463.マッサージチェア
463.マッサージチェア
マールの宣言から幾ばくかの時間が過ぎた頃。おもむろに爺さんが口を開いた。
「確かに貴族籍を抜いたアルドの側室では、妾や子供の費用をブルーリングで出すには色々と問題が出るか……エルファス、お前は本当に良いんだな? この話を進めるには、ある程度 使徒の件を話す必要が出てくる。途中で「やっぱり止めます」とはいかんぞ。最後にもう一度聞く。エルファス、マール、本当に進めても構わないのだな?」
エルとマールはお互いの顔を見つめ、しっかりと頷き合う。
「はい。お祖父さまの言われるように、兄さまより僕が適任なんでしょう……であれば、僕も腹を括ります」
「お祖父様、私はエルファスを信じます。体は兎も角、心は私だけの物であると……お話をお進めください」
爺さんは2人を見て小さく頷いた。
「分かった。ヨシュア、お前は直ぐに王都へ向かうのだろう。この件はワシが預かる。エルファス、マール、2人も良いな?」
「分かりました、父さん。こちらはお任せします」
「僕は直ぐに兄さまと旅立ちますので……お祖父さまにお任せします。ですがマールの意思だけは尊重してあげてください。お願いします」
「お祖父様へお任せします」
「エルファス、心配するな。マールの意向に最大限 添うように差配する」
「ありがとうございます……」
ある意味 長年の懸案事項が片付いたわけであるが、全てをエルに背負わせる形になってしまった。
確かにオレの側室をブルーリングで面倒を見るのはおかしい。爺さんの言う事は最もなのだが、本当に良いのだろうか……改めて2人へ聞いてみた。
「エル、マール、本当に良いのか? 全部お前達に任せる事になって……」
エルとマールはお互いの顔を見て、少し眉根を下げて話し始めた。
「実は随分前からマールとは話してたんです。子供を作っても放置は出来ない以上、兄さまに頼るのは難しいって……子供が成人するまで母子共に生活を保障するのなら、側室しか方法はありませんから」
「本当はもっと前から進めるべきだったと分かってたの……でも、どうしても踏ん切りがつかなかった……ごめんなさい」
「謝らないでくれ、マール。簡単に割り切れないのも良く分かるんだ。それでも子供達の未来のために、良く決心してくれた。本当にありがとう」
「マール、ごめん……本当はボクも責任を負わないといけないのに……」
「アルド、アシェラ、大丈夫。私も私の出来る事、やるべき事をする。私だって使徒の伴侶なんだもの。アシェラやオリビア、ライラに負けてられないわ」
「マール、アナタの勇気に最大の敬意を。私に出来る事があったら何でも言ってください。微力ながらチカラになります」
「マール、ありがとう……私には取れない選択をしたアナタを尊敬する。アナタこそ妖精族の真なる母」
「オリビア、ライラも……そんなにおだてないで。妖精族の母はこの場にいる4人 全員よ。未来の子供達ために、全力を尽くしましょう」
全てを吹っ切った顔で笑うマールは素直に美しかった。
しかし忘れないようにしなければ。マールがどんな思いで側室を認めたのかを。
張り詰めていた空気が弛緩していく……しかし側室か……酒池肉林……そんな言葉が頭を過るが……エルよ、強制される子作りは、そんなに良いモノじゃないと思うぞ。
オレはエルの冥福を祈るのだった。
◇◇◇
マールが側室を認めた次の日。心配していたチビのドラゴンアーマーも無事に完成し、オレとエルはピカピカの鎧に袖を通している。
ボーグには無理をさせてしまった。本人へ感謝の言葉を伝えると「ヘッ、必要な時に必要な物を用意する。それが一人前の職人だ。気にするんじゃねぇ」との言葉を賜った。
本当に頭が下がる思いである。ボーグに何か必要な素材が出来たら、是非 協力したいと思う。
そんなボーグとのやり取りを終え、オレにはもう1つやらないといけない事がある。
実は以前から風呂上りの気だるい時間に、何か物足りなさを感じていた。
例えば温泉に出かけて、風呂上りを想像してほしい。何を思い浮かべるだろう。
卓球? いやいや。散歩? まさか。オレが望む風呂上りの至宝。そう、それはマッサージチェアだ!!
あの風呂上りの気だるさの中、あ”あ”あ”……と謎の声を発しながら座るマッサージチェア。
あれこそが至高であり至福であると思うのだ。
そんなマッサージチェアだが、ローザから怪訝な顔をされながらも地道に作ってきた第1号が、先日とうとう完成したのだ。
制作期間2年半(アルジャナからの旅は入れず)、長かった……勿論、現代日本のような高機能では無く、昭和のしょっぱいマッサージチェアではある。
しかし、人類の歴史は進歩の歴史。オレのマッサージチェアもここから至高に至るはずなのだ。
そんな1号機を、今回 無理をさせてしまった爺さんへ送ろうと思う。
思えば爺さんも60は優に超えている。きっと肩や背中、腰がゴリゴリにこっているに違いない。
このマッサージチェアで、今までの疲れを癒してほしい……決してオレのいない間に、爺さんからの要望を吸い出してもらって、ローザに改良しておいてもらおうなんて考えてすらいない。
勿論、制作にはローザも噛んでもらってるので、完成形として現代日本のマッサージチェアの性能も伝えてはある。
なので勝手に改良されていた場合、オレの与り知る所では無いのだーー。
早速、マッサージチェアを持って爺さんの下へ向かっていく。
「お祖父様、少しよろしいでしょうか?」
「入れ」
「先日 お話してた件ですが、お祖父様へプレゼントがあるんです」
「プレゼント? ああ、王城で話していた件か?」
「そうです。ちょっと待ってくださいね。少し大きいもので……」
マッサージチェアを廊下から運び入れると、爺さんが怪訝な顔で口を開いた。
「これは椅子か? しかし大きいな……」
「これの名前はマッサージチェア。肩や背中、首を揉んでくれる魔道具です」
「揉むだと?」
「物は試しです。座ってください」
爺さんは訝し気にしながらも、オレの言葉に従ってくれた。これは今までのオレの発明品の信頼によるものだろう。
風呂にトイレ、エアコン……奇抜ではあっても、危険な物が無かったからこそと自負している。
「これで良いのか?」
「はい。ではスイッチを入れますね」
ウィンウィンウィン……
昭和っぽい音を出しながら、マッサージチェアは爺さんの肩を揉んでいる。
「これは……良いな……」
「こっちのハンドルを回すと、揉む場所が変わるんです」
爺さんは気持ちよさそうな顔でハンドルを回していく。
「こ、これは……くぅぅ……」
「これはまだ試作1号機です。徐々に改良を加えていこうと思っています」
「そ、そうか……」
「ローザには目指す完成形を伝えてありますので、お祖父様から要望を伝えて頂けると助かります」
「わ、分かった……くっ……」
どうやら爺さんは気に入ってくれたようだ。オレと話しながらも、ハンドルを上に下に動かしてコリをほぐしている。
「あまり筋肉を解し過ぎると、熱が出る事がありますので。ほどほどにお願いしますね」
「わ、分かった……」
結局、オレが退室するまで、爺さんはマッサージチェアのハンドルを動かしていた。
うーん……揉み過ぎると、熱が出るのは本当なんだけどな。これは父さんから注意してもらうよう話しておいた方が良さそうだ。
こうして、爺さんへの「今まで長い事お疲れ様プレゼント」は成功に終わったのであった。
◇◇◇
いよいよカナリス領を経由したアルジャナへの旅が始まる。
今回のメンバーはオレ、エル、カズイ、ラヴィ、メロウ、ルイス、ネロの7人だ。
カナリス領でルイスが抜ける予定だが、オレとしてはネロにもルイスに付いて行ってほしいと思っている。
やはり使徒の秘密を打ち明けた後、何も起こら無いとは思えないからだ。
使徒本人であるオレやエルには危害を加えないとしても、従者となれば変わって来る。
取り込もうとしてきたり、疎んだり……最悪はチカラで言う事を聞かせようとしてくる可能性もあるからだ。
グレートフェンリルからカナリス領まで1ヶ月近くはかかる。ルイスとネロに、どこかのタイミングで話してみようと思う。
「では行ってきます。簡単な物にはなりますが、毎日 寝る前にアオへ伝言を伝えますので、僕達の安否は分かるはずです」
父さんやアシェラ達へ話したつもりだが、アオが今の言葉に食いついてきた。
「何だよその言いぐさは。忙しい中でも伝言を届けてあげるのに。アルドはもう少し僕に感謝した方が良いよ!」
「そんなつもりじゃないんだ。いつも助かってるよ。お前が伝言を届けてくれるからオレ達は安心して旅が出来るんだ。ありがとな、アオ」
「……まぁ、本当にそう思ってるなら僕に不満は無いけどね」
アオにはこれで良いとして、オレは次にアシェラ達へ向き直る。
「アシェラ、シャロンを頼むな。シャロンちゃん、パパ、ちょっとだけ行ってくるからね」
「シャロンと一緒に待ってる。絶対に無事で帰ってきて……」
「ああ、約束するよ。オリビア、家を任せる。いつも頼ってばかりでごめんな」
「私は大丈夫です。それより体にはくれぐれも気を付けてください……アルド」
「今回はエルもいるんだ、大丈夫だよ。ライラ、地図作り、無理を言ってごめん」
「ううん……私はアルド君がいればそれで良い……頼まれてた磁石もリュート領にある実家から取って来る」
「ちゃんと断ってもらってくるんだぞ?」
何故かライラは、オレからそっと視線を外してしまう……
「え? 本当にダメだぞ? ちゃんと了承してもらってきてくれよ?」
「……分かった」
ライラの、絶対に分かってない「分かった」の返事を聞きながら、オレ達は旅立ったのであった……頼みますよ本当に、ライラさん。
◇◇◇
1秒だか1時間だか分からない感覚の中、目を開ければオレ達は森の中に立っていた。
エルが辺りを物珍しそうに眺めながら声をかけてくる。
「僕はこのマナスポットには初めて飛んできました。ここはゴブリンエンペラーが主だったんですよね?」
「ああ、そうだ。魔の森の時とは違って、超振動があったからな。思ったより苦戦しなかった」
「そうなんですか……エンペラー……嫌な思い出しか無いですね」
「……まぁな」
エルと話していると、焦れたルイスが口を挟んでくる。
「2人共、そろそろ行くぞ。街道に出るまで時間がかかるからな。少し急ぐぞ」
「ああ、分かった。因みに太陽があっちだから……北は向こうか……だったら街道はこっちだな」
先ずはティリシアを目指してオレ達は歩き出したのだった。




