478.隠れ家 part3
478.隠れ家 part3
開拓村の隠れ家に籠って3日が過ぎた。
この間はライラから「子供が欲しい」と搾り取られつつ、アシェラやオリビア、シャロンと穏やかに暮らしている。
うーん、幸せだ。こんなに平和なのは、きっとヤツがいないせいだろう。
隙があれば我が家の冷蔵庫を漁り、我が物顔で嫁達をこき使う存在……そう、氷結さんである。
アシェラ達に聞いた話から、ヤツはオレ達が旅に出て直ぐ、父さんと共に王都へ向かったと聞いた。
あー、確か祖父さんが当主を引退した事で、新たに父さんがブルーリング男爵位を叙爵されたんだったよな。
ブルーリングに住んでオレ達の近くにいるか、父さんの隣にいるかを悩んでいたようだが、結局 付いて行ったのか。
やっぱり母さんも慣れない王都の生活で父さんが心配だったんだろう。なんだかんだ言っても、あの2人は仲が良いからなぁ。
シャロンを抱きながらエルと一緒に、サナリスがノエルの子供達に遊んでもらっている姿を眺めていると、後ろから唐突に声が響く。
「アンタ達! こんな面白そうな事……何で私を誘わないのよ! ズルイわよ、アル、エル!」
この声、理不尽な言いぐさ……いきなりこんな事をのたまうヤツを、オレは1人しか知らない。
ギギギっと音が出そうな仕草で振り返ると、案の定、ヤツはいた。
仁王立ちで腰に手を添え、「怒ってます」と言わんばかりに頬を膨らませている。
「母様……」「母さま……」
オレとエルの声が、見事にハモったのであった。
◇◇◇
場所は変わって仮の我が家の食堂での事。
「パーティやらお茶会やら、もぅウンザリなのよ!」
こう激高するのは我らが母、氷結の魔女こと氷結さんである。
何でも、父さんのブルーリング男爵 就任パーティから、ひっきりなしにお茶会やパーティのお誘いがあるのだとか。
「皆、私を何だと思ってるのよ! いいように使い倒して!!」
氷結さんが憤るのには訳がある。
何でも、父さんの就任パーティは少し寒い日だったらしく、とうやら母さんはホール全体をエアコン魔法で暖めたそうだ。
その効果は劇的で、来賓やその随伴だけで無く、家令やメイドですら母さんの魔法の腕を褒め称えた。
そして実際に春の陽だまりのような心地よさを体験した紳士、淑女の皆様は、こぞってお茶会やらパーティに招待したらしい。
しかし元々 ヤツは平民の出で、お堅い行事は大嫌いときている。
そこへ、○○夫人からお茶会の誘いが……××伯爵家からパーティの招待状が……と、山のようなお誘いが殺到してしまったのだ。
「しかもよ! 招いておいて、大して相手もしないなんてあり得ないでしょ! 馬鹿にするんじゃないっての! 私は魔法使いの王、魔王ラフィーナよ! 何度、魔王の一撃を打ち込んでやろうと思った事か……ヨシュアに止められなかったら、屋敷ごと叩き壊してやったわ……」
あー、だいぶ溜まってますねぇ……これはヘタな事を言えば、間違い無くとばっちりを受ける案件だ。
「か、母様……要は母様を招きたかったわけじゃなく、エアコンとして呼ばれたって事ですか?」
「そうよ! そもそも何が「最近の流行はレースをあしらったドレスですことよ」よ! その前に、先ずは体重を落とせっての! その刺繍、横に伸びて薔薇がヒキガエルにしか見えないのよ!」
「か、母様、落ち着いてください……」
「私は冷静よ……しかもアイツ等、私の見た目が若いからって、遠回しに嫌味まで言ってきたの……ふざけんじゃないわよ。アンタの連れ合いが私を見たからって、どうしろって言うのよ! 私に何か言う前に、自分の見た目を何とかしなさいっての!」
マジか! 氷結さんに嫌味とか……何て命知らずなんだ……場所が場所ならミンチにされてもおかしくないのに……
やっぱり母さんに社交界なんて無理だったんだ……この件を放置なんてしたら、間違い無く虐殺の魔王が王都に降臨してしまう。
更に悪い事に、今のヤツが空間蹴りの魔道具を使えば、ヘタをすると王国騎士団にすら勝ってしまいそうなのだ。
ブルリ……折角、国外追放を受け入れ、全てを穏便に納めたのに……ヤツなら全てをひっくり返す……オレには分かる!
「そ、そうなんですか……それでブルーリングに追い返され……ゲホンゲホン。帰ってきたのですね」
「ええ。折角、愚痴を聞いてもらおうと思ったのに、マールやアシェラ達がいないじゃない? ローランドに聞いたら開拓村にいるって言うから飛んできたのよ」
なるほど。そして想像以上にノンビリ過ごすオレとエルを見てブチギレたと……うーん、理不尽だ。
こっちは必至に旅をして、マナスポットまで解放してきたと言うのに……
しかし、何かを言えば逆ギレされるのは日を見るより明らかであり……結果、オレ達は下て(?)に出て、氷結さんのご機嫌を取るのであった。
「か、母様には、やっぱり王都よりブルーリングが似合いますよー」
「そ、そうです。母さまには貴族の相手をしている暇なんてありません。もっと大切な役目があるはずです」
「やっぱり? 私もそうじゃないかと思ってたのよ。あんな奴らの相手をするぐらいなら、ゴブリンでも狩ってた方がマシよ!」
なんとか魔王の怒りは収まったみたいだ。もぅ誰だよ。コイツを怒らせたのは! 全部こっちにとばっちりが来るじゃないか!
機嫌が収まった所で、話を逸らすためにも、改めてオレ達の旅の報告を行った。
「………………と言う訳です。説明した通り、ルイス達はカナリスで、マナスポット修復の説得に尽力しています。僕達は別れた後、カナリス領の端で小さなマナスポットを解放して帰ってきました」
「なるほどね。ティリシアの皇家だっけ? 既得権益が無くなる事への調整ねぇ……私なら仮面で顔を隠して、力尽くでマナスポットを修復しちゃうけど……まぁ良いわ。穏便に済むなら、それに越した事はないものね」
コイツは……何て恐ろしい事を言うんだ。アシェラさん、後ろで頷かない! 君等 師弟は一体どうなっているのかと、小一時間 問い詰めたい。
「それじゃあ、残る問題はアンタ達の方ね」
「問題? 無事にマナスポットは解放しましたが……」
「そっちじゃなくて。解放したマナスポットが奪われるかもしれないって方よ」
「あー、なるほど。魔物が魔力を注ぎ始めたら、アオには直ぐ教えてもらう事になっています。主になる前の魔物なので、討伐は当面アシェラに頼もうかと……ただオクタールの件もあるので、危険だと判断した場合は、直ぐに撤退するよう話してあります」
「そう、最低限の安全は確保してるってわけね」
「はい。後はどれぐらいの頻度で魔物がやってくるかですが……これについてはアオも分からないと言っていました。人の領域では魔物の数も限られているらしいので、大した脅威にはならないと思います。問題はそれ以外……どこの国にも属さない土地は、言ってしまえば魔物の領域です。恐らく今までのマナスポットと比べ物にならない頻度で奪いにくるんじゃないかと……」
「それはアル、アナタの勘?」
「はい。以前のアルジャナからの旅で感じた事からの推測です」
「なるほど……要はこれから解放するマナスポットは、魔物に奪われるリスクが各段に上がるって言いたいのね」
「はい……魔物はマナスポットの青い光を嫌いますから、実際にはもっと少ないかもしれません。ただ想定はしておくべきかと……」
母さんは何かを考えこんで何も口を開こうとはしない。
そんな少し重い空気の中、我が家のお姫様方が、鼻息荒く宣言した。
「アルドの留守はボクが守る!」
「私もアルド君の代わりにマナスポットを守る!」
「ありがとな、アシェラ、ライラ。でも絶対に無理はしないでくれよ? 約束だぞ」
アシェラ達と話していると、唐突に母さんが口を開く。
「決めた! 私もここに住む!」
は? アナタ、何言ってるんですかね……エルは兎も角、オレは同居なんて絶対に嫌だからな! 特にアナタとだけは!!
「か、母様? ここは仮の住まいで……僕やエルが旅に出たら、アシェラ達もブルーリングの街に帰るんですよ? だったら母様も領主館で住んではどうでしょう?」
「何よ! 嫌なの? 私はアナタをそんな風に育てた覚えは無いわ。実の息子に追い出されるなんて……良いわよ、私なんてそこらで野垂れ死ねば良いんでしょ! 何てかわいそうな私……ヨヨヨ……」
おま、いつもそれやるよな? そもそもアナタ、領主の伴侶になったんでしょ? 領主館に帰れば3食昼寝付きなのに、良くそんな事が言えましたね?
オレが何も言わずにジト目を向けていると、とうとうヤツは逆ギレを始めやがった。
「アル! アンタは私の息子でしょ! だったらアンタの物は私の物、私の物は私の物じゃない!」
コイツ! とうとうジャイアニズムを隠さなくなりやがった!
あまりの言い草に言葉が出ない。それを見かねたエルが眉根を下げて口を開く。
「母さま、兄さまの家は5人で手狭ですので、僕の家に来てください。部屋なら空いてますから……」
「え? 良いの? 言って見るものねぇ。じゃあ、早速、部屋を見せて頂戴。アルはもう少しエルを見習いなさい、良いわね?」
「善処します……」
こうして嵐のようにやってきた氷結さんは、エルの家へ転がり込んだのであった。
◇◇◇
氷結さんがやってきた次の日の事、朝食を摂り終わった後、エルとマールがオレの家にやってきた。議題はこれからの予定である……氷結さん? 勿論ベッドの中です。昼食の前には起きてくるんじゃないかな?
「アシェラ、3つの街を作るって言ってたよな? 具体的な場所は決まってるのか?」
アシェラは鼻息荒く地図を取り出すと、そこには赤色で3つの丸が描かれていた。
「ここから結構 離れてるな……一番近い丸でも、普通に馬車で10日はかかるんじゃないか?」
「道も無いから……歩きだと、たぶんその倍はかかると思う」
「じゃあ、道を作る所からか……そもそも何でこの場所なんだ? もっと近い所から徐々に広げた方が効率的だろ」
アシェラは真剣な顔で大きく首を振る。
「この丸にはマナスポットがある。アルドの言うように少しずつ広げていくのも考えた。でもそれだとボク達の寿命が先に尽きる……間に合わない」
「マナスポット……要はこの開拓村と同じように街を作るって事か……」
「ううん。ここよりもっとマナスポットを利用する。アルドが王子に罰を受けた時、独立の準備をするため、グラン家以外の騎士爵家にも、使徒の件を話したってお師匠が言ってた。もうブルーリングでも主要な人は使徒と独立の事を知ってる」
「え? そうなのか? オレ、初めて聞いたぞ……」
「すみません、兄さま。伝えるのを忘れてました……アシェラ姉の言う通り、騎士爵家と主要な者には独立の件は話してあります。一部難色を示した者もいましたが、今いる者は全て独立に承諾しています」
「……難色って、お前。その人達は……」
「……」
エルは何も言わず口を貝のように閉ざしてしまう。
この態度から分かる事は……何処かに幽閉でもしているのだろうか……流石に殺してはないと思うが……
「……悪い、エル。そもそもの発端はオレだったよな……オレが何かを言える筋合いじゃなかった。忘れてくれ」
「いえ……」
微妙な空気を変えるように、努めて明るく口を開いた。
「アシェラ、じゃあ、資材や人もマナスポットを使って運ぶって事か?」
「うん。一般の作業者だけは、馬と歩きだってクリスさんは言ってた」
「なるほど……そこまでマナスポットを活用するなら、かなりの早さで街を作れるのか……後はこの3つのマナスポットの解放か……」
「出来れば3つ内の一番近い所だけでも急いで欲しいみたい。作業者の手を空かせると、仕事を求めて皆 散っちゃうって」
アシェラの言う事は尤もだ。それぞれに生活がある以上、数か月も待ってくれなど、言えるはずもない。
「分かったよ。エル、どうやら旅に出る前に一仕事しないといけないみたいだ」
「はい。帰ってからだいぶ経ちますから。そろそろ体を動かしたいと思ってた所です」
「ボクも行く! ここなら長い旅にはならない。シャロンはマールにお願いする」
「私もアルド君の手伝いをする!」
オリビアとマールが少し寂しそうな顔をする中、玄関が乱暴に開け放たれ声が響いた。
「ちょっと待った! 私を置いてくつもりじゃ無いわよね? 絶対に付いて行くわよ。久しぶりの主! メタメタのギタギタにしてやるんだから! 覚悟してなさい!」
あー、アナタ、貴族の諸々のストレスを、主にぶつけるつもりですね? それって八つ当たりって言うんですよ?
母さんの乱入があったが、、新たな街を作るため、マナスポットを解放する事になったのである。




