466.カナリス伯爵 part3
466.カナリス伯爵 part3
カナリス伯爵から了承の言葉をもぎ取り、使徒の件を話していった。
『………………と言う事で私は今代の使徒。魔族の始祖ティリス様と同じ使命を帯びた者です』
オレの話が想像の埒外だったのだろう。カナリス伯爵と騎士の2人は口をポカンと開け、呆けたように固まっている。
更に魔族の危機についても話すつもりなのだが、この状態ではどこまで頭に入るのか……悩んだ末、3人が現実に帰ってくるまで待つ事にした。
暫くの時間が過ぎた頃、カナリス伯爵がポツリポツリと口を開く。
『し、使徒様……アナタ様は自分が世界を救う使徒様だと、そう言われるのですか?』
『はい。先ほどのアレは、私の精霊でアオと言います。この指輪は私とアオの契約の証。魔法具ではありませんが、先ほどのルイスの話は嘘が一切 無いのです』
『し、信じられない……世界が終わるなどと……そんなバカな……』
『それは私が失敗すればです。魔族にも始祖ティリス様の使命は伝わっているのではありませんか? 私の全て賭けて、世界を救ってみせます』
カナリス伯爵は絶望の中に光を見たように、オレへ信仰と言う名の狂気の目を向けてくる。
『あ、あの……が、頑張りますから? 万が一の場合はチカラを貸してほしいかなぁって……は、ハハハ……』
やっとカナリス伯爵が落ちついた頃、改めて話しかけた。
『閣下、落ち着かれましたか?』
『か、閣下など、恐れ多い! アナタ様が誠に使徒様であるのなら救世主と同義。私などに畏まる必要などありません』
うーん、話が早いのは良いが、正直 これはこれで面倒臭い。
例えば明日の朝、カナリス伯爵がいきなりオレへ敬語を使い出して、オレが呼び捨てにでもしようものなら、周りの者は何事かといらぬ詮索をされてしまう。
『ではカナリス卿と。それと申し訳ありませんが、私が使徒である事は秘密にして頂きたいのです。ご存じかとは思いますが、使徒と言う事は新しい種族の始祖でもあるのです。この件が漏れれば、きっと多かれ少なかれ、争いが起きてしまう……将来はしょうがないとしても、今は困るのです。ですので私の事は今まで通り「アルド君」と。そして敬語も止めて頂きたい』
カナリス伯爵は少しの時間、何かを考えてから躊躇いがちに口を開く。
『アルド様の言う事は理解できます。僭越ではありますが、人の目がある際には今まで通り「アルド君」と呼ばせて頂こうと思います』
少し不満そうではあるが、納得はしてくれたみたいだ。
ここからはいよいよグリムの話をしなければ。これは魔族が絶滅の危機に瀕しているデリケートな話だ。
更に言えば、今代の使徒であるオレとグリムの確執も関係してくる。
オレは慎重に言葉を選びながら、口を開いたのであった。
『カナリス卿、話はまだ終わっていません……ここからは世界の崩壊とは全く関係の無い話をしなくてはなりません。具体的には魔族と言う種全体の危機……それと、グリム……敢えて呼び捨てにさせてもらいます。グリムと私の確執についてです……』
オレがグリムを呼び捨てにした事で、カナリス伯爵と騎士の2人は一瞬 剣呑な空気を出したが、オレが使徒である事で渋々 怒りを治めてくれた。
『先ずは私が以前、ここへ訪れる事になった理由をお話します……あれは4年前、私が結婚式の準備をしていた時でした………………』
ここまで詳しい内容をカナリス伯爵へ話すのは訳がある。
グリムがどれだけティリスを偏愛していたのか……人と言う種へどんな感情を抱いているのか……そして自身の眷属である魔族へどれだけ絶望しているのか……そして、今代の使徒であるオレへ何をしたのか……それを理解してほしかったのだ。
勿論、アルジャナの件やハクさんの件、妖精族の件や既に幾つかの国と同盟を結んでいる件など、話していない事は沢山あったが、グリムがどんな想いでティリスと旅を続けたのか、どうやって歪んで行ったのかは分かってもらえたと思う。
『………………と言う事で、私の精霊が他の上位精霊へグリムの説得を頼んでいます。それとは別に、アオはティリシアのマナスポットを修復したいと言い出しました。マナの精霊である自分にしか出来ないと……私は以前の旅で沢山の魔族に助けられました。私もアオと同じ気持ちです。魔族の危機に対して根本的な対策では無いのは分かっていますが、僕達にマナスポットを修復させてください。お願いします』
カナリス伯爵と騎士達は、自分達にグリムの加護が薄くなっている事を知って呆然としている。
それはそうだろう。「世界はどうあれ、お前達は遠くない先に絶滅する」と言われたも同然なのだから。
本当なら取り乱しても仕方が無いはずなのに、3人は青い顔をしながらもグッと気持ちを抑え込んでいる。
暫くの時が過ぎ、カナリス伯爵はその場で跪いて叩頭礼……いわゆる土下座を初めてしまった。
直ぐに2人の騎士もカナリス伯爵へと続く。
『アルド様……魔族を代表して、アナタと精霊様に最大の感謝を申し上げます……どうか魔族をお救いください……どうか……』
『止めてください! 頭を上げてください!』
『ですが……世界だけで無く、魔族の危機まで……しかも、アナタ様はグリム様を恨んでもおかしくないのに……それでも魔族を救うために奔走すると言う……我々はどうやってその恩に報いれば良いのか……』
『先ほども話したはずです。私は以前の旅で沢山の魔族に助けてもらいました。その中にはカナリス卿、アナタも勿論 入っています。それに親友のルイスに、その恋人のラヴィさん。私にとっても大切な魔族は沢山いるんです。そんな優しい種族が精霊の気まぐれで滅ぶなんて許せるはずがない。皆、必死で生きているんですから』
オレの言葉を聞いて、やっとカナリス伯爵と騎士達は叩頭礼を止めて顔を上げてくれた。
『アルド様、私は今、心から感謝しています。今代の使徒にアナタを選んでくれた運命へ……精霊の導きに最大の感謝を……』
暫く話をした後、夜も更けた事であるし、続きは明日以降へ持ち越される事となった。
ここから先の交渉に関しては、ルイスが主となって行う事になる。申し訳無いが、切りのいいタイミングでオレ達はアルジャナへ旅立つつもりだ。
一時の張り詰めた空気が弛緩し始めた頃、カナリス伯爵は2人の騎士へ対して絶対にこの件を話さない事を誓わせていた。
『良いか、この件は世界と魔族の命運がかかっていると言っても過言では無い。人の口に戸は立てられない以上、ここで抑える必要がある。今聞いた全てを口外する事は許さん。当然ながら家族や親しい者にもだ。不用意な発言は世界……いや、自分の大切な者が死ぬ事を理解しろ。分かったな?』
『はい……このような事、私には荷が重すぎます……絶対に口外しない事を、愛する家族と始祖ティリス様へ誓います』
『わ、分かりました! 全て墓の下まで持って行きます!』
それからもやり取りを聞いていると、この2人は騎士の中でもそれなりの立場にいる者達のようだ。
年配の方は何とカナリス騎士団団長であり、若い方は親衛隊の隊長なのだとか。
どうやらルイスとオレがフォスターク所属とは言え貴族家の子息、エルに関しては嫡男と言う事で、それなりの役職の者を配置した結果だそうだ。
これに関しては、ぶっちゃけ運が良い。
幾らカナリス伯爵が戒厳令を敷いたとしても、平の騎士が上役から詰問されれば、口を割ってしまう可能性が高い。
騎士団長と親衛隊隊長なら口を噤む事もできるだろう。
こうして当初の計画とは違うものの、何とかカナリス伯爵との交渉は成功したのであった。
◇◇◇
カナリス伯爵へ使徒の件を話して3日が過ぎた。この間はルイスが先頭に立ち、交渉を行っている。
想定していた通り、ティリシアの東部を纏めている皇家のミュラー家の許可が無ければ、マナスポットの修復は難しいらしい。
「皇家か……信用できるのか?」
「分からない。ただカナリス伯爵の話では、今の当主は女性でとても穏やかな人だそうだ。尤もその分、押しに弱くて頼りない感があるらしいがな」
「なるほど。穏やかと頼りない……一面を表と裏から見た評価って所か」
「ああ。それとティリシアでは東の土地が一番豊らしいからな。西部と特に南部からの無理な援助要請に応えて、水面下では不満が溜まっているそうだ」
「じゃあ東部としては、マナスポットを修復してもらえるなら援助も少なくて済む。オレ達の頼みは渡りに船なんだろうな」
「ああ。ここ東部は勿論、西部と南部は諸手を挙げて喜ぶだろってのがカナリス伯爵の見解だ。元々 南部は荒地が広がる荒野らしい。他が潤えば、それだけ援助も頼み易くなる。反対する貴族家は無いだろうって話しだ。ただ北部だけはちょっと事情が異なる。土地は他と同じように痩せてるらしいが、海に面しているためだろう。東部と同じように西部と南部へ援助を行っているそうだ」
「なるほど。話を聞く限り、どの土地もマナスポット修復を拒む理由は無いんじゃないか?」
何気なく零した言葉に、ルイスの顔が曇ったのをオレは見逃さなかった。
「どうした? 土地が蘇るなら拒む事なんか無いだろう?」
ルイスの話した内容はこうだ。
ティリシアは、東西南北を代表する4つの皇家の中から選ばれる形で皇帝が立つ。
それ自体は民主主義の卵のような物で、オレからすれば好ましくさえ感じられる。きっと情報伝達の速度や政治体制が発展すれば、民主主義が生まれる土壌になるだろう。
そんなオレの心情を無視するかのように、ルイスが口にしたのは「独占」の言葉だった。
ルイス曰く、南部と西部は援助に頼っている関係から、現実には北部と東部が「皇帝の座」をほぼ独占しているのが現状だそうだ。
そこへマナスポットの修復……既存の利権を根底から崩し兼ねない非常に判断に悩む案件らしい。
勿論、先日 本人が口にした通り、カナリス伯爵 個人はマナスポットの修復を歓迎している。
しかし、それはカナリス領が最東端に位置して、ティリシアの中でも1,2を争う豊かな土地を得ているからこその言葉だ。
言い換えれば、皇帝の座に関係が無く、一方的に援助する負担を軽減できる者としての言葉である。
しかし東部と北部の皇家からすれば、ほぼ独占している「皇帝の座」を手放す事にもなるわけで……
正直、カナリス伯爵としても、東部の皇家であるミュラー家がどんな決断を下すのか判断できないらしい。
「女領主で穏やかな人物とは聞いてるが、当然ながら伴侶や親族がいる。ミュラー家として、どんな答えを出すのかは分からないそうだ」
「ハァ……何だそれは……種族全体の話だぞ? しかも将来に繋がっていく話でもある。今の政治的な損得なんて言ってる場合じゃないだろ……」
「オレもそう思うぜ。全く……これじゃあグリム様が魔族を見捨てたのが正しいみたいじゃねぇか……」
う”……これは言葉に詰まる。何も返せないオレの後ろから声が上がった。エルだ。
「ルイス、それは違います。確かに人は愚かなのかもしれません。でも全ての魔族がそうでは無いでしょう。沢山の人が日々 一生懸命生きている。そんな罪の無い人達が精霊の気まぐれで滅ぶなんて間違ってます」
エルの正論にルイスはばつの悪い顔で口を開いた。
「そうだな……今のはオレが悪かった。万が一、皇家がマナスポットの修復を反対しても、本音では何が正しいか分かるはずだ……エルファス、ここからは魔族であるオレの仕事。誰であっても必ず説得してみせる。お前達はアルジャナへ向かってくれ」
ルイスはこう言うが、本当に任せて大丈夫なんだろうか……東部と北部の皇家……利権とその消失……これはヘタをするとティリシア全土を巻き込んだ政争へと発展する可能性がある。
既にカナリス伯爵へ、使徒の件は皇家であっても秘密にしてもらう約束をしてある以上、矢面に立つのはルイス個人になってしまう。
「ルイス、本当に大丈夫なのか? 最悪はお前の命が狙われるんじゃ……」
「大丈夫だよ。何年、お前に鍛えられたと思ってるんだ。それに今はチビさんのドラゴンアーマーも空間蹴りの魔道具もある」
これはどう考えれば良い……確かに1対1で真正面からならルイスはかなりの手練れである。恐らく大抵の敵は簡単に返り討ちにするだろう。
しかし不意打ちや多数で襲われでもしたら……しかしアルジャナにもこの機会に行っておきたい……答えを出せない難問を前に悩んでいると、唐突に「待った」の声が上がった。
「ちょっと待て。私もルイスと一緒にティリシアへ残る事にする」
声の主はラヴィだった。相変わらず言葉は簡素だが、その目にはルイスの身を案じ、絶対に付いて行くと決意の火が灯っている。
「ダメだ、ラヴィ。お前はアルジャナへ向かえ。久しぶりの故郷を楽しみにしてたじゃねぇか。それに、この地は危険すぎる。お前をこんな場所に置いてはおけねぇ」
「お前……ルイス! お前はここが危険だって分かってたのか! そんな場所にお前だけ残していけるか! 私は絶対に付いて行くからな」
やいのやいのと喧嘩を始める2人を見て、新たに2人が口を開いた。
「ルイス、オレも残るんだぞ。ここにお前だけを置いて行くと、2度と会えなくなる気がするんだぞ……」
「私もラヴィと残る。ここのご飯は美味いからな。アルドと行くよりこっちが良い」
この場には何とも言えない空気が満ちている。特にメロウ……アナタはどこまで本気なんですか?
どうするのか……ネロ達が本当に残るのであれば、空間蹴りの魔道具延長処理の件もある。
結局、アルジャナ行きの出発を、もう1日 延ばす事になったのであった。




