439.失念 part1
439.失念 part1
無事にシャロンが産まれて1ヶ月が過ぎた。グレートフェンリルから戻ったこの数か月は、幸せを噛みしめる毎日を送っている。
そんな腑抜けた日々を送るオレに、冒険者ギルドから1通の知らせが届いたのであった。
差出人はブルーリングのギルドマスターでもあるナーガさん。
しょっちゅう母さんを訪ねて遊びに来ているのに、何故 郵送?
そんな気持ちで封を開けると、中には1通の手紙が入っており、驚くべき内容が記されていた。
「王家からの指名依頼について」そんな文言から始まる手紙の中身を前に、オレは頭の痛い問題を覚悟したのである。
もう3年以上前になるが、学園の卒業式での際、王子から「王家からの依頼を受けてほしい」と頼まれ、了承した件。
手紙には、オブラートに包んであるものの王家からオレへの苦情が書き連ねてあった。
曰く、カシュー領ヴェラの街の魔物を討伐して以来、一切の依頼を受けなかった事への苦言。更に契約の更新は3年と決めてあったのに、連絡すらよこさない事への抗議。
終いには王子との約定を何だと思っているのかと言う叱責が書き記されていた。
考えてみれば、オレは卒業して数か月でアルジャナへ飛ばされて、帰ってくるのに3年もかかったのは事実である。
しかし、使徒の件を公に出来ない以上、対外的には出奔した事になっているわけで。
向こうからすれば、依頼を渋々1つだけ受けて、後は逃げ回っていたように見えるのだろう。
しかも、3年契約の期限が終わると同時にブルーリングに帰ってきた事で、更に火に油を注ぐ結果となっているようだ。
「マジか……そりゃ、事情を知ってるナーガさんからすれば、言い難いわな……手紙で伝えてくるのも、しょうが無いか……」
真面目なナーガさんの手紙にしては誤字や書き直しが多かったので、きっと神経をすり減らしながら書いたのだろう。
恐らく、王家からギルドへ届く手紙には、もっと辛辣な事が書かれていたに違いない。
「これはオレだけで決められないな……父さんやエルにも相談しないと……」
ギルドからの手紙を片手に、オレは重い足取りで領主館へ向かったのである。
早速、執務室へ向かい、扉越しに声をかけた。
「アルドです。少し困った事が起こりました」
「どうぞ……」
執務室には父さんとエル、それに珍しい事に母さんの姿があった。
「これを見てください……」
父さんへギルドからの手紙を渡すと、途端に顔が渋くなり大きな溜息の後、頭を抱えている。
エルと母さんが手紙を読み終えたタイミングで、父さんが口を開いた。
「ふぅ……この件か。実はね、ギルドからは以前より連絡はあったんだ。ただ表向き、この件はアルと王子の個人的な約定で、ブルーリング家としては関係が無い事になっているからね。正直、放置しても問題無いと思ってたんだけど……ナーガ嬢がアルに直接 手紙を出すほど、切迫する何かが起こっているんだろうね……」
「切迫する何かですか?」
「恐らく、アルのドラゴンスレイヤーとしての武がどうしても必要な事態……何処かの迷宮の踏破か魔物の氾濫……どちらにしても魔物の脅威を一掃して欲しいんじゃないかな?」
「なるほど。今回の手紙は、先ずコチラの不手際を指摘して、断り難い状況にある事を知らせるためですか」
「そうだね。ナーガ嬢を訪ねて、ギルドで情報を得るしか無いだろうけど……問題は、この件に関してブルーリングは表立って支援出来ないって事だ。約定はアルと王子の個人的な物である以上、貴族家であるブルーリングが介入すると、後々 良いように使われかねないからね」
「要は僕を窓口に、ブルーリングを使い潰したいって所ですか……」
「ああ。カシューでの件もかなり強引に話を進めたから……今のブルーリングは、フォスターク王国の中で悪目立ちしている状態だよ。しかも風呂やトイレ、エアコンの魔道具での利益もある。本音の所、王家としてはブルーリングのチカラを削ぎたくて仕方ないんじゃないかな」
「ハァ……こっちは必死にコツコツと積み立てているって言うのに……上手くいかない物ですね……」
父さんは苦笑いを浮かべて、肩を竦めている。
どちらにしても、先ずはナーガさんに話を聞かないと……改めて相談する事を話し、オレは執務室を後にしたのだった。
ドラゴンアーマーに着替え、ギルドへと向かっているのだが、何故かオレの隣には氷結さんが歩いている。
いつもなら「面倒くさい」と言って、付いて来る事など無いのに……一体どういう風の吹き回しなのだろう。
「母様、何で今日に限って付いて来るんです?」
母さんは飄々とした態度で口を開く。
「何よ。私と一緒じゃ嫌だって言うの? たまには親子水入らずも良いんじゃない?」
「いや……だって、いつもは「面倒」って言って、雑務から直ぐに逃げるじゃないですか。何で今日に限って付いて来るのかなぁって……」
「……ちょっとナーガに話があるだけよ。大した理由は無いわ」
そう話す母さんの顔には、普段と変わりないように見えて、目の奥に怒りが見える……なになに、何なの。もぅ、意味が分からないんですが。
ギルドに到着した途端、母さんは怒りを抑えるのを止めたらしく、殺気を撒き散らせながらナーガさんの下へと歩いて行く。
当の殺気をぶつけられているナーガさんは、思い至る事があるらしく苦笑いを浮かべていた。
「ラフィーナ、個室を用意するわ。勿論、防音のしっかりした部屋をね」
「ふん、早くして」
2人は言葉も最低限に、とても通じ合っている。
しかし、この態度を見るに、母さんが怒っていたのはナーガさんに対してなのか。
恐らく手紙に関してだとは思うのだが、ここまでナーガさんに怒る事なんてあったか?
オレは頭に?を浮かべながら、2人の後に続いたのである。
部屋に入り、お茶を出された所で、母さんが不満を口にした。
「ナーガ……私が何を言いたいのか分かるわよね?」
「ええ。でも、先に私の話を聞いて」
母さんは出鼻を挫かれ仏頂面をしているが、どうやらナーガさんの話を聞くつもりらしい。
「良いわ、ナーガ、話して。聞いてあげる」
「ありがとう。アナタがアルド君への負担を考えて、王子からの依頼を握りつぶしていた件は、今更 言うつもりは無いわ。アナタの言葉に従って、アルド君へ伝えてこなかった私も同罪だしね。でも、先日も言ったと思うけど、ここ最近の王子からの催促は尋常じゃない。きっと、あと数日もすれば、直接アルド君へ接触していたはずよ」
「……何があったのよ」
「これは絶対に口外しないで欲しいんだけど……どうもどこかの貴族家の子息が病にかかったみたいなの。しかも、その病は特別な薬でしか治らない……」
「特別な薬? 王家のチカラならどんな薬でも手に入れられるでしょ? アルに何の関係があるのよ」
ナーガさんは難しい顔を隠そうともせずに口を開いた。
「色々な情報から推測するに……恐らく、病名は石化病。徐々に体が石のように固くなって最終的には死に至る病よ。そして石化病を治せる薬を私は1つしか知らない……エルフの秘薬、「完全回復薬」よ」
「エルフの秘薬……それこそエルフと国交も戻ったんだから、直接 交渉すれば良いだけじゃない」
「エルフの秘薬の中でも完全回復薬は特別なの。製法も失われて、今は王家が国宝として保管する2つが現存する全てよ」
「な、そんな薬、どうしろって言うのよ! エルフから盗めとでも言うつもりなの?」
ナーガさんはゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「これは眉唾なんだけどね……完全回復薬は迷宮の宝箱からも出た事があるらしいの。恐らく王子は、迷宮に潜ってほしいんじゃないかしら」
「迷宮……」
ナーガさんは母さんから一転、オレに向き直って話しかけてくる。
「アルド君、恐らく王子も本気で完全回復薬が、手に入るとは思っていないはずです。それでも、貴族家への手前、何かしないわけにはいかないのでしょう。交渉すれば期限も切ってもらえるはずですし、穏便に済ますには受けた方が良いと思うのですが、どうでしょうか?」
あー、その完全回復薬って、前にドライアドからもらったヤツじゃないですかね?
風竜戦でライラに使っちゃったけど、頼めばくれそうな気がするんですが……
オレが考えているのを、渋ってると取ったらしく、ナーガさんは爆弾を落としてきた。
「最悪はアルド君が頼めば、エルフ王家は国宝とは言え、完全回復薬を提供してくれるかもしれません。勿論 それなりの対価は必要になるでしょうが……」
え、いや、そんな大層な事をしなくても良いんじゃ……
真剣な顔のナーガさん、眉を寄せて何かを考える母さんを前に、オレは思っている事を口にするのだった。
2人へ以前にドライアドから完全回復薬をもらった事を話していった。
「え? ドライアド様から完全回復薬をもらった事があるんですか?」
「あー、その石化病の特効薬と同じかは分かりませんが、風竜戦の時にライラへ使いました」
「あ……あの頭のおかしい効果の薬……なるほど。てっきりアルド君の持つ「使徒の叡智」のチカラかと思っていたんですが、ドライアド様が……」
「そうです。まだ持ってるなら、焼肉でも食べさせれば喜んでくれそうな気がします。アドへ聞いてみましょうか?」
「や、焼肉……そうですね。エルフの国宝が、焼肉と交換なのは納得できませんが、ドライアド様から頂けると言うなら、全て丸く収まるかと」
流石に個室とは言え、ギルド内でアオとドライアドを呼ぶのは危険と判断し、領主館へ帰る事となった。
3人連れ立って歩き、もう直ぐ領主館という場所で、何故かフェンリルに乗ったアドが嬉しそうに手を振りながら近寄ってくる。
「アルドちゃーん、元気ー?」「わんわん!」
お前等……自由だな……精霊は世界を安定させるのが仕事じゃないのか? お前等、遊んでる姿しか見たことないぞ……それで良いのか上位精霊……
ドライアドとフェンリルに、領主館へ戻るように話したのだが、2人はこれからブルーリングの街の探検に行くと言う。
結局、露店の焼き菓子をエサに、渋る2人を領主館へ連れて行ったのである。
領主館の客間へ移動し、早速アドへ聞いてみた。
「アド、少し頼みがあるんだ」
「なにー? アルドちゃんの頼みなら聞いてあげても良いよー」
「そうか、ありがとな。実は「石化病」を患った人がいるらしいんだ。前にくれた回復薬、余ってたなら、もう1つ貰えないか?」
アドは珍しく難しい顔をしている。
「前にあげた回復薬はもう無いよー。でも何で回復薬がいるの?」
「何でって……石化病は前にもらった回復薬じゃないと治らないんだろ? だから譲って欲しくて聞いたんだが……そうか、持って無いのか」
尚もアドは難しい顔で首を傾げながら口を開いた。
「うーん……アド、分からないー。何で回復薬がいるの? だって石化病なら「万能薬」で治るよー」
「は? 石化病は完全回復薬以外でも治るのか? マジで?」
「うん! 石化病はね、魔力の中のアーチが変化して起こるのー。でね、アーチは他の魔力に伝播するから徐々に魔力が固くなって最後は死んじゃうんだよー。万能薬は、アーチの核になるゲインに作用するからー。だって万能薬の主成分には………………」
え? なになに? お前、幼稚園児なみの知能じゃなかったの? 何その理路整然とした理論……お前の言ってる事が全く理解出来ないんですが……普段とのギャップが凄すぎる。
結局、30分ほど延々と万能薬の効能と成分、石化病の原因と対策を聞かされる事になったのである。
ドライアドの話が理解出来なかったのはオレだけじゃないはずだ。
その証拠に、氷結さんは目を閉じて船を漕いでいるし、ナーガさんに至っては頭から煙が上がっている。
「そ、それで、その万能薬は持ってるのか?」
「ん? 無いよー」
おま、それだけ偉そうに講釈垂れて、持って無いのかよ!
「でも材料は簡単に集まる物ばっかりだから、持って来れば作ってあげるー」
こうして、植物の上位精霊であるドライアドに、「石化病」の特効薬である「万能薬」を作ってもらう事になったのである。




