441.失念 part3
441.失念 part3
ヤルゴに夕食をたかった次の日の朝。昨晩は念のため、4人同じ部屋に泊まり交代で見張りを行った。
これは夜襲を警戒しての事であり、やましい事は一切無い。
ラヴィやメロウも慣れた物で、オレやカズイを男として意識すらしていなかった。
まぁ、涎を垂らしながら屁をこく寝姿を見れば、コチラもそんな気持ちは1mmすら湧いてこなかったのではあるが。
「さぁ、今日はマッドブルを探しますよ。昨日のヤルゴの話では、東に延びた街道の先に群れは移動してるそうです。その辺りはゴブリンやオーク、ウィンドウルフもいるそうなので、ついでに ちゃちゃっと鼻水を集めちゃいましょう」
「そうだね。でもアルド、昨日で結構な種類の鼻水を集めたよね? あとどれくらい集めれば良いの?」
「ドライアドからは最低30種類と言われてますから。後10種類ぐらいですね。出来れば今日中には集めたいと思ってます」
「そっか。アルジャナに飛べればこっちでは見ない魔物が沢山いるんだろうけど。そう上手くはいかないよね」
「そうですね。アルジャナにもマナスポットのネットワークを張り巡らせたいですし、なるべく早く向かいたいとは思ってるんですが……」
「え? アルジャナにもマナスポットを解放に行くの?」
カズイだけで無く、ラヴィとメロウも驚いた顔でオレを見つめてくる。
「え? えぇ……当然、向こうにもマナスポットはありますから、そう遠くない先に解放するつもりですよ」
「そうなんだ……アルジャナにも……そっか、そうなんだね! その時には僕も一緒に旅をさせてもらって良いかな」
「勿論です」
「わ、私も付いて行くぞ! アルジャナは私の故郷なんだから付いて行くのは当たり前だ!」
「私もだ! 置いて行ったりしたら許さないぞ!」
ラヴィとメロウから食い気味に言われてしまった。
この態度から、恐らく3人共、もうアルジャナの地を踏む事は無いと思っていたのかもしれない。
恩人である3人を、放っておいたりはしないので安心して欲しい
何時とは言えないが、なるべく早くアルジャナのマナスポットを解放すると、心の中で固く誓ったのである。
諸々の準備を終え、宿を出た瞬間、幾つかの視線が突き刺さる……殺気の類は感じないが、どうやら見張られているようだ。
追剥ぎ……カズイ達へ小声で伝え、戦闘態勢に入ったと所で、焦った様子で通りの向こうから走って来るヤルゴの姿が見えた。
「す、すまない。コイツ等はお前等の護衛だ。必要無いとは思ったが、交代で宿を見張らせてもらった」
「護衛だと? オレ達をか?」
「ああ。ギルドで声をかけたら、全員が無償だったのに手を上げてくれたんだ。「ミルドの英雄」に恩を返したいってな」
「全員が……一晩中って……一体 何人が護衛してたんだよ……」
「はは。オレが知ってるのは10人だ。他にもオレ達とは別に護衛していた者もいたみたいだがな」
「お前等……徹夜とか、今日は仕事にならないだろ」
「まぁな。今日のギルドは開店休業だ。それでもお前等に受けた恩には程遠い。なぁ、みんな?」
「おお」「アンタ等のお陰で街道が通ったんだ。ありがとよ」「これぐらいじゃ、全然 足りねぇがな」「ありがとな、アンタ等はミルドの英雄だ」「いっそミルドに住んじまえよ、歓迎するぜ」
ヤルゴの言葉を聞いて、建物の陰から人が次々と躍り出てくる……おい、こんなにいたのかよ……
「お前等……暇なのか?」
気恥ずかしさから、つい悪態が口から出てしまう。
「ああ。恩を返す事に比べりゃ、暇も暇。全員 暇人だ」
この場には、笑いと冒険者特有の冗談が響き渡るのであった。
温かい声援の中、ミルドの街を出て、今はカズイ達と新しく出来た街道を東へと歩いている。
「でも凄かったね。あんなに沢山の人から感謝されるなんて。アルドはあの街で何をやったの?」
「うーん、そうですね……最初は、あのヤルゴとも殺し合いをする間柄だったんです。そこから色々あって「翼の迷宮」を踏破したら、いつの間にか「ミルドの英雄」って言われてました」
「最初は殺し合いをしてたのに、あんなに感謝されるようになったんだ……やっぱりアルドは凄いね。僕には良く分からないや」
カズイはこう話すが、アナタ達との出会いも、今思うと相当な物だったのですが。
「僕がカズイさん達と最初に会った時と変わらないですよ。あの時 僕は、気絶させられて縛り上げられたじゃないですか」
カズイはオレとの出会いを思い出したのだろう。顔を引きつらせながら口を開いた。
「そ、そう言えばそうだったね。アルドをノシて縛り上げるなんて……今 思うと僕達、なんて恐ろしい事をしたんだろ……」
「あ、あれは、しょうがないだろう! いきなり現れて、隻腕の子供が訳の分からない技でコボルトを蹂躙したんだぞ。誰だって同じ事をするはずだ!」
「そ、そうだ! 私達は悪く無い! それにアルドだって、もう少し穏便に出てこれたはずだ!」
「まぁ、そうですね。ただ、あの時は久しぶりに人を見たので、嬉しくてつい本気を出しちゃったんです」
「ははは……今思うと、全然 本気じゃなかったと思うけどね。でも、万が一、あの時 間違ってアルドを殺しちゃったりしてたら……僕達が世界を終わらせた張本人になってたんだよね……」
カズイの言葉に、ラヴィとメロウは目を見開いて驚いている。
徐々に足が震えていって、終いには座り込んでしまった。
「そ、そんなに、怯えないでください。さっき言ったのは冗談ですから……」
「い、いや、だって……世界が終わるとか……あれはしょうがないだろう……」
「そ、そうだぞ! 使徒とか、そんなの分かるわけ無いじゃないか!」
それから、ラヴィ達が落ち着くのには、幾ばくかの時間が必要なのであった。
ラヴィたちが落ち着いてからの事。街道を東へ歩いていくと、近くに森があり、周辺には無数のマッドブルの姿がある。
「思ったより近かったですね。早速、マッドブルを倒したい所なんですが、アイツ等群れを成してるんですよねぇ。しかも、仲間意識が強くて、1匹でも攻撃すると全体で報復してくるんです」
「うわぁ、沢山いるねぇ。あれだけの群れだと、やっぱりアルドでも厳しいの?」
「いえ、そう言うわけじゃ無いんですが……ただ群れを殲滅しちゃうと、次からお肉を買いに来れなくなっちゃうので……困ったなぁ」
「……あの群れを殲滅出来るんだ。あんな数が相手でも、お肉にしか見えないなんて、アルドがおかしいと思うんだけど?」
カズイの言葉に、敢えて何も語らないでいると、メロウが鼻息荒く口を開いた。
「じゃあ、私がやる! 沢山狩れば沢山食べられるからな!」
いや、だから、お前は話を聞いていたのかと!
こいつは、放っておけば群れに突撃するに違いない。
心の中で溜息を吐いて、カズイへ話しかけた。
「カズイさん、空からなら一方的に攻撃できます。マッドブルは自分が対処出来ない攻撃には逃げるはずですので、魔法で倒して下さい」
「わかったよ、やってみる。僕も成長してるはずだからね。1発で仕留めてみせるよ!」
珍しく、鼻息荒くカズイが頷いている。きっとアルジャナへ帰れる可能性が出来たのが、大きいのだろう。
ラヴィとメロウは、魔法が使えないので見ているだけだ。ここはカズイの格好いい所を見せてもらうとしよう。
カズイは宣言通り、ウィンドバレット1発でマッドブルの頭を撃ち抜いていた。
今は血抜きをして内臓を出し、魔法でマッドブルの体を冷やしている所である。
「だいぶ冷えたかな? やっぱり食べるお肉は、狩って直ぐの下処理が大切ですから」
「そうだね。アルジャナからの旅でも思ったけど、アルドの言うように狩って直ぐに肉を冷やすと生臭さが全然違うよねぇ。もしかして、それも『使徒の叡智』なの?」
「そんな大した知識じゃないですよ。子供の頃、聞いた事があるんです。狩った肉を放置すると、元々獲物が持ってた体温で、直ぐに痛んでいくって。それからは、食べる肉に関して直ぐに冷やすようにしてるだけです」
「そうなんだ。どうせなら美味しい肉が食べたいよね」
結局、マッドブルを倒すのから解体、肉の処理までカズイが1人でやってしまった。
魔法の使えないラヴィ、メロウは当然として、オレも見ているだけである。
何故オレが見ているだけか? それはグロ耐性の無いオレでは、肉を切るにも適当になってしまうからだ。
だって、マッドブルって人より大きいんだぞ? その内臓がでろー、血がどばーっとか、思い出しただけでも気分が……
こうして荷物一杯のマッドブルの肉を背負いつつも、昼過ぎまで魔物を狩る事で35種類の鼻水を集める事ができた。
ドライアドからは、30種類以上と言われているので問題ないはずだ。
「目標の数は集め終わりましたし、そろそろ帰りましょうか。お肉も背負いっぱなしじゃ悪くなっちゃいますし」
「そうだね。折角 狩ったのに、捨てるなんて勿体ないから」「私はマッドブルのスープが飲みたい。アルド、帰ったら作ってくれ」「わ、私の分も! それにステーキも食べたい!」
「え? あ、僕は帰ったらドライアドに万能薬を作ってもらうので……料理長に頼んでもらえると助かります」
2人は露骨に残念そうな顔で落ち込んでしまった。
オレが作るより料理長の方が上手く作ると思うのだが……まぁ、でも、そこまで喜んでくれるなら、今度 暇を見て2人へ料理を振舞おうではないか!
ブルーリングへ帰ってきたのは、日が暮れ辺りが暗くなってからであった。
とっとと自宅へ帰って夕飯を食べたい所だが、帰ったら絶対に出たくなくなるに決まっている。
最後の仕事と割り切り、アオを呼び出した。
「アオ、ドライアドは何処にいる? アイツに薬を作ってもらう約束をしてるんだ」
「薬? 誰か病気にでもなったのかい?」
「いや、そういうのじゃないんだ。どうも石化病にかかった人がいるらしくてな。王子から薬を頼まれたんだ」
「なるほどね。ドライアドならフェンリルと一緒に「チビ」の所にいるよ」
「そうか。じゃあ、オレも飛ばして貰って良いか?」
「了解だ」
こうして鳴りそうなお腹をさすりながら、地竜の巣へ飛ばしてもらった。
1秒だか1時間だか分からない不思議な感覚の後、目の前には地竜の王であるチビと、フェンリル、ドライアドが楽しそうに話している姿が見える。
「楽しそうな所、すまない。ドライアド、約束の鼻水を持ってきた。万能薬を作ってくれないか?」
「うん、良いよー。じゃあ、持ってきた鼻水を見せてー」
「ああ、これだ。一応30種類以上って言われたからな。念のため、35種類の鼻水を取ってきた」
「うーん……これは使えないー。これもダメー」
ドライアドは鼻水を見定めると、幾つかをポイポイと捨てていく。
「え? 全部、違う種類を集めてきたぞ? 何でダメなんだ?」
「だって、ゲインが同じなんだもんー。違う魔物でもゲインが同じだと意味が無いのー」
えー、お前、違う種類の「魔物」って言ったじゃん……お前の言うゲインが分からないから、従うしか無いんだけど……また鼻水を集めるのかよ……マジか。
少しウンザリしていると、チビが話しかけてきた。
『アルドよ、どうかしたのか?』
「あー、チビさん、聞いてくださいよー。実は………………」
チビに一連の話をすると、納得したような顔の後、口を開いた。
『では我の鼻水ではどうだ? 必要なら眷属の鼻水も提供しようではないか』
「あ、そっか。チビさんは地竜だから、魔物なんだ。あまりに自然に話してるので、忘れてました」
『ガハハハハ。我を人と間違うなど、アルドは実に面白い。お前のような者ばかりであれば、我も人と縁を結ぶのだがな……」
そう話すチビは、少しだけ寂しそうな顔で笑っている。
そんな空気もどこ吹く風。ドライアドは嬉しそうに話し出した。
「チビちゃんの鼻水なら5種類にはなるよー。他の地竜でも2種類にはなるはずー。これだけあれば万能薬を作れるよー」
「マジか! チビさん、是非 協力してください!」
『良かろう。好きなだけ持って行くが良い』
そう言うと、チビは大きく息を吸って、鼻から思い切り吐き出した。その瞬間、チビの鼻から大量の鼻水が吹き出し、オレに向かって飛んでくる!!
「ギャーー! 鼻水がーーー、うぷっ……ぐふっ……」
今のオレは、頭の天辺から足の先までチビの鼻水塗れだ……思ってもなかった結果に、チビは必至に謝っている。
お前、本当は寝込みを襲った事、根に持ってるんじゃないだろうな? そんな思いが脳裏をかすめるが、頼んだのはコチラの方だ。
丁重にお礼を言ってチビ達の下をお暇させてもらった。
別れ際、ドライアドが言うには、万能薬が出来るのに2日ほどの時間が必要なのだとか。
結局、鼻水塗れのオレは、自宅へ帰るまでに会った全員から、顔を顰められてしまったのである……グスン。




