490.コボルト part4
490.コボルト part4
コンデンスレイを撃ってから、既に10分が経とうとしている。
想定した通り、未だにコボルトの巣は炎に包まれたままで、人が立ち入れば無事でいられるとは思えない。
しかし、オレ達には時間が無い……魔瘴石の寿命は残り50分。撤退するなら、逃げる時間も考えて40分以内に判断する必要がある。
本当なら火が収まってから攻めたいが……幾つもの考えが頭を駆け巡るも、やはり最初に決めた以上の作戦は思いつかなかった。
「エル、行くぞ。守りの壁は絶対に切らすなよ。最悪はその瞬間、焼け死ぬからな」
「はい、大丈夫です。兄さまこそ、危なくなったら僕の後ろに下がってください。防御には少しだけ自信がありますから」
そう溢すエルの顔には確かな自信がある。
左腕を改造してから、エルの防御力はオレを軽く凌駕している事からの言葉だ。
「ああ、分かったよ。頼りにしてる、エル。じゃあ、行くぞ!」
「はい!」
こうして、まだ燃え盛る炎に包まれたコボルトの巣へ、オレとエルは突っ込んだのであった。
◇◇◇
巣の中は、守りの壁を張っていても、頬がチリチリと炎の熱を伝えてくる。
もしも、ここで守りの壁を切ったりしたら……ブルリ。背中に冷たい物が走り抜けていく。
隣のエルを見ても、同じように頬を引きつらせている。
エル、お前の気持ちは痛いほど分かるぞ。ぶっちゃけ、怖くて仕方が無いよな? だってオレもすっげー怖いもん!
こうなると、サッサと主を倒して直ぐにでも逃げ出したい。
「エル、主を倒してとっとと逃げ出すぞ。証さえあれば、マナスポットを解放するのなんて後でも良いんだからな」
「はい、分かりました」
既にマナスポットは目と鼻の先、主は隣の建物にいるはずだ。
エルとアイコンタクトを交わし頷き合った後、オレは両腕に魔力盾を発動し、リアクティブアーマーを起動した。
オレの魔力盾2枚とエルの盾1枚。計3つのリアクティブアーマーを炸裂させながら、奇襲の狼煙を上げたのである。
粗末な建物は、3発のリアクティブアーマーで既に僅かに壁を残すのみとなっており、主と上位種の姿が露になった。
上位種の数は5。何度も範囲ソナーで調べて分かったのは、恐らくこの5匹は主の側近だと言う事だ。
極稀に主が建物を出た際にも、必ずこの5匹は付いていく。
上位種の中でも最も大きい魔力を持つ事から、5匹全てがキング……コボルトキングだと思われる。
コボルトキング……ゴブリンキングと同じくらいの強さであれば、5匹程度オレとエルにとって脅威には成り得ない。
しかし、感じられる圧は、ゴブリンキングを大きく凌駕している。
クソッ……雑魚のコボルトはゴブリンに嗅覚を発達させた程度なのに……もしかしてコボルトって種は、上位種になると大きく強化されるのか?
そんなキング5匹が主を守るように立ち、オレ達の前で様々な武器を構え、威嚇の唸り声を上げている。
今は上位種はどうでもいい……それより主は……
ゆっくりと立ち位置を変え、上位種の影に隠れている主の姿を覗き見た……コイツは……
感じる圧は、かつてのゴブリンエンペラーより圧倒的。もしかして圧だけなら、チビさんに匹敵するんじゃ?
そんな感想を抱くも、それほどのチカラを持つ当の主は、腰を抜かして座り込み恐怖で震えていたのである。
「エル! 主へソナーを打って証を奪う事が最優先だ! 上位種は無視して主を狙うぞ!」
「はい!」
エルと2人、上位種を無視して主へ向かおうとするも、そうは問屋が卸さなかった。
上位種が素早く主の前へ立ち塞がり、オレとエルが主に近づくのを許してはくれる様子はない。
更に悪い事に、上位種の1匹が遠吠えを上げやがった。
辺りが俄かに騒がしくなってくる……次の瞬間には、生き残った上位種が大挙してやってくるのが見えた。
クソっ……時間が無いのに……どうする……
「兄さま! 上位種は僕が抑えます! 兄さまは主へソナーを!」
思いもしなかったエルの提案だが、今はそれ以上の妙案があるはずも無く。
「すまない、エル。頼む」
それだけ告げて、オレは主へと真っ直ぐに吶喊したのであった。
◇◇◇
主へ突っ込んだオレの前には、5匹の側近が待ち構えていた。しかし、エルから飛んで来た無数のウィンドバレットが、側近達の行動を阻んでいる。
今だ! バーニアを吹かせ、上位種の間をヌルリと擦り抜け主の腕へソナーを1つ打つ……1回では分からないか……
更にもう1度ソナーを打とうとした所で、恐怖に顔を引きつらせていた主は、なんと半狂乱になって敵味方関係なく暴れ始めやがった。
その姿は駄々っ子のそれだ。自分を守っている上位種すら無視して、辺り構わず手当たり次第 目に付いた物を破壊している。
やっぱり、チカラだけは最強クラスの主か……膂力だけで無く、本気で暴れまわる主の速さはオレを圧倒していた。
何とか隙を見て近づかないと……
そうは思っても、闇雲に暴れまわる主は、どう動くか見当もつかない。
結果、主の拳と上位種の攻撃を躱すだけで精一杯。ソナーを打ち込む余裕など見出せそうに無い状況に陥っている。
更に悪い事に、雑魚が続々と集まっており、流石のエルも持て余しつつあった。
どうする……どうする……焦れる心を押さえつけ、必死に冷静になるよう心を殴りつける。
しょうがない……事ここに至っては、先ず5匹の側近が先だ……コボルトキングを殲滅しない事には、主どころか数に飲み込まれ兼ねない。
決めたのなら、最速で行動を!
オレは両手の短剣を魔力で覆い魔力武器(短剣)を発動し、単一分子の刃をイメージする。
コボルトキングは俊敏だ……であれば取り回しの良い、短剣で相手をするのが最適だろう。
魔力武器(短剣)は単純に攻撃力を上げるために発動した。
どうせ短期決戦なんだ。魔力の消費は考えから捨てる事にする。最悪は領域で回復も出来るしな!
「行く!」
自分に言い聞かせるように言葉を吐き、バーニアを最大で吹かして一番近い側近へと吶喊した。
一閃
短剣と言っても刃渡りは20センド弱はある。側近の首は皮一枚残すだけで、90度に傾き血を噴き出しながら崩れ落ちた。
これでオレが狙いを主から側近へ変えたの分かったのだろう。
残りの4匹はオレから飛び退き、距離を取って武器を構えている。
一瞬の静寂……オレはどいつから首を刎ねるかを思案し、当の側近達はオレのチカラに戦慄している事から、この場は奇妙な静寂に包まれた。
ガァァァァァァァァァ!!!!
そんな膠着を破ったのは……主だった。つい先ほどまで形振り構わず暴れ回っていたのに、今は首の無い側近の躯を抱き、大声で咆哮を上げている。
その姿は、親を無くした子供のようにさえ見えた。
そんな一種 不思議な光景も、主が纏う空気が代わると共に終わりを告げる。
側近の躯を壊れ物のように優しく地面に置き、振り向いた姿は先ほどとは明らかに違う。
その目に浮かぶのは……憎しみ? 怒り? それとも悲しみ?
恐らく主にとって側近は、親か兄弟……コボルトの性別など見て分からない事から、もしかして妻だったのかもしれない。
兎に角、主はオレを大切な者の仇として、殺意の籠った目で睨みつけている。
マズイな……主がまともな戦力にはならないと踏んでいたのに……たださっきの動きから見て、お前、まともに戦った事、無いだろ?
潜在能力は認めるが、どこまで戦えるのか……見極めさせてもらう!
オレは主の背後を取るべく、最大のバーニアを吹かした。
案の定、側近達はオレの速さに反応出来ていない……このまま主の背中から特大の一撃を決める!
先ずは足。コボルトと言えど、人型である以上アキレス腱を切られてはまともに動けるはずは無い!
そうすれば動きを封じ込めてソナーを打ち込む隙も、出来るはずだ。
音すらも置き去りにしそうな加速の中、主の隣をすり抜ける際、それは起こった。
先ほどまでは駄々っ子のように振り回すだけだった拳を、真っ直ぐオレに向けて振り抜いたのだ。
ちょっ、おま、この速度に反応出来たのかよ!
驚きと共に、瞬時に右へバーニアを吹かすも、拳はそれよりも速かった。
擦っただけではあるが、守りの壁を容易く抜き、衝撃がオレを襲う。
この威力……まともに当たれば間違い無く致命傷になる。
主の急な変化に、側近達ですら驚きの様子を見せ、呆然と立ち尽くしていた。
エルを見れば、数え切れない上位種を蹂躙しているものの、このままでは時期に飲み込まれるだろう。
撤退……その2文字が頭に浮かぶが、この状況で素直に逃げさせてくれるはずも無い。
バーニアを最大で吹かせば速度は拮抗してるんだ……必殺の一撃さえ叩き込めれば……ここが分水嶺だ。気合を入れろ、オレ!
心の中で自分の尻を蹴り上げ、右手に魔力武器(大剣)を出し、超振動をかけていく。
辺りには、ヒィィィィィィンと蚊の鳴くような音が響き渡る。
「行く!」
バーニアの速さに、側近共は反応出来ない。オレは守りの壁だけで無く、魔力盾を自分を覆うように発動しながら、主を目掛け吶喊した。
これだけの主だ。足を狙うとか甘かった……先ずは渾身の一撃が欲しい……腕の1本でも奪えれば儲けものだ。
そんな気持ちを胸に秘め、腰だめに魔力武器(大剣:超振動)を構えつつ、主の懐へ沈み込むような姿勢で入り込んだ。
まさか真正面から向かってくるとは思わなかったのだろう。
主は驚いた顔を晒すだけで、オレの動きに全く反応出来ていない。
こちとら10年以上、剣を振るってきたんだ。お前が何年 生きたかは知らないが、技で負けるつもりは無いんだよ!
更に半歩踏み込み、居合い切りの要領で腰だめの一振りをお見舞いしようとした所で、何かがオレと主の間に飛び込んでくる。
一閃
綺麗に逆袈裟斬りを振り抜いた後、胸からバーニアを吹かせて、瞬時にその場から立ち退いた。
主の体には、右の脇腹から左の肩までハッキリと、斬撃の痕が見て取れる。
しかし、それだけだ。あれでは薄皮1枚……致命傷にはほど遠い。
何故? 懐に入り込むタイミングは完璧に近かった。しかも超振動であれば、主の傷跡を見て分かる通り、十分に届き得る。
完璧なタイミングに十分な威力の斬撃。更に戦い慣れていない主は、反撃する事はおろか躱す事すらできていなかった。
それでも薄皮1枚しか切れなかった理由……
ガァァァァァァァァァァァァ!!!
主は下半身の無くなった2匹の側近を両腕で抱き、絶叫を上げている。
そう、オレが魔力武器を振り抜く瞬間、2匹の側近が割り込み、主を後ろへと突き飛ばしたのだ
恐らく側近達は、主がオレの速さに反応出来ないと判断したのだろう。
しかし、状況は最悪……次の瞬間には、自分達の主が渾身の一撃を叩き込まれる……咄嗟の行動だったに違いない。
側近の2匹は呆然と立ち尽くすだけの主を、後ろへ突き飛ばしたのだ。
そしてオレの振るった斬撃は、側近2匹を真っ二つにする代わりに、主の体へ薄っすらと傷跡を残すだけとなった。
まるで忠義の士……それだけ主へ忠誠を誓っていたのか……それとも群れの本能なのか……
悪役を演じているような気持ちを、軽く頭を振って切り替える。
時間もそろそろ30分が経つはずだ……魔力も絶えず守りの壁を発動し、超振動を使った事から半分を切っている。
届きそうで届かない。結果だけを見れば、未だに証の位置どころか、ソナーさえ満足に打てていないのだ。
焦れる気持ちを胸に、オレは改めて主を睨みつけたのであった。




