477.隠れ家 part2
477.隠れ家 part2
アシェラ達に連れられてやってきたのは、開拓村の城壁を出て、少し歩いた広場だった。
湖の畔を中学校のグランドほどが切り開かれ、簡素な家が数件 建っている。
「ここは?」
オレの疑問に答えたのはアシェラでは無く、中年に差し掛かろうとする1人の男だった。
少し気だるそうに建物の1つから現れ、口を開いたのである。
「お前とエルファスの隠れ家だとさ。アシェラやそこの嬢ちゃん達が一生懸命作ったんだぜ。感謝して使えよ」
「ジョー……お前、こんな所で何を……」
「あ? お前がマッドブルの牧畜を試せって言ったんだろうが。ったく……」
「あ……言った……確かにローランドに頼んでおいた……って事はここでマッドブルの牧畜を?」
「1月前に、アシェラ達がマッドブルの赤ん坊を5匹連れてきたからな。まだ始めたばかりだ。牧畜なんて規模じゃねぇよ」
そう言って照れたように笑うジョーの後ろには、小さな柵に可愛らしいマッドブルの子供が放し飼いにされていた。
「可愛いな……まだ小さな子供か……」
オレの素朴な感想を聞き、何故かジョーは喜々としてマッドブルの感想を話し始めた。
「だろ? コイツ等、やっと懐いてきてなぁ。あの一番小さいのがローだ。アイツはチビなのに一番足が速いんだぜ。小さなナリでチョコチョコ走り回る姿が、可愛いくてなぁ」
むむむ? オレが想像してたのと、だいふ違う気が……コイツ等は、食肉の安定供給と特産品の開発のために飼ってるんだぞ?
お前、その様子だと、屠殺なんかした日には、ペットロスで寝込むんじゃないのか?
まぁ、当面は数を増やす事に専念する予定なので、殺す予定は無いのだが……
アホ面でマッドブルを撫でるジョーに呆れていると、またまた建物の1つから数人の男女が顔を出した。
「アルド、久しぶりだな」
「ノエルか! それにゴドとジールも……元気だったか?」
「ああ。今回のマッドブル牧畜を斡旋してくれた事、まだ礼を言って無かった。改めて礼を言う、ありがとう、アルド」
「止めてくれ。まだマッドブルを本当に養殖出来るかなんて分からないんだ。失敗した際には、お前達の数年を無駄にする可能性もある。礼なら、全部 上手くいってからにしてくれ」
ノエルは小さく首を振りながら答えた。
「ローランド殿からは、養殖に失敗した場合、この土地はそのまま農地に転用しても構わないと言われている。しかも、新規事業への協力の対価として、土地は譲渡してくれるそうだ。こんな破格の条件は聞いた事が無い……正直、ズルをしているようで心苦しいが、今回は甘えさせてもらおうと思う」
「ノエル、ちょっと待て。勘違いしないでくれよ。そもそもマッドブルの養殖なんてのは、初めての試みなんだ。食事の世話から体調管理、外敵からの護衛。更にマッドブルは魔物である以上、成長してからはチカラで押さえつける必要もあるだろう。これは誰にでも出来る事じゃない。Bランク冒険者であるジョーやゴド、ジールにしか出来ない仕事だ。多少の便宜は、お前等への正当な対価だよ。胸を張って受け取ってくれ」
ノエルだけじゃなく、ジョーやゴド、ジール、その家族も少し呆れた顔でオレを見つめてくる。
「ハァ……お前には口で勝てそうに無い……そう言う事にさせてもらう。ただ感謝している事だけは覚えておいてくれ」
オレは敢えて何も言わず、肩を竦めて返しておくのだった。
◇◇◇
ジョー達との久しぶりの再会の後、アシェラ達に促されるまま、オレとエルは1軒の家へと足を踏み入れた。
家の中は驚いた事に、簡素ではあるものの全て新品であり、この家が丁寧に作られた新築である事が分かる。
しかも、チラッと見えた部屋にはエアコンが付いているではないか……こんな場所にエアコン? 一体どうなってる。
「これは……中はずっと立派なんだな……外観はワザとみすぼらしくしてあるとしか思えない……しかもエアコンまで……」
「そうですね……でもこの感じ……どこか兄さまの家に似ている感じがします」
このエルの言葉に反応したのはマールだった。
「ええ、この家はアルドの家を改築したギーグさんに作ってもらったの。隣にも同じ家がもう1軒あるのよ」
「え? マール、これと同じ家がもう1軒あるんですか?」
「フフ……こっちはアルドのための隠れ家。隣はエルファスの分よ。ここなら王子の目も届かないから、2人も窮屈な思いをしなくて済むでしょ? ジョーさん達は使徒の件を知っている数少ない協力者だから、アシェラ達と相談してこの場所に決めたの」
マールは楽しそうに、この家を作った経緯を話している。きっと以前 話していたマイホームの夢を、思わぬ形で実現できて嬉しくてしょうがないのかもしれない。
なるほど……色々驚く事はあったが、どうやらこの家は嫁達からオレ達へのサプライズなのか。
確かにブルーリングへ帰っても、領主館ではどこに王子の目があるか分からない。
更に言えば、領主館ですら仮面を被って過ごしている以上、自宅でノンビリ過ごすなど絶対に無理だ。
「なるほど……ここを作った経緯は分かったよ。ありがとな、アシェラ、オリビア、ライラ。凄く嬉しいよ」
「ここならアルドも自由に過ごせる。ゆっくり疲れを取ると良い」
「ゆっくりと休んでください、アルド……そ、それと……後で少し話があるのですが……時間を作ってくれますか?」
むむむ……この場では出来ない話なんだろうか……アシェラが笑みを浮かべているので悪い話では無いだろうが……
「アルド君、私も赤ちゃんが欲しい! お願い!」
ライラはどうしたんだろう。オレが戻ってから、「子供が欲しい」とそればかり言ってる気がする。
「わ、分かったよ、ライラ。でも子供は授かりものだ。そんなにポンポン自由には出来ないんじゃないか? それとオリビア、話は聞くよ。何処で聞けば良い?」
「それなら私の部屋でお願いできますか?」
「分かった。じゃあ、行こうか」
「ええ、ありがとうございます……」
オリビアと共に席を発つと、アシェラとマールは薄っすら笑みを浮かべている。ライラだけは何故か眉根を寄せて、何かを言いたそうであったが……
◇◇◇
オリビアに促されて付いて行った先は、自宅の半分ほどしか無いこじんまりとした部屋であった。
「アルド、この椅子にかけてください」
「ああ、ありがとう。それで話って言うのは何だ?」
「そう急がないでください。このお菓子、アシェラと一緒に作ったんですよ。感想を聞かせてくれますか?」
「アシェラと……頂くよ……ん……甘すぎず美味しいな」
「そうですか。気に入ってもらえて嬉しいです……」
何処か言い難そうにするオリビアに、オレは一抹の不安を感じていた。
何だろう……そんなに言い難い事なんだろうか……オレ、何かやっちゃった? もしかして三行半を突き付けられるとか……
嫌な予感にオレが露骨にビビり始めると、オリビアは少し困った顔で口を開いた。
「そんなに怯えないでください。まだ確実では無いですが、アルドにも知っておいてもらいたいだけですから」
確実では無い……知っておいてほしい? 何の話だろう……全然、思い当たる物が無いんですが!
頭に?を浮かべるオレを尻目に、オリビアはゆっくりと話し始めた。
「実は最近、月のモノが無くて……念のため、アシェラのお母様にも診てもらったのですが、恐らくできたのでは無いかと……」
は? 月のモノって……え? できたって……もしかして……
「……妊娠?」
「ええ。まだ確実では無いですが、そうじゃないかと……アシェラのお母様が……」
………………………………ハッ、一瞬 意識が飛んでた!
「お、お、オリビア! おめでとう! いや、違う! ありがとう! お、オレ、何て言ったら良いのか……本当に、本当にありがとう!!」
「あ、ありがとうですか?」
「ああ、ありがとうだ。だってオレの子供を産んでくれるんだろ? だったらありがとうだ! あ、お腹……冷やさないようにしないと」
「フフ……アルドらしいですね。まだツワリもありませんから。アシェラのお母様からは、激しい運動をしなければ、普段通りの生活で構わないと言われています」
「そうなのか……ちゃんと診て貰ってるなら……でも、そうか……オリビアが妊娠……そうか……」
「まだ確実ではありませんが。でも何となく私は、お腹の中に赤ちゃんがいるような気がするんです……」
そう言って自分のお腹を撫でるオリビアは、素直に美しく見え、喜びに満ち溢れていた。
◇◇◇
オリビアと話をした後の事。
食堂へ戻ると、アシェラとマールの姿が無くなっており、ライラとエルだけが所在なさげに座っていた。
「アシェラとマールは?」
「2人共、領主館へ戻りました。サナリスとシャロンを連れてくると言って……僕は誰かに見られるとマズイと言う事で留守番です」
「なるほど……」
アシェラは兎も角、幾ら氷結の魔女の弟子とは言え、マールを護衛無しに歩かせるのは流石に問題がある。
しかし、マナスポットを使って移動する以上、騎士に護衛してもらうのは難しい。
結果、アシェラがマールの護衛を兼ねて領主館へ向かったのだろう。
「そうか、シャロンも連れてくるのか……じゃあ、オレ達は旅に出るまでの間、ここで羽を伸ばせるってわけだな」
「そうですね。本当にありがたいです……感謝しかありません……」
「ああ……戦いだけじゃ、いつか本当に修羅になりかねん……何のために戦ってるのか、たまには肌で感じないとな」
「はい。取り敢えず1週間は休息を取るんでしたよね? 僕はその間、サナリスとマールの傍にいようと思います」
「それが良い。オレもアシェラやオリビア、ライラやシャロンと一緒にいるつもりだ」
エルと話していると、何時の間にかライラがオレの後ろに立ち、服の裾を摘まんでいる。
「私も子供が欲しい……」
エルには聞こえないほど小さな声だったが、オレの耳にはしっかりと聞こえていた。
あー、なるほど。やたらと「子供が欲しい」と言っていたのは、アシェラに続きオリビアも妊娠した事から、ライラはプレッシャーを感じていたのか。
嫁に不安を感じさせるつもりは無いし、オレは子作りが大好きだ。しかし目の前にエルがいるわけで……
今から子供を作るから、お前 帰れよ……何て言えるはずも無く。
結局、首を傾げるエルを愛想笑いで誤魔化し、アシェラとマールが帰ってくるまでライラを宥め続けたのであった。




