486.エルの憂鬱
486.エルの憂鬱
開拓村で休息を取り始めて1週間が過ぎた頃、最悪の事態に陥ってしまった。
最悪? 何がどうなったのか……オリビア、アシェラ達と話し合った結果、出産はオレ抜きで行う事が決まってしまったのだ。
何故だ! 圧制には屈しないぞぉ! 正義は我が手に! と1人家庭内デモを発起したのだが、夕飯の時間になりアシェラに拳で鎮圧されてしまった。
アシェラさん、ドラゴンアーマーまで着てくるのは反則だと思うのですが?
まぁ、その様子を見ていたシャロンが、キャッキャッと笑っていたので、この件は良しとしよう。
でも出産に立ち会えないのかぁ……やっぱり無理だったかぁ……そりゃ、オレがいてもいなくても子供は生れてくると思うよ?
でも出産は命懸けとも言うし、オリビアの隣にいてやりたい……いや、正直に言おう。オレが傍にいたいのだ!
オリビアの体が心配なのは当然として、この世に生まれ落ちる我が子に「初めまして」と声をかけたいじゃないか!
結局、オレがどれだけ声を大にして叫んでも、「国外追放」の罰を受けている身で判定が覆る事は無かったのである……ぐすん。
◇◇◇
オレが立ち会えないのなら、オリビアもそろそろお産に向けて領主館に滞在した方が良い。
予定日までまだ1ヶ月あるとしても、早産なんて事になったら……ここでお産は流石に怖すぎる。
結果、エルへそろそろ旅発とうかと、お隣へ顔を出してみた。
「エル、そろそろ出発するか?」
エルはオレの言葉に、食い気味で口を開く。
「ええ! 是非、そうしましょう。明日ですか? いえ、いっそ今からでも! 直ぐにでも発ちましょう!」
なになに? 何なの? お前、つい先日までマールやサナリスの近くが一番落ち着くって言ってたじゃないか。
もしかしてマールと喧嘩でもしたのか?
そんなオレの動揺を察して、エルはオレだけに聞こえる声で話しかけてきた。
「実は……例の側室の件なんですが、妾の方達の住む建物がとうとう完成してしまったみたいなんです。何でも数人は既に住んでいるみたいで……マールから「そろそろ顔合わせをして、話をした方が良いわね……勿論、私も同席するわよ?」と言われてしまいました。そう話していた時のマールの顔……彼女が何かを我慢してる気がして……」
うわぁ……エル、お前、嫁 立ち合いの下、浮気相手と面談するのか……そりゃ、何の罰ゲームだって話だぞ。
それにマールもまだ割り切れてないのか。
この件に関して、オレはエルに負い目もある事から、全面的にエルの希望に沿おうと思う!
「分かった、エル。出発は明日にしよう! 心配するな。ジュリかパメラにカズイさんへ伝言を頼んでおく」
「兄さま……」
エルが縋るような目でオレを見つめてくる中、全てを絶望に叩き落とす声が響く。
「エ~ル~。なぁに~、もしかして逃げる気なの~?」
この粘着質で、笑いを堪えている声音……このタイミングで絶対に聞きたく無かった声の持ち主は……
「母さま……」
そうだった。今はコイツがエルの家に寄生してるんだった!
基本、いつも喰っちゃ寝して、オレかエルの家のどちらかを散らかし歩いている。
ジュリとパメラがいなければ、マールやアシェラ達に多大な負担が圧し掛かっていたはずだ。
「か、母様、エルが逃げるなんて事するわけ無いじゃないですか。僕達はまだドゥオ大陸に着いたばかりで、アルジャナの西端の街イリルまで、まだ半年近くかかるんです……しかも道中でマナスポットを解放するなら、もっとかかるかもしれません」
「アナタ達に時間が無いのは私も分かってるわ。勿論、真剣にマナスポットのネットワークを張り巡らせているのもね」
「だったら……」
「でも、マールが身を切る思いでお膳立てした場から、逃げ出すのは違うと思うのよねぇ?」
ぐはっ……た、確かにマールも喜んで側室を作っているわけでは無い。むしろ本音では、こんな計画 叩き潰したいはずである。
それをサナリス……ひいては妖精族の未来のためと、心を殺して事に当たっているのだ。
それを逃げ出すと言うのは……
く、くそ……は、反論 出来ねぇ……コイツの真意はどこにある。面白がってるだけなのか……若しくは本気でマールとエルの事を心配しているのか。
そんな誰もが黙り込む中で、エルは悩みながらもゆっくりと口を開いた。
「母さま……母さまの言われる事は理解できます。でも……昨夜、マールは泣いていたんです。深夜、リビングで1人……」
「……」
「僕は妖精族の未来のために、側室を持つ覚悟は既に出来ています。でもマールは違う。後少し……後少しだけ時間をもらえませんか? きっとマールにはもう少し時間が必要なんです……このまま何も見ないフリをして、この件を進めたりすれば……彼女の心に取り返しの付かない傷ができてしまいます……僕はそれが何より恐ろしい……」
「ふぅ……エルはこう言ってるわ? どうするの?」
母さんはエルの言葉を聞いた後、小さく溜息を吐きながら振り返って扉越しに声をかけた。
ゆっくりと扉が開き、現れたのは……
「マール……聞いていたのかい?」
「ええ……お義母様へアナタが乗り気で無いのを相談したら、本心を聞き出すって言われて……」
「そうか……マール、聞いて欲しい。君が全部背負い込む必要なんて無いんだ。そんなに急がなくて良いんだ。君はもっと我儘を言って良いんだよ」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫だから……もう一度2人でゆっくり話し合おう。君の本当の気持ちを教えて欲しい。僕にとって君以上に大切な物は無いんだから……愛してるよ、僕のマール……」
「ありがとう……私も……エルファス、私も愛してる……」
2人はオレと母さんがいるにも関わらず、お互いを慈しむように抱き締め合っている。
「アル、行くわよ」
「あ、は、はい……」
母さんの後を追うように、エルの家をお暇させてもらった。
「母様、良かったんですか?」
「私は息子の逢瀬を覗き見るような、無粋な真似はしないのよ。それに2人が決めた答えなら、誰が何と言おうと絶対に文句は言わせないわ」
この人は……格好良いのか悪いのか、本当に判断に迷う。途中まで、絶対に面白がってたくせに!
ハァ……まぁ良い。母さんの言う通り、オレも2人の出した答えに準じさせてもらおう。
そして当然のように、氷結さんは我が家の冷蔵庫を勝手に開け、プリンを片手にリビングへ陣取ったのであった。
◇◇◇
エルとマールの家から帰った次の日。朝っぱらから、2人はサナリスを連れてやってきた。
「母さま、マールと腹を割って本音で話し合いました」
「で、どうするつもりなの?」
「はい……既に生活している女性には申し訳ありませんが、側室の件はこの旅が終わってから進めようと思います」
「そう。2人が決めた事なら、私からは何も無いわ。マール、辛いでしょうけど、エルの心はアナタだけに向いてる。それを忘れないで……」
「はい、ありがとうございます、お義母様」
オレ達は横で聞いているだけだったが、そこからは少々 細かい内容を聞かせてもらう事となった。
先ず、エルの側室は、基本的にマールが許可した者でないと入る事は許されない事。
2つ目、側室同士が争ったりしないよう、扱いは全て同じにする事。これは騎士爵家からも、エルの側室に入る予定の者がいる事から、親のチカラによって差や派閥が出来ないように差配したものだそうだ。
勿論、娘にもっと良い生活をさせたければ、外に家を借り側室の館に通っても良いようにはするらしいが、殆どの者は館に住む事になると推測している。
3つ目、出産した子供は、ブルーリングの名の下、全て平等に育てる事。これはかなり重要な話である。マールが断腸の思いで側室を許すのに、その子供が理不尽に死んだりスラムに流れるような事態があっては意味が無い。
親が例え奴隷であっても、子供は平民の身分を与え、しっかり教育を施していく。
4つ目、側室の女性は赤ちゃんを産み終え、子供が自立した時点で館から退去してもらうと言う。
可哀そうだとは思うが、野放図に数を増やしても最後は確実に持て余してしまうからだ。
生活の基盤を整えた上で、女性達には第2の人生を歩んでもらうつもりなのだとか。
実はこれに関しては、オレにも少々 考えがある。それはだいぶ規模が大きくなった魔道具作りの件。将来、独立した暁には、何も人族……フォスターク王国だけと商売をする必要は無くなるのだ。
他の国とも国交を結び、魔道具の営業をかければ、かなりの需要が生まれると予想している。
その際、確実に人手が足りなくなるのは、火を見るよりも明らかだ。
子供が一人前になるのに15年。それだけの時間があれば全員では無くとも、何割かは魔法陣を描けるようにならないかと思っている。
しかも、エルの側室であれば身元もハッキリしており、一定の信用もある。秘匿しているブラックボックス化の方法も、教えるに値する者が現れるかもしれない。
無論、無理強いするつもりは無いので、希望者だけに限定するつもりではあるが、ウチの魔道具工房は福利厚生がしっかりしているので、望む者は多いと踏んでいる。
まぁ、この考えは2人から話を聞いた際、構想だけ話しておいたのでエルとマールに一任するつもりではあるのだが。
それに街も徐々に増えていくわけで……人手は幾らあっても足りないはずだ。
最悪はメイドとして、何処かの屋敷で働いて貰えば良い。エルの元側室であれば、蔑ろにされる事も無いだろうしな。
こうして決まった方針は、大きくはこの4点。アルジャナへの旅が終わり次第、「エルの側室大作戦」は進められる事となった。
きっと、こうは決めても、実際には問題が噴出するのだろうが、今はこれで良いと思う。
前に進むと決めた2人へ、心の底からエールを送りたい。
そんなどこか満足気な空気を出すオレへ、ヤツは小さく溜息を吐き、呆れた顔で言い放ちやがった。
「アル? アンタ、なに他人事みたいな顔してるのよ。エルがどうしても無理ってなったら、アンタにお鉢が回るんだから。今の内に自分の妻達とよく話しておきなさい。良いわね?」
「はい……」
やっぱりエル、お前には何が何でも側室を取ってもらうぞ!
問題なんかオレがねじ伏せてやる! 頼むからこっちに振らないでね? 頼みますよ、エルさん。




