455.ライラの大冒険 漆 part3
455.ライラの大冒険 漆 part3
お義母様と一緒に王都のブルーリング邸へ飛ぶと、部屋にはアシェラが待っていた。
「アシェラ、アルド君は?」
「ぐっすり眠ってる。ドライアドにはボク達の事を話しておいたから、間違えて起こす事は無いはず」
「そう、ありがとう。アルド君にこの格好を見られたら、私は生きていけない……」
「大丈夫。ライラはどんな格好でも可愛い」
アシェラが私に気を使っているのは分かる。でもこんなボロを来て、死人のような化粧をした私の何処が可愛いと言うのか……せめてネコちゃんなら。
「ライラ、アシェラ、ゆっくりしている時間は無いわ。直ぐに行くわよ」
「はい、お義母様……」
「はい、お師匠」
こうして、先ほどまで眠りこけていたお義母様に急かされながら、私は懐かしい王都のリュート邸へと空を駆けていくのであった。
◆◆◆
私はラーハルト=フォン=リュート。次期リュート伯爵になるはずだった男である。
だった? そう、私は数か月前から石化病に冒され、そう遠くないうちに天へ召されるからだ。
何故私が? そう考えた事は1度や2度では無い。今まで己を殺し、ひたすらにリュート家、果てはフォスターク王国へ尽くしてきたと言うのに……精霊の加護は私には届かなかったようだ。
思えば恋焦がれた女も父の一言で縁を切り、家のためと割り切り大して興味も無い女と結婚もした。
好きだった剣術も「領主には必要ない」と言われ、もう10年以上も振っていない。
更に物心が付いた頃から「お前がリュート家を、いや、この国の安定した食料供給を担うのだ」と刷り込みのように聞かされ続けた。
確かに我がリュート領は王国のほぼ中心に位置し、広大な耕作地を抱え王都の約7割の食料を生産している。
父が言うように、我がリュート領はこの国を支える大事な柱の1本なのだろう。
そんなリュート領を……果ては王国すら自分が支える。そう信じてここまで頑張ってきたのに……しかもカムル殿下からは「将来、お前を宰相に迎える」との言葉も頂いている。
本当は死にたくない……もっと生きたい……何で私なんだ……
もう何度 思ったか分からない言葉を唱え、私は眠りに付いたのである。
◆◆◆
「…………様、…………ルト兄様、ラーハルト兄様、起きてください」
とても懐かしい声を聞きながら、私は微睡の中から這い出してくる。
「ん……誰だ? 誰かいるのか?」
石化病により、既に四肢はピクリとも動かす事は出来ない。唯一動かせる首で辺りを見回すと、部屋の隅に薄っすらと光る人影があった。
「ヒッ、だ、誰だ。な、何者だ」
「……私をお忘れですか? ラーハルト兄様」
その声、その姿、しかも「ラーハルト兄様」と呼ぶ者を私は1人しか知らない。
ライラ……かつて私が疎んで追い出した妹の1人……しかし、どう考えてもおかしい。若い、若すぎる……ライラであれば40は軽く越しているはず。
今、目の前にいるライラは、どう見ても10代に見える……どうなっている。
「そ、その姿……ら、ライラか? お、お前がどうしてここへ……いや、その見た目、家を出て行った頃のままじゃないか……」
幾つもの疑問が沸き上がるが、ライラはゆっくりとベッドの横までやってきて何も答えず私を見つめるだけだ。
「な、何故お前が……」
そこまで言葉を発して、何かがおかしい事に気が付いた。
ライラの服はボロボロで、見える肌は死者のように白い、髪も伸びきってとても手入れしているとは思えない。
これではまるで、墓の下から這い出してきたようではないか……しかも改めて見るライラは、薄っすらと光っているのだ。
「……し、死者?」
自分で吐いた言葉ではあるが、驚くほどしっくりくる。
「……お、お前は死者なのか?」
ライラは何も答えず、ジッと私を見たままゆっくりと頷いた。
「……ハハ……ハハハハ。なるほど……確かにお前には私を迎えに来る資格があるか。神童と呼ばれ父だけじゃなく、一族の期待を背負ったお前を放逐するよう囁いたのは私だからな……良いだろう。もう覚悟は出来ている。サッサと地獄でも何処でも連れていけ……」
そう話しかけてもライラは寂しそうな顔をするだけで、尚も動く様子は無い。
「どうした……連れて行くなら早くしてくれ……正直、辛くて適わんのだ。足も腕も動かす事も出来んくせに痛みだけはしっかりある……哀れだと思うなら、もう楽にしてくれ……」
私の言葉にライラは、更に近づてきて懐から何かを取り出すと、枕元の棚の上に置いた。
「ラーハルト兄様……これは万能薬。これを飲めば兄様の病気は立ち所に治るでしょう。私はこれを届けにきました」
は? 何を言っている……万能薬? 私の病気……石化病が治るだと? え?
あまりの事にまともな思考が出来ない私へ、ライラは尚も言葉を続けた。
「私はリュート家を放逐されて、ブルーリングへ流れました。そして最愛の人と出会えたのです……幸せでした。今までの全てが霞むほど……」
「お、お前は何を言っている……万能薬? 私の病気が治るだと? しかもブルーリングに最愛の人? 私には何の事か全く分からない。順番に話してくれ」
ライラはゆっくり首を振り、寂しそうに口を開いた。
「ラーハルト兄様、私には時間がありません。ブルーリングをお救いください。あそこには私の最愛の人がいるのです。フリードからもブルーリングの子供の減刑を嘆願をさせてください。万が一、聞き届けていただけない場合、私は復讐の鬼となって再び現れましょう。常々忘れませんように……」
それだけ告げると、ライラが放っていた光は徐々に眩しさが増していく。
「ま、待て、ライラ! 何を言っている。ブルーリングがどうしたと言うのだ!」
眩むような閃光に私は目を開けていられなかった。そして徐々に目が慣れた時には、ライラの姿などどこにも無く静寂が包んでいる。
何だ今のは……夢? 首を動かし辺りを見回すと……枕元の棚には薄汚い小さな瓶が置かれていた。
こ、これは……ライラは万能薬と言っていた。こ、これを飲めば石化病が治るとも……ゴクリ。
いや、しかし、こんな怪しい物を飲んで良いのか? 小瓶はボロボロで、墓の下から持ち出したと言っても信じられるほどだ。
事実、ライラが墓の下から持ち出してきたのだろうが……
私の中で葛藤が渦巻いている……しかし放っておいても後どれだけ生きられるかも分からない命。ここで死んでも大した違いは無い事に思い至った。
「毒であれば、それもまた良し。私の苦しむ姿を見てライラの気も少しは晴れるか……」
目を閉じて、遠い昔を思い出した。まだ自分が物心が付いたばかりの頃……アイツは兄妹の中で一番最後に生まれた……私は6歳になったばかりだったか……アイツと私だけは母も同じ兄妹だったのを思い出す。
「母様からライラと遊んでやれと良く叱られたっけなぁ……」
そうして暫くの時間が過ぎた頃、私は大声でメイドを呼んだ。
「誰か、誰かおらんか?」
「は、はい。直ぐに参ります」
ここ最近の私は声を上げる事すら無く、静かに死を待つのみだったからか、メイドは少し怯えながらやってきた。
「悪いが枕元の小瓶を開けて、中の物を飲ませてくれ」
「こ、これですか? こんな汚れた物を……本当にこれを飲まれるのですか?」
「ああ、そうだ。サッサと飲ませてくれ……私の気が変わる前に……」
メイドはどうして良いのか分からない様子だったが、私の真剣な目を見て怯えるように飲ませてくれた。
そして私は温かい何かが体中に染みわたる感覚を感じながら、意識は闇の中へ落ちていったのである。
◆◆◆
ライラとの不思議な邂逅の次の日。微睡の中から、ゆっくりと目を開ける。こんなに気分が良い朝は久しぶりだ……
昨日の記憶を呼び起こし、恐る恐る右手を持ち上げてみた……う、動く……左手も……足も問題ない……な、治った? 本当に治ったのか?
長い間 動けなかった体では布団すら重く感じるが、そんな事はどうでも良いほど私の中には歓喜が沸き上がっている。
「う、動ける……こんな事が……」
ベッドの淵へ手をやり何とか立ち上がってみた……体中の筋肉がギシギシと音を立てるが、その痛みすら今の私には愛おしく感じられる。
そうして、たどたどしくもテーブルの上まで辿り着いた私の前には、汚い小さな瓶が置かれていた。
そっと手に取って眺めてみる……万能薬、ライラは確かにそう言っていた。聞いた事も無い薬だが、黄泉の国の薬なのだろうか……今の私には全てが分からない事ではあるが、「フリード」、「ブルーリング」、「最愛の人」、「ブルーリングの子供」。私にも分かる言葉が幾つかある。
「先ずはフリードを呼び寄せるか……ライラ、お前が死んだ後ですら守ろうとする物……私の力及ぶ限り守る事を約束する……ありがとう、我が妹よ……」
私はライラとの約束を果たすべく、フリードを呼び出したのであった。
◆◆◆
最初フリードは動けるようになった私を見て、涙を流して喜んでいた。しかし、昨晩の不思議な出来事を話す内に徐々に顔が青ざめていく……
「お前が信じられないのは良く分かる。しかし実際に私の体は元通り……いや、持病だった咳も治っているのだ」
「い、いえ、そうでは無く……実は私もライラ様にお会いしたのです……途中で霞のように消えてしまわれましたが……」
「何だと? どう言う事だ。詳しく話せ!」
「はい……しかしそれを説明するには、ここ最近に起こった出来事を話さねばなりません。最初から説明する事をお許し下さい……」
「分かった……最初から話せ」
「はい。実は………………」
フリードの語った内容は、私が想像すらしない事であった。まさかライラの憂う全ての元凶が、フリード……遡れば私に端を発していたなど、どうして考えられると言うのか……
「……フリード、お前の忠義はありがたく思う……しかしこれは……」
「申し訳ありません……このような事態になるとは思ってもおらず……特にドラゴンスレイヤーと呼ばれるアルド……あの者にあそこまでの武があるとは想像も出来ませんでした……」
ブルーリングのドラゴンスレイヤー……ライラの言う最愛の人……ブルーリングの子供……これらの言葉を繋ぎ合わせると、私に1つの考えが浮かび上がってくる。
そんな事が……いや、しかし、死しても尚、黄泉からやってくるなど……それ以外に考えられない……
私は半ば確信も持ちながら、フリードへ自身の考えを話し始めた。
「フリード、これから話す事は内密の話だ。絶対に他言は許さん。良いな?」
「ハッ、誓って他言は致しません」
「これは仮定の話だが……ライラは最愛の人と言っていた……更にブルーリングの子供を助けてとも……私は思うのだ……もしかしてブルーリングの次期当主ヨシュアとライラは恋仲だったのでは無いだろうか……」
「そ、そんな事が?」
「そしてブルーリングの子供……アルドと言ったか? その子の本当の母親はライラでは無いかと思うのだ……」
「ま、まさか……し、しかし、それが本当であればぶ「最愛の人」と「ブルーリングの子供」に合点がいきます……ま、まさか、本当にライラ様のお子がドラゴンスレイヤーだと?」
私はゆっくりと首を振る。
「だから仮定の話だと言った。直接ヨシュアへ訪ねても、これは家の恥になる話だ。本当の事など語るはずも無い……しかし、死しても尚、冥府より這い出して来る執念……我が子の事以外あり得ぬと私は思うのだ……」
「そ、それでは……私は知らぬ事とは言え、ら、ライラ様のお子を陥れてしまったと……そう言う事ですか……」
フリードは震える己の手を見つめ、絶望に打ちひしがれている。
その姿を見て昔の事を思い出す。思えばコイツはライラの姿をいつも目で追っていた……頬を染め、羨望の眼差しを向ける様は、フリードにとって初恋だったに違いない。
そんな相手の子供を知らなかったとは言え、罠に嵌めてしまったなど……コイツの後悔はどれほどの物なのか……
私はそんなフリードへ、絞り出すように声をかけた。
「その責は私も共に背負おう……発端は全て私にあるのだから……」
「……」
◆◆◆
飛び切りアホな勘違いをした男2人は、それ以上 何も語らず、ライラの冥福と己の罪を悔いていたと言う。
その姿は正にアホそのものであった。




