2人へ頭を上げ、オレは自宅への帰路についたのであった。
◇◇◇
「ただいま!」
玄関を開け大きな声で声をかけると、バタバタと幾つもの足音が聞こえてくる。
数秒も待つと、一番最初にライラがオレへ抱き着いて、次にシャロンを抱いたアシェラがやってきた。
「ただいま……やっと帰ってこられた……オレ、ずっと会いたかったんだ……」
ライラとシャロンを抱いたアシェラを一緒に抱き締めると、少し遅れてもう1つ足音が聞こえてくる。
「おかえりなさい、アルド。無事で何よりです……見てください、元気な男の子ですよ」
オリビアは生れて数か月の赤ちゃんを抱き、嬉しそうに子供の顔を見せてくれた。
「子供……シャロンの弟……オレとオリビアの子……」
引き寄せられるようにオリビアの前まで歩いて行くと、大切な宝物を扱うようにオリビアは赤ちゃんを差し出してくる。
「お、オレは鎧を着てるし……汚れてるから……」
「そんな事は大した問題ではありません。それより、この子に父親の愛情を注いであげてください」
「父親の愛情……」
せめて鎧だけでも脱いだ方が……戸惑いながらもオリビアから我が子を優しく受け取った。
軽い……シャロンの時も思ったが、何て小さくて儚いんだ……
ずっと……ずっと抱き締めてやりたかった……オレ、本当に帰ってこれたんだ……
気付けばオレの目からは、とめどなく涙が溢れている。
その様子にアシェラ達は驚き、シャロンはキョトンとした顔で首を傾げていた。
「オレ……オレ……怖かったんだ……本当に死ぬかと思って……でもシャロンに この子、絶対に死ねなくて……でも、でも……」
オレの独白は、最後には嗚咽になって まともな言葉では無かっただろう。
それでも3人は、最後まで何も言わずジッと耳を傾けてくれていた。
少しの時間が過ぎ、オレが落ち着きを取り戻した所でオリビアが口を開く。
「アルド、先ずはゆっくり休んでください。アナタは少し疲れているのです。諸々はその後で……ただ忘れないでください。アナタには沢山の仲間と私達がいるのですから、落ち着いたら一緒に考えましょう」
オリビアの言葉は酷く抽象的であったが、突き放したりせず寄り添ってくれているのが痛いほどよく分かった。
「ごめん……本当にごめん……オレ、オレ……」
「アルド、大丈夫! シャロンも大きくなった。アルドの敵はボクがぶっ飛ばす!」
アシェラは鼻息荒く、両拳をぶつけて覇気を漲らせている。
それを見たシャロンも、ヨチヨチと歩きつつアシェラの真似をして、自分の両拳を合わせて笑っていた。
「ハハ……アシェラ、お前とシャロンは世界で一番頼りになる母娘だよ。本当にありがとな……」
「うん! ボクに任せて!」
「まかしぇ!」
シャロンは意味も分からず、アシェラの真似をしただけなのだろう……しかし、その姿を見て、鼻の奥がツーンとしてくる。
「もう話せるようになったんだな……こんなに歩けるようにも……オレ、父親なのに何もしてなくて……アルドジュニアにも、まだ名前すら付けてあげられてない……本当にダメな父親だ……ごめん、ごめんな」
「アルド君は頑張ってる……私だけじゃない、皆 知ってる」
「ライラの言う通りですよ。お風呂を直ぐに沸かしますから。先ずは旅の垢を落としてから、何があったかを教えてください」
「分かったよ……ありがとう、皆。オレは幸せ者だ」
そうして4ヶ月ぶりの風呂を堪能した後、コボルトの巣で何があったのかを全員に話したのである。
「………………そこへチビさんのブレスが飛んで来て、オレの命は首の皮一枚で繋がったんだ。そこからはチビさんが全ての上位種と主を倒してくれた。オレは何も出来ずに見てただけ……後はエルが動けなくなった主にソナーを打った後、主の首を刎ねてコボルトの巣討伐は終わったんだ……」
細かな内容までは話せず、かなり端折ったのだが、大筋の流れは理解してくれたと思う。
詳細が知りたければ、後で説明するとして……本題はオレが後一歩で死にかけた件。
オレは使徒でありながら恥ずかし気も無く、マナスポットを見逃す提案までして主へ命乞いをしたのだ。本来なら許される行為では無い。アオが知ったなら、流石に烈火のごとく怒るだろう。
しかし、あの瞬間、オレは間違い無く本気だった……心の底から使徒の使命などより、自分の命が大切だったのだ。
「前にお義母様が言ってた言葉が全てだと思う……マナスポット1つと、使徒であるアルド君の命。どちらが重いかなんて、考えるまでも無い」
「私もライラの言う通りだと思います。そもそも以前から思っていたのですが、どれだけのマナスポットを解放する必要があるのですか? 人の寿命に限りがある以上、全てを解放するなど不可能なのでは無いですか?」
オリビアの言う事は尤もだ。以前アオは、世界の半分のマナスポットが汚染されると、使徒が生まれると言っていた。
オレが生まれて20年と少し……今現在、どれだけのマナスポットが汚染され、幾つ解放する必要があるのか……
これはアオに聞いてみる必要がある。
「そうだな……オレが死ぬまでに、どれだけのマナスポットを解放する必要があるのか……そんな事も知らなかったんだな、オレは……」
アオは以前、海の中にもマナスポットはあると言っていた。であれば、全てのマナスポットを解放するなど出来るはずも無い。
勢いだけで、ここまで来てしまった事に呆れつつ、指輪に魔力を注いでアオを呼び出した。
「アオ、少し教えてほしい事があるんだ」
「ん? 教えてほしい事? アルドはいつも無茶ばかり言うからね。ちゃんと僕に答えられる事なら教えてあげるよ」
そこからは、オレが死ぬまでの間に、一体どれだけのマナスポットを解放する必要があるかを聞いてみた。
「正直、オレが使徒になったのが13歳だ。そして今が20歳……死ぬまでに後幾つのマナスポットを解放すれば良いんだ……オレはいつ解放される?」
オレの質問に、アオは口を閉じ何も答えようとはしない。
「アオ? どうした? 何で何も答えない」
更に問いかけてもアオは難しい顔をするだけで、決して口を開こうとはしなかった。
「お前……まさか……オレとエルが死ぬまでマナスポットを解放し続けろ、って言うつもりじゃないよな? どうなんだ?」
アオは露骨にオレから顔を逸らしてしまう。
「ふざけるなよ! お前……オレ達がどんな思いでマナスポットを解放してると思ってるんだ! 子供や子孫のためだって……今 頑張れば、いつか役目も終わるって……それを死ぬまでだと……お前はオレ達を何だと思ってるんだ……オレ達は生きた人間だぞ! スイッチを入れれば動き続ける、ロボットじゃないんだ!」
オレが本気で怒っているのが分かったのか、アオはバツが悪そうにしながらも口を開いた。
「隠してたわけじゃないんだ。アルドの言うロボットって言うのが何か分からないけど、使い潰すつもりなんて無いよ……」
「嘘付け! 事実、お前はこの件に関して何も言わなかっただろ! このままオレが聞かなかったら、そのまま使い潰そうとしてたんだろうが!」
「そんな事は無い! 後少し……この世界のマナスポットが、半分以上 解放されたら言うつもりだったんだ……」
「半分? 半分だと? マナスポットが半分以上解放されれば、世界は滅びないのか?」
「ああ、そうだよ。でもね、魔物に奪われたマナスポットを解放できるのは使徒だけだ。本当に半分しか解放しなかった場合、また直ぐに世界の危機はやってくるんだよ……」
コイツの言いたい事が分かってしまった……魔物の主から動物がマナスポットを奪うなんて不可能だ。であれば使徒がいなくなった瞬間、真綿で首を絞めるよう徐々に世界の汚染は進んで行く……
ちょっと待て……って事は、少しでも世界の危機が遅くなるよう、オレとエルは死ぬまでマナスポットを解放しないといけないって事じゃねぇか……
オレだけじゃない。アシェラ達もその事実に思い至ったようで、難しい顔で黙り込んでいる。
「アルドとエルファスが生きてる間に、出来るだけマナスポットを解放して欲しいとは思ってたのは事実だよ……だって使徒以外にマナスポットを解放出来る者はいないんだから……でも、騙してたわけじゃない。言おうとは思ってたんだよ……そもそも僕が戦えれば、アルド達の負担ももっと軽かったはずなのに……」
そう言ってアオは俯いて黙り込んでしまう。
「ハァ……分かったよ。お前の言葉を信じる。世界中のマナスポットを半分解放したら教えてくれるつもりだったんだよな?」
「ああ! その通りだ。そこからの解放は強制じゃないけど、後の世界のためにチカラを貸して欲しいって頼むつもりだった」
「お前との付き合いも長くなったしな……信じるよ。それを踏まえて教えてくれ。後、幾つのマナスポットを解放すれば良いのか。それと世界にはどれだけのマナスポットがあるのかを」
「分かったよ。僕の知ってる事を話す。少し長くなるけど良く聞いてほしい」
こうしてアオは、これからの指針となる重大な話を始めたのであった。




