444.王子 弐 part2
444.王子 弐 part2
ブルーリングを旅立って、早6日が過ぎた。
想定していた事ではあるが、この6日間、オレ達の後を付かず離れずの距離で付いて来る2つの影がある。
コチラが1人1頭、馬を使っているのに対し、向こうは行商人に扮した馬車だ。2頭引きなのは、万が一の場合、荷車を捨てて馬での追跡に切り替えるためなのだろう。
休憩の際に見た2人の動きから推測するに、タメイのように諜報を専門としている者のように思える。
好奇心から、一度、宿で食事を摂っている際、「大変だな」と声をかけたのだが、顔色一つ変えずに素知らぬフリをされてしまった。
どうせなら世間話でもと思ったのだが……まぁ、調査対象と話せないのも分かるので、それ以来、特に接触はしていない。
宿の部屋での事。この6日間は眠る前の時間に、収納経由でエルと手紙のやり取りをし、シャロンの様子を教えてもらっている。
「アシェラ、シャロンは今日も元気一杯だったみたいだぞ」
「ボクにも見せて」
アシェラにエルからの手紙を渡すと、食い入るように読み始めた。
この様子から思うに、やはりシャロンが心配でしょうがないんだろう……母親なら当たり前か。
心の中でこんな旅に同行させた事を謝罪し、手紙を読み終えたタイミングで優しく声をかけた。
「明日には王都へ着く。そしたらコッソリ ブルーリングへ飛ぼうか。まぁ、王子の目が何処にあるか分からないから、領主館からは出られないけどな」
「うん! オリビアに任せておけば間違い無いと思うけど……やっぱり少しだけ心配」
「そうだな。じゃあ、明日も早いし、そろそろ寝ようか」
「うん、分かった。おやすみ、アルド、ライラ」
「最初の見張りは私。安心して眠ってて良い」
因みに旅の間は同じ部屋ではあるが、別々のベッドで眠っている。これはアシェラとライラが言い出した事であり、どうも風呂に入れない事が大きいらしい。
オレは気にしないのに……
3人で夜のプロレスなんて……そんな夢は儚く散ったのである……グスン
結局、次の日も特に問題が起きる事も無く、王都へ辿り着いたオレ達は、真っ直ぐにブルーリング邸へと向かっていった。
馬から荷物を降ろしていると、玄関の扉が乱暴に開け放たれクララが飛び出してくる。
「アル兄様!」
勢いのまま飛びついて来るクララを抱き上げ、その場でくるくると回ってみせると、嬉しそうな顔で笑っている。
「クララ、久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」
「はい。お爺様も私も元気です」
「そうか、元気ならそれが一番だ。お爺様は執務室か?」
「はい」
「じゃあ、挨拶してくるよ。後でシャロンの顔を見にブルーリングへ飛ぶつもりなんだ。一緒に行くか?」
「はい! シャロンちゃんに会いたいです。それにサナリス君にも」
嬉しそうなクララを、アシェラとライラに任せ、オレは1人 爺さんがいるだろう執務室へと向かっていった。
「お爺様、アルドです。よろしいですか?」
「入れ」
早速、執務室へ入ると、爺さんは書類を書いていた手を休め、ホッとした顔で見つめてくる。
「お久しぶりです、お爺様。アルド、無事に到着しました」
「王都までの道のり無事で何よりだった。まぁ、お前にとっては、散歩するのと変わらんだろうがな」
そこからは、今回の王子の件の詳細を伝え、明日の謁見の件を話していく。
「………………と言う事です。エルや父様とも相談しましたが、今回は少し乱暴に事を収めるつもりです。僕も、もう直ぐ20歳。後数年で独立するのであれば、媚びへつらう姿より、チカラを見せつけるべきかと判断しました」
「……ヨシュアからの手紙で子細は聞いている。ワシに異存は無い。しかし……そうか……独立を決めて7年、もう直ぐ8年も経つのだな。早いものだ。ワシも年を取るはずだ……」
そう語る爺さんの顔は、以前より随分 皺が増え、疲れた老人のように見える。
本来なら隠居して、サナリスやシャロン、ひ孫の頭を撫でながら過ごしてもおかしくないのに……
爺さんが未だに第一線に立ち続けるのは、ひとえにオレ達への負担を下げるためなのだろう。
改めて、心の中で頭を下げて会話を続けていった。
「なるほどな、ドライアド様が薬を……」
「はい。正直、あんな知識を持っていたなんて、思ってもみませんでした。今は製法を聞いていませんが、時間がある時にでも教えてもらおうと思います」
爺さんは、少しの時間 何かを考えてから口を開いた。
「待て、これはエルフの根幹に関わる話だ。幾ら懇意にしているとは言え、他種族が秘薬の製法を知るなど、エルフからすれば許容できる話では無い。これは改めて、ワシとヨシュアで処理しておく。お前とエルファスは王子の案件に注力しろ」
むむむ……確かにエルフからすれば、多くの血を流してさえ秘匿し続けた技術だ。それを知られる事になるのか……
少し考えた結果、爺さん達に一任する事を決めたのだった。
執務室をお暇して、客間へと戻ってきた。
「お待たせ。お爺様と話してきた」
「御当主様は何て?」
「父様やエルと相談した内容で問題無いってさ。明日は予定通り、王子から病にかかった貴族家の情報を聞き出す事になる。もしかして少し強引な手を使う事になるかもしれない」
「そぅ……分かった」
オレの言葉を聞き、アシェラとライラからは軽く殺気が漏れ出ている。
あのー、あくまで「交渉で聞きだす」んですからね? 手を出しちゃダメですよ?
2人はお互いの顔を見つめ、鼻息荒く頷いている。
あー、何か心配になってきたぞ……本当に殴っちゃダメだからね。信じてますよ、アシェラさん、ライラさん。
空気を変えるためにも、改めて聞いてみた。
「じゃあ、そろそろブルーリングへ飛ぶか? あまり長い間 滞在して、余計な火種を残したくない。パッと行って、ササッと帰ってこよう」
「うん、分かった」
「分かった」
「分かりました、アル兄様」
全員、その足で2階の「アオの間」へと移動した。
相変わらず魔瘴石は青い光を放っているが、領域を作った当初と比べて随分弱弱しく感じられる。
「アオ、いるか?」
魔瘴石へ声をかけると、青いモヤが現れアオが飛び出してきた。
「アルドか……どうしたんだい?」
「オレ達全員をブルーリングへ飛ばしてほしい」
「了解だ。いくよ」
「ちょっと待ってくれ」
「ん? 何だよ。ブルーリングへ飛ばすんだろ?」
「それはそうなんだけどな。ちょっと聞きたい事があるんだ。この魔瘴石、前よりだいぶ光が弱くなってないか?」
「ん? 魔瘴石? あー、そりゃそうだよ。この魔瘴石は、領域の核にしてだいぶ経つからね。頻繁に調整してるけど、後 数が月が限界じゃないかな」
「は? ちょっと待て。この魔瘴石、後数か月で壊れるって事か? そんな話 聞いて無いぞ」
「最初に話しただろ。魔瘴石は長くて3,4年で壊れるって。この魔瘴石は、もう7年も経ってるんだよ。これだけ長く存在できたのも、僕がマナの精霊で負担をギリギリまで減らしてるだからだ。それなのに文句を言うなんて、アルドはもう少し考えてから話した方が良いよ」
そう言えば爪牙の迷宮探索の時、そんな事を言ってたような……あー、何か思い出してきた……聞いた、確かに聞いたわ。
「悪い、アオ。そう言えば、聞いたような気がする……そうか、この魔瘴石、後 数か月で壊れるのか……困ったなぁ、王都への足、どうするかなぁ」
「何言ってるんだよ。グリムから貰った魔瘴石があるじゃないか。それを使えば良いだろ」
「グリムかぁ……」
アオの言う通り、確かにオレの収納には、グリムから貰った魔瘴石が10個ある。
でもなぁ……ティリシアのマナスポットの修復なら、アイツ自身の尻拭いとして使うのに躊躇わないんだけど。
それ以外で、アイツの世話になるのはなぁ……オレの中には割り切れない思いがある。
それはアシェラやライラも同様で、渋い顔をしていた。
「ハァ……その件はまた考える。取り敢えずブルーリングへ飛ばしてくれ」
「何だよ。僕はちゃんと言ってあっただろ! 聞いて無かったのはアルドのせいなのに……ぶつぶつ」
暫く文句を言った後、アオはやっとオレ達を飛ばしてくれたのであった。
ブルーリングへ飛んだ後、直ぐに範囲ソナーを打ち、2Fに用意されているオリビアの私室へと向かっていく。
ノックも適当に扉を開けると、シャロンを抱いたオリビアが嬉しそうに笑っていた。
「おかえりなさい、アルド、アシェラ、ライラ。残念ですが、シャロンはつい先ほど眠ってしまいました」
「シャロン……」
アシェラはシャロンに駆け寄り、優しく撫でてから口を開いた。
「オリビア、ありがとう。夜は泣かなかった?」
「大丈夫でしたよ。いつも3時間ごとにミルクをあげたら、直ぐに眠ってしまいます。シャロンはお利口さんですね」
「そっか……」
そう言ってアシェラは、壊れ物を触るようにオリビアからシャロンを受け取っている。
「シャロン……ママだよ……ごめんね、放っておいて。でもパパはちゃんと守るから。もう少しだけ我慢して……」
そう言ってアシェラは、幸せそうにシャロンを胸に抱いていたのだった。
シャロンの顔を見て、安全のため直ぐに王都へと戻ってきた。今はそれぞれに用意された客間の1室で、1人ベッドに寝転んでいる。
「明日はいよいよ王子との謁見か……ナーガさんの話では、先ずは放置してた謝罪と新たに依頼を受ける約定を結ぶって言ってたなぁ……それが終わって、改めて「回復薬」を取りに迷宮に潜るよう言われるらしいけど……先ずは約定の条件だよな」
謝罪は良い。何を言われようとも、その場で丁重に頭を下げれば済む話だ。
問題は新たに約定を結ぶ件。一体、向こうはどんな条件を出してくるのか……
暫く考えてみたが、やはり依頼を断る権利を主張するのが良いと思う。
期間に関しては、ぶっちゃけどうでも良い。数年で独立するのであれば、大した意味は無いからだ。
絶対に避けたい事は、使い潰される事。次々と依頼を持って来られても、オレにはそんな時間は無いのだから。
「後は、「石化病」を患ってる貴族の名前を聞き出さないとなぁ……どうやって聞き出すか……うーん」
これに関しては、言葉は生き物である以上、その場でのやり取り次第になってしまう。
やっぱり「迷宮に潜って訳の分からない薬を取りに行くなんて嫌だ」とごねるしか無いか……
その上で「誰が何のために、その薬が必要なのかを聞かせて貰えないなら、この依頼は断る」と言って情報を引き出す。
自分でも思うが、そんなに上手くいくのだろうか……無理だろうなぁ。
しかし、依頼を受けるのがコチラ次第である以上、付け入る隙はあるはずだ。
「ハァ……成り行き次第かぁ。そんな交渉、オレに出来るのか? アシェラみたいに何でも拳で解決できたら良いんだけどなぁ……」
王都の夜に、オレの愚痴が響くのであった。




