481.海
481.海
幸せを噛みしめていた開拓村を発って、既に5か月が過ぎた。先ずは海を目指すべく、オレ達はダカート村のマナスポットから南東を目指している。
以前のように川伝いを歩く事も考えたのだが、今回は地図に加え方位磁石もあるため、道中のマナスポットを解放しつつ旅をする事を決めた。
方位磁石? そう、開拓村へ帰った際に渡されたのだが、なんとライラが実家から磁石を貰ってきてくれていたのだ。
直ぐに木の上に乗せ、水に浮かべて実験した所、地球と同じように両端が北と南を指す事が分かった。直ぐにボーグへ頼み込み、大急ぎで3つの方位磁石を作ってもらったのである。
今はライラに複製してもらった地図と合わせ、オレ、エル、カズイはそれぞれ地図と方位磁石を1セットずつ持っている。
何故、1人1セット? そう思うだろうが、これは言わば保険だ。今までは言ってしまえば人の領域の中だった。万が一はぐれても、近くの人を探せばマナスポットへ辿り着くのは容易だっただろう。
しかし、ここからは違う。完全に未知の領域なのだ。最悪の場合、オレやエルはアオに聞けば何とかなるとしても、カズイだけはどうしようもない。
更に言えば、グリムに飛ばされた時のように、オレやエルだってアオとの証を無くす可能性もある。
3人で相談した結果、全員が専用の地図を持ち、各々が自分にとって分かり易い目印を書き込む事で、最低限の安全を確保したのだ。
思い返せば、いきなり飛ばされた際に、一番キツかったのは自分がどこにいるのか分からない事だった。
もう、あんな思いは2度としたくない。でも地図と方位磁石があれば……ブルーリングへ帰ってから、コッソリ星座を頭に叩き込んだのは苦い思い出である。
「ふぅ……そろそろ休憩しましょうか?」
「そうですね。そろそろマナスポットが近いですし、休んでおいた方が良さそうです」
「僕は流石に少し疲れたかな。ごめんね、僕の身体強化が拙いばっかりに、2人の足を遅らせてるよね」
「そんな事、気にしないでください。カズイさんは魔法使いなんですから、しょうがないですよ」
「そうですよ。カズイさんにはお世話になってます。本当は僕と兄さまだけで、やらないといけない事なのに……こっちが申し訳なくなってしまいます」
「ははは……使徒様2人からそんな風に言われると、恐縮しちゃうな……」
昼食兼、休息を取るため、オレ達は眼下に見える開けた空き地へと降りていったのであった。
◇◇◇
当面の目的地である4つ目のマナスポットを前に、休憩を入れていた際の事。
「このマナスポットを解放すれば4つ目だよね。この調子なら思ったより早く世界を救えるんじゃないかな?」
こう話すのはカズイである。ダカート村にあるマナスポットを発ってから、既に3つのマナスポットを解放した事からの言葉だ。
因みにギフトは「毒耐性」と「疲労回復」、そして「毛が早く伸びる」だった。
毛が早く伸びるって……これ昔、アオが言ってたハズレの代表じゃねぇか!
いやいや、ギフトは選べないんだ……当たりがあればハズレもある。この件は敢えてスルーしておこう。
「そんなに簡単じゃないと思いますよ? 今はマナスポットのネットワークを作るために、小さな物を狙って解放してますから」
「そっか……あの主達でも弱かったんだ……僕から見れば、どの主も凄く強く見えたんだけど……」
「そこはやっぱり主ですから。弱いって言っても簡単にはいきませんよ」
カズイは真剣な顔で何かを考え始めてしまった。もしかして使徒の従者として生きていくのに、怖くなってしまったのだろうか。
しょうがない……オレだって本音を言えば怖いのだ。もし誰かが代わってくれると言うなら、喜んでお願いするだろうしな……
万が一、カズイが「帰りたい」と言うなら、近くのマナスポットへ送っていこう。そしてアルジャナのマナスポットを解放した暁には、改めて送り届けるのが良い。
それが、ここまで世話になった礼にもなるはずだ。
そう考えていたのに、そんなオレの考えを否定するように、カズイの答えは全く正反対のものだった。
「僕もアルドやエルファス君のチカラになれるように頑張らないと……いつまでもお荷物じゃいけないよね!」
こんな旅に付き合ってくれている今でも十分感謝しているのに……
カズイさんだけじゃない。ルイスにネロ、ナーガさんだって……本当はオレ達に付き合う必要など無いのだ。
本当ならもっと安全な世界で、ゆっくりと暮らせるはずなのに……皆、進んで貧乏くじを引きやがって……
改めて、この愛すべきバカ達へ、心の底から頭を下げたのである。
◇◇◇
手古摺りながらも4つ目のマナスポットを解放した後の事。開拓村で1週間の休息も取り、相変わらず海を目指して進んでいる。
思い返せば、既にオレが国外追放を言い渡されて、9ヶ月も経ってしまった。
後3ヶ月もすれば、オレは大手を振ってフォスタークへ帰れてしまうのだ……まだ海にすら辿り着けていないのに……
やはりマナスポットを解放しながらアルジャナを目指すのは、少し欲張り過ぎていたのかもしれない。
いっそアルジャナからの旅のように、川沿いを進めば1~2ヶ月は時間を短縮 出来ただろうか。
でもなぁ……あくまで今の目的は、マナスポットのネットワーク作りだし……このペースだとアルジャナに着くのは半年以上はかかりそうだよなぁ。
「兄さま、どうかしたんですか?」
「いや……国外追放になって9ヶ月も経つのに、まだ海にも辿り着けてないなぁって思ってな」
「確かに……でも僕達も遊んでいたわけではありませんし、しょうがないのでは?」
「まあな。開拓村でも、最初のマナスポット解放の時以外は1週間しか休息を取ってない。それでも順調にいってアルジャナへは後 半年はかかる。どうやら彼の地は、思ってたよりずっと遠かったみたいだ」
「そうですね……でもこれだけの距離……兄さまは、歩いて帰ってきたんですよね……」
エルはオレを見ず、眼下に広がった広大な景色を眺めながら、感嘆するように呟いた。
「アルジャナからの旅は必死だったからな……アオに聞く事も出来ず、本当に帰れるのかも疑問だった。あの旅で帰ってこられたのは、間違い無くルイスやリーザス師匠、それにカズイさん、ラヴィさん、メロウさんのお陰だ。本当に感謝しても、し足りない。オレの恩人達だ」
「そうですね……兄さまを無事に送り届けてくれて、僕も感謝しかありません」
オレ達2人の会話を、カズイは照れくさそうに曖昧な笑みを浮かべていたのであった。
◇◇◇
4つ目のマナスポットを解放し、1ヶ月。国外追放から数えて10ヶ月が経つ頃、オレ達3人はとうとう当面の目的地である海へ到着した。
「これが海……ミルドで見た時にはこんな景色じゃ無かったのに……この水がミルドまで続いているなんて……不思議な感じがします」
「オレが飛ばされた時、アオにこの世界を見せてもらったんだろう? この世界は丸……球体なんだ。海の中に陸地が浮いてるって言った方が正しいかもな」
確かにミルドで見た景色とは違い、ここから見える海は半島や小島も無く一面の青である。
この雄大な眺めに、エルだけでなくオレまで見入ってしまいそうだ。
「エル、海と空の境界が見えるか?」
「海と空……はい、見えます」
「あの境界、薄ら円を描いてるだろ? あれこそアオが言った、この世界が球体だって証拠だ。この世界は球体で、ゆっくり太陽の周りを回ってるんだよ」
「球体……太陽の周りを回る……すみません、兄さま。想像が出来ません。太陽の周りを回るって……この世界も太陽も、何かに浮かんでるって事ですか?」
「あー、それはだな……」
うーん……これを説明するには、重力や宇宙、基礎的な科学の知識が必要になってくる。
この場で簡単に説明するなど出来そうに無い。
「スマン……上手く説明出来ない。もしお前に興味があるなら、ライラみたいに勉強するか?」
エルは少し考えた後、ゆっくりと首を振って否定の意思を示す。
「いいえ。興味はありますが、僕にはきっとその時間はありません。「使徒の叡智」は兄さまが持っていてください。僕には荷が重いようです」
そう話すエルの顔は、満足そうであり納得しているようでもあった。
◇◇◇
やっと海に辿り着いて2日。この間オレ達が何をしていたかと言うと、ひたすら魔物を狩りまくっている。
魔物を? 何故? それはズバリ、魔石の在庫が心許ないからだ!
現状、海を渡るには空間蹴りを使うしか方法は無いわけで……しかし、最後のマナスポットを解放して1ヶ月、海を越えるには魔石の在庫が少々厳しいのだ。
こんな事ならブルーリングから、もっと魔石を持ってくるんだった……アホすぎる。
いや、だって、こんなに遠いと思わなかったし! それに実はフォスターク王国……特にブルーリング領の周辺では魔石の値段がジワジワと上がっているのだ。
父さんや祖父さんとも話したのだが、風呂やトイレ、後から売り出したエアコンでの消費が影響していると思われる。
実際に魔石の値段がどれぐらい上がったかと言うと、ブルーリング周辺の一番高い時期で何と1.2倍にもなったのだとか。
今は落ち着いて相場は安定しているそうだが、あまり刺激したくないと言うのが本音である。
そうした背景もあって、騎士団の詰め所から大量の魔石を拝借するには、一定の制限があった。
考えてみれば、自分のために作った魔道具の数々が、インフラの源でもある魔石の値段に影響を与えるとは……
魔石はランタンなどの照明からカマドの燃料、果ては薬の原料にまで使われる。
現代日本で例えるなら電気に相当するエネルギーと言っても過言ではないのだ。
やっぱり父さんや祖父さんと相談した通り、魔道具の販売はエアコンまでにするのが妥当だな。
それ以上は社会に与える影響が大きすぎる。きっと魔石の値段も天井知らずに上がるだろうしなぁ。
しかし、魔石の値段が上がるのは悪い事ばかりじゃない。冒険者の実入りが増えるなら、今より装備に回せるお金が増えて死傷者が減るだろうし……魔石が金になるなら、今より積極的に魔物が狩られて魔物被害も減るはずだ。
思考が逸れた。
結局、こうした理由の結果、魔物の数が多い辺境で、魔石を現地調達する事になったのである……ぐすん。
◇◇◇
魔石を集め始めて3日が経った。オレ達の魔道具には魔石が満タンに入れられ、全員が予備の袋を2つ持つまでになっている。
「あー、疲れた。もうゴブリンもオークも見たくない……特にアイツ等の体から魔石を取り出すのが……うぷっ、思い出したら気持ち悪くなってきた……」
「ははは……アルドは剥ぎ取りが苦手だからね。それでも200個以上は集めたんじゃない?」
100匹も剝ぎ取りしたのか……この3日間は絶えず血と内臓にまみれての生活だった……自分の体が臭い!
しかし、これで安心して海を越えられると言うものだ。
「エル、カズイさん、やっと準備完了です。海を越えましょう!」
「はい。この海の向こう側……兄さま、何だかワクワクしてきました」
「うん。向こうに着いたら、やっぱり白蛇さんに会いに行くの?」
「エル、一緒だよ。オレも少しだけワクワクしてる。カズイさん、以前 倒したオーガのマナスポットを解放するついでに、ハクさんの所にも顔を出すつもりです」
オレの言葉を聞き、エルは珍しく鼻息荒く……カズイさんは眉尻を下げて微妙な顔をしている。
もしかしてカズイさんはハクさんが苦手なのか? あー、そう言えば、ハクさんに乗って海を渡った際、3人共だいぶ怖がってたよなぁ。
もう、あれから3年も経つのか……あの気の良い白蛇の顔を思い出し、懐かしさを感じながら口を開く。
「2人共、行きましょうか」
「はい、兄さま」
「うん、行こう」
「ではドゥオ大陸を目指して、出発だ!」
「はい!」
「おー!」
こうしてオレ達はウーヌス大陸を離れ、遥かドゥオ大陸を目指して空へ駆け上がって行くのであった。




