465.カナリス伯爵 part2
465.カナリス伯爵 part2
カナリス伯爵へ嘘を吐いた後、オレ達は客間へと通された。部屋割りはオレとエルとルイス、ネロとカズイ、ラヴィとメロウの3部屋である。
自分の部屋に荷物を置いた後、今は一番広いオレ達の部屋に全員が集まっている所だ。
「どうするつもりだ、アルド」
開口一番、ルイスが呆れた顔で口を開く。
「そりゃ、アオを呼び出してカナリス伯爵に見せるつもりだ。実際にアオをみれば、流石に信じるだろ?」
「まぁ、実際に精霊様を見ればな……カナリス卿も信じるとは思うが……」
ルイスの奥歯に物が挟まったような物言いを聞き、喉まで出かかっている言葉を代わりに吐いてやった。
「アオがちゃんと受け答え出来るか心配なんだろ?」
「むぅ……あの方がどうこうって話じゃなくてな。以前の話からの推測だけど、全ての精霊様は人の世に疎いんだろ? マズイ事を言わないかって思ってな……」
「うーん……ただなぁ。じゃあ他に良い方法があるか? 元々、使徒の件を話して協力を募るつもりだったんだ。最悪はバレてもしょうがないだろ」
「そりゃそうなんだが……お前から見てカナリス卿はどう見える?」
「以前の件も含めて、あの人は善性の者だと思う。勿論、領1つを治めている以上、時には大切な者すら切り捨てる胆力は持ってるだろうけどな。でもお前も、信じられると思ったからこそ、カナリス伯爵へ話を持っていったんだろ?」
「まぁな。ただオレ達が見えてるのは表面だけだ。人は誰も裏の顔がある……」
「お前がコッソリとラヴィさんを口説いてたみたいにか?」
「おま、今はそんな事どうだって良いだろうが! それにコッソリとか人聞きが悪い。オレは堂々とラヴィを口説いたぜ」
「こう言ってますけど、ラヴィさん、本当ですか?」
「ん? ルイスは力強く私の唇を奪ってきたぞ。酒を飲んだ帰りにいきなりで驚いた」
「おま! ここで言うか? それにそれは付き合った後じゃねぇか! そもそも……」
「まぁまぁ、痴話喧嘩はそれぐらいにして、そんな事よりカナリス伯爵の事だ」
「お前が振ったんじゃねぇか!」
ルイスをおちょくるのはそろそろ止めておこう。これ以上は本気で切れそうだ。
「悪かったって。アオに口裏を合わせてもらうとして、後はオレが指輪を持ってる以上、カナリス伯爵がどう出るか……」
「ハァ……もう好きにしてくれ……カナリス卿はお前を旅立たせないようにするだろうな。出発を妨害してくるか、最悪は力尽くで抑えようとしてくるか……」
「逃げ出すだけなら以前と違って馬がいないからな。空間蹴りでどうとでもなる。問題は残ったお前だけでカナリス伯爵と交渉できるのか?」
「……何とかする。お前の精霊様がグリム様を説得してくれている件と、ティリシアのマナスポット修復は別の話だ。こんなチャンスはこれから先、無いかもしれない……いや、きっと無いんだろう。お前の精霊様がマナの精霊って事は、これが最初で最後のチャンスのはずだ。魔族の未来のために、絶対に何とかしてみせる!」
それからも細かい話をしたのだが、アオとカナリス伯爵、2つの不安要素がある以上、全てを完全に予測するなど出来るはずも無かった。
「じゃあアオを呼び出す。悪いが皆で雑談して声をかき消してほしい」
全員が頷いて、世間話を初めた所でアオを呼び出した。
「今日は呼び出すのが早くない? 何かあったのかい?」
「今回はアシェラ達への報告で呼び出したんじゃないんだ。お前に頼みたい事がある。実は………………」
カナリス伯爵の前で姿を見せ、自分が指輪の魔法具に封印されている精霊だと嘘を吐いてほしいと頼んでみた。
「何だよ、それ。僕は上位精霊なんだよ。下級精霊ならいざ知らず、魔法具なんかに封印されるわけ無いじゃないか」
「そこを何とか頼めないか? そうしないと使徒の件を話さないといけなくなるんだ」
「話せば良いじゃないか。そもそも遠い昔、魔族が壊したティリシア王都のマナスポットを治してあげるんだよ。魔族に話して何で悪いのさ。アルドの言う事は意味が分からないよ」
アオの言う事は尤もである。しかし、なるべく使徒の件を伏せておきたいのも事実なのだ。
やはり精霊に人の世の事は理解できないのだろう。
どうしたものかと頭を抱えていると、唐突にルイスが口を開く。
「精霊様、発言をお許しください」
「ん? ルイスか……何だい、言ってみなよ」
「ありがとうございます。ティリシアのマナスポットを治してもらえるのは、同じ魔族として感謝しかありません。しかし今の時点で、いたずらに使徒の件を広めるのは、妖精族にとって妙手とは言えないのです」
「だから、それが何でだって言ってるんだよ。マナスポットを治すんだよ? 魔族にとって良い事しか無いじゃないか。それで妖精族に何の不利益があるのさ」
「人が全て精霊様のように考えられたらその通りだと思います。しかし人には瘴気の元となる負の感情があります。使徒の件が露見した場合、それを使って強請やタカリをしてこないとは言えないのです」
「助けてもらって、そんな事をしてくるはず無いじゃないか」
「いえ、悲しい事ですが人は欲深い生き物です。全てではありませんが、一部の者は確実に行ってくるはずです……」
「……」
アオは何も言わず、露骨に不機嫌な顔でルイスを見つめている。
そして数分が経った頃、諦めたように口を開いた。
「ハァ……分かったよ。アルドの言うように嘘を吐いてあげる……」
「ありがとうございます、精霊様」
「でもねぇ、上位精霊が嘘を吐くなんて、本来許される事じゃないんだよ。こんな事はこれっきりにしてよね!」
「ああ、分かってる。助かるよ、アオ」
アオは何とか了承してくれた。確かにアオが嘘を吐いた所を見た事が無い。
精々、子供を100人産まないといけない件をアシェラ達にぶちまけて、誤魔化して逃げ出す所を見たぐらいだ。
やはり瘴気を持たない精霊と言うモノは、人と根本の在り方がまったく違うのだろう。
そうして全ての準備を完全に終え? 夜中までの時間を潰したのであった。
◇◇◇
日付がもう直ぐ変わる夜中ではあるが、オレ達とカナリス伯爵は客間に集まってアオを呼び出すのを待っている。
あー、眠い……何で夜中とか言っちゃったんだろ……呼び出すのに時間がかかるとかにしておけば良かった……
目をシパシパさせながら待っていると、カナリス伯爵が声をかけてきた。
『アルド君、そろそろ時間じゃないかね? 指輪の精霊を呼び出せるのでは?』
『あー、そうですね。ではやってみます』
ぶっちゃけ、何時でも呼び出せるので、そろそろと言うならとっとと呼び出して布団に入りたい。
『では行きます。「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ………………ちょうきゅうめいの ちょうすけ」 精霊よ、出てきてください』
それっぽくジュゲムを呟いてから、アオを呼び出した。
予め言ってあったからなのか、指輪からアオが一回転しながら飛び出してくる。うーむ、中々の演出だ。
当のカナリス伯爵は、目を見開いてアオを凝視して固まっている。
「何か用かい? 人の子」
『精霊様、お聞きしたい事があります。よろしいでしょうか?』
「僕に答えられる事ならね。言ってみなよ」
『はい、ありがとうございます。ここティリシアには遠い昔、壊れてしまったマナスポットがあります。そのマナスポットを修復する事は可能なのでしょうか?』
「他の精霊には壊れたマナスポットの修復なんて無理だろうね。でも僕はマナの精霊だ。僕であれば「魔瘴石」を使ってマナスポットを修復できるはずだよ」
おま、魔瘴石の件を口止めして無かったオレが悪いのだが、カナリス伯爵の前で何を言い出すんだ、コイツは!
アイコンタクトと小声で「魔瘴石の事は言うな」と伝えようとしても、アオは怪訝な顔で尚も口を開く。
「ん? 何だい? 魔瘴石がいるのは当たり前だろ……え? 聞こえないよ。もぅ、何なんだよ」
これはどうすれば良い……チラッと振り向いて、カナリス伯爵の顔を見たが、怪訝な顔でオレとアオを見つめている。
『あ、あの精霊様。も、もう帰って頂いて結構です。ありがとうございました』
これ以上は流石にマズイ。急いでアオを帰らせようとしたのだが、今度はアオの地雷を踏んでしまったようだ。
「なんなんだよ。僕はちゃんとやってるだろ! だからこんな嘘は嫌だったんだよ! 大体アルドはね、いつもいつも無理ばっかり言ってくるけど………………」
あー、これ、もう無理だわ。アオがギャーギャー言ってる中、後ろを見るとカナリス伯爵の眉間に深い皺が入っている
『アルド君……これはどう言う事なのかな……説明してほしい……』
護衛の騎士が2人もいるし、アオの姿も見られてしまった……オレは天を仰いで大きな溜息を吐くしか出来なかったのである。
◇◇◇
取り敢えず、平謝りしてアオには帰ってもらった。
今は応接室に場所を変え、カナリス伯爵と2人の護衛から謎のプレッシャーを浴びせられている。
ここまで来ると、どうやっても言い逃れ出来る気がしない。ここから挽回できるヤツがいるなら、ソイツはきっと稀代の詐欺師か狂信的な宗教家だろう。
しかしオレにそんな才能も頭もあるはずが無く……
エルやルイスの憐れむような目を受けて、渋々 口を開いた。
『閣下、先ほどの精霊は本当にマナの上位精霊です。アイツは間違いなくティリシアのマナスポットを修復するチカラを持っています。それだけは信じて頂きたい』
『……申し訳ないが、今は君の言う事を信じる事はできない……しかしアレは一体……正直、混乱している……』
『……お気持ちお察しします』
カナリス伯爵と2人の騎士は、「お前が言うな!」と目が訴えている。
しかし、こうなってはどうやって事態を収拾すれば良いのか……エルやルイスを見ても、諦めた顔で全員が小さく首を振っている。
ハァ……アオに頼んだ時点で、こうなるんじゃないかと思ってたんだよ……
オレは心の中で自分の尻を蹴り上げてから、居住まいを正してカナリス伯爵へ向けて顔を上げた。
『閣下、事ここに至っては、全ての真実を申し上げます。但し、これから私の話す内容は、魔族……いえ、全種族の未来に関係する事です。閣下の行動によっては、世界に危機が訪れる事を先にお伝えしないといけません。後ろの騎士の方々も心してお聞きください』
『ちょっ、ちょっと待ってくれ。世界の危機だと? アルド君、君は何を言っているんだ……』
『ティリシアのマナスポットを修復する裏には、それほどの秘事があるのです。万が一、「そんな事は聞きたく無い」とおっしゃるのであれば言ってください。残念ですが、直ぐに我々は立ち去ります。その場合は当然、ティリシアのマナスポットはそのままになってしまいますが……如何いたしますか?』
カナリス伯爵は見るからに狼狽している。後ろの騎士2人へ小声で話しかけているが、態度が決まる事は無さそうだ。
『アルド君……1つ聞きたい。本当に王都のマナスポットを修復できるのだろうか?』
『はい。修復は間違いなく可能です』
『……対価は……マナスポットの修復など聞いた事は無い。これほどの対価に君は何を望むのだ?』
『直接的な対価を求めるつもりはありません。しかし、幾つか頼み事を聞いてもらいたいと思っています』
『頼み事……それを教えてもらう事はできるのだろうか?』
『申し訳ありません。それは全てを知って頂いた後に提示する事になります。勝手を言っている自覚はありますが、そこだけは譲れません』
カナリス伯爵は天井を眺め、オレ達を見つめを繰り返している。
恐らく以前の交渉のように、「力尽くで」と脅しも選択肢に浮かんだのだろうが、オレやルイスの戦闘力を思い出したのだろう。
そうしてどれほどの時間が経ったのか。カナリス伯爵は疲れた顔をゆっくりと上げ、小さく呟いた。
『ティリシアの貴族として……いや、1人の魔族として王都のマナスポット修復を拒む事はできない……アルド君、話を聞かせてほしい……』
『分かりました。最後にもう一度だけ確認させてもらいます……この話を聞いたら最後、もう逃げられません。閣下、騎士のお二方も……本当に良いのですね?』
3人は、諦めたように小さく頷いたのである。
カナリス伯爵が小声で、「恐ろしい男だ……」と呟いたのが印象的であった。




