435.サナリス part2
435.サナリス part2
一度、エルの前からお暇して、自宅へと帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい。お義父様への報告は無事に終わりましたか?」
「ああ、そっちは問題無いんだけどな……」
オレの奥歯に物が挟まった物言いに、オリビアは怪訝な顔をしている。
「ちょっとエルと話したんだけど……サナリスの事で少し心配事があるんだ。アシェラは何処にいる?」
「アシェラなら、ライラと一緒にアルドの部屋でお昼寝中ですよ」
「そっか。ちょっとアシェラにサナリスを見てもらいたいんだ」
オリビアもサナリスの事を何処かで聞いていたのだろう。オレの言葉に合点がいった顔で小さく頷いた。
「分かりました。直ぐに呼んできますね。アルドは疲れてるでしょうから、リビングで休んでてください」
「ありがとう。オリビアも帰ったばかりなのにごめんな。悪いけど甘えさせてもらうよ」
オリビアの好意に甘えさせてもらって、リビングのソファーに腰を降ろすと、途端に溜息が漏れ出てしまう。
「ふぅ……」
実はさっきのエルの話から、1つ気になっている事がある。
それはアオがマナの精霊だと言う事。
新しい種族の特性は、元になる精霊の影響が大きいと聞いている。
であれば、もしかして、アオの眷族であるサナリスは、マナに何らかの干渉をしているのでは無いか? と言う事だ。
マナが原因でエルの言ったような出来事が起こっているとしたら、アシェラの魔眼で見えないのも納得出来てしまう。
「マナねぇ……オレには見え無いし、感じる事すら出来ない……そもそも人には扱えないチカラなんだよな……」
一人 頭を抱えていると、2階からオリビアに連れられた、大きなお腹のアシェラと眠そうな顔のライラが降りてきた。
「ごめんな。折角 寝てたのに」
「ううん、大丈夫。それよりオリビアから聞いた。サナリスを見に行くの?」
「ああ、お腹の子の事もあるし、やっぱり心配なんだ。悪いけど一緒に行ってくれないか?」
「分かった。直ぐに行くの?」
「ああ、お前さえ良ければそのつもりだ」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言うと、アシェラは洗面所へと向かっていく。
やはり、寝起きのまま出歩くと言うのは、年頃の乙女として許容出来る事では無いのだろう。
オレとしては、そのままでも十分 魅力的だと思うのだが。
そして何故かライラも一緒になって洗面所へ向かっていく……
15分ほどすると、アシェラが戻ってきて口を開いた。
「いつでも出れる」
アシェラの言葉を聞き立ち上がった所で、ライラとオリビアは当然のようにアシェラの後ろに移動した。
この行動を見るに、どうやら2人も一緒に付いてくるようだ。
考えてみれば2人もオレの嫁である以上、無関係では無いわけで……ある意味 当然である。
こうして4人で連れ立って領主館へと向かっていくのだった。
領主館に着くと、エルから話を聞いていたマールが出迎えてくれた。
「マール、忙しいのに悪いな。少しだけサナリスを見せて欲しいんだ」
「止めて。サナリスを心配して来てくれたのに。こっちがお礼を言う方よ。今は私の部屋で寝てるわ。直ぐに連れてくるから、アルドは客室で待ってて」
どうやらサナリス君は、マールの自室でお昼寝中らしい。マールはアシェラ、オリビア、ライラを連れて部屋に戻ってしまった。
義理の兄とは言え、男であるオレがマールの私室に入れないのは分かる……でも何だろう、この疎外感は……
結局、客間でメイドに煎れて貰ったお茶を飲みながら、ポツンと待つ事になってしまった。
因みに元々あったオレの部屋は、新居に引っ越した際に客室へと変わっている。
以前、チラッと覗いた時には、ベッドと小さなテーブルだけが置いてあり、元の原型は一切留めていなかった。
エルの部屋の隣なので、恐らくサナリスがもう少し大きくなったら、子供部屋にでもするのだろう。
しょうが無い事ではあるが、少しだけ寂しさを感じてしまったのは秘密である。
思考が逸れた。
そうして、手持無沙汰で待っていると、10分ほどでマール達がサナリスを連れてやってきた。
「ごめんなさい、待たせて」
「いや、良いよ。しかしサナリス、大きくなったなぁ。こんにちは、サナリス君。アルドおじちゃんでちゅよー」
サナリスに声をかけると、キョトンとした顔の後、満面の笑みで驚愕の言葉を口にした。
「パァパ、パァパー」
おぅふ、コイツぁ言葉を選ぶ案件だぜぃ。双子故、オレとエルを間違えているのだろうが……
「さ、サナリス君? パパと似てはいるけどオレはアルドおじちゃんですよー。パパじゃないですよー」
尚もパパ、パパとぐずるサナリスは、とうとう泣き出してしまった。
結局、こんな赤ちゃんに道理が通じるわけも無く……エルの代わりに、パパを演じるしか無かったのである。
サナリスはと言うと、今はオレの腕の中でキャッキャッと楽しそうに笑っている。
マールと3人の嫁達は、そんなオレとサナリスを困った顔で見つめるだけだ。
「何となく、こうなるんじゃ無いかと思ってたけど……エルファスが見たら落ち込みそうな光景ね」
「ハハハ……エルはこんな事を気にしないだろ。マールの考え過ぎだよ……」
そうは言ってみたが、逆の立場で考えてみると地味にくる物があるかもしれない。
空気を変えるように、この1年、一番近くでサナリスを見ていたマールへ改めて聞いてみた。
「エルから話を聞いたんだけどな。サナリスの周りで不思議な事が起こるってのは本当なのか?」
「ええ。どれも1つ1つは大した事じゃないの。カーテンが揺れたり、届かない場所に置いてあったお菓子を食べてたり……でも、そんな事が日に日に多くなってきて……」
「カーテンが揺れたり、お菓子を手に取ってたりか……魔力操作や魔力変化が使えれば出来る事だよな?」
「私もそう思って、アシェラにも何度か見て貰ったんだけど……何も見えないって……」
「マールの言う事は本当。ボクも心配で何度も確かめた。でも魔力が見えた事は無い」
「それは実際に異変があった時に見てたのか?」
「ううん。ボクが見てた時に異変は無かったと思う……でも魔力操作が使えるなら、普段でも魔力を見れば何となく分かる」
うーん……これはどう考えれば良いのだろう。実際に異変があった時に確認しないと意味が無い気がする。
しかしアシェラは魔力を見れば、その人が魔法使いかどうかが分かるのか。やっぱりコイツは勇者枠だ。基本性能がオレとは違いすぎる。
改めてアシェラの能力に驚きつつも、サナリスの件に進展があるわけでも無く……この場には、何とも煮えた空気が広がっていた。
「ふぅ……一度アオを呼んでみようか。アイツなら何か知ってるかもしれない……」
オレも含めた全員が「そんなわけが無い」と思いつつ、他に良い案があるわけも無く……藁にも縋る思いでアオを呼び出したのである。
「急に呼び出して、どうしたんだい?」
「聞きたい事がある。少しだけ時間をもらっても良いか?」
「うーん……この前、アルドに言われた件で上位精霊に声をかけてて忙しいんだけど」
「あー、グリムの件か?」
「ああ。今は水の上位精霊に話してる所だよ。アイツはグリムと仲が良かったからね。まぁ、グリムが使徒の精霊になる前の話で、最近は会話にならないって言ってるけどね」
「そうか……そっちも引き続き頼みたいが、今はサナリスの話をしたいんだ。少しだけ付き合ってくれ」
アオは渋い顔をしながらも、頷いてくれた。
「実はな………………」
サナリスの周りで起こっている不思議な出来事を順番に話していく。途中 マールやアシェラ達からの補足もあり、分かり易く説明できたと思う。
「………………って事なんだ。何が原因か分かるか?」
「……」
アオは言葉を発さず、オレの腕の中にいるサナリスをジッと見つめている。
そうした時間が過ぎ、5分ほどが経った頃、アオはゆっくりと口を開いた。
「……アルドが言う不思議な事って、たぶん魔力が原因じゃないね」
「は? じゃあ何が……原因が分かるのか?」
「ああ、恐らく精霊がやってるんじゃないかな?」
え? 精霊? もしかしてサナリスがマナに干渉して、色々な現象が起こっているかと思ったが、精霊だと?
「どういう事だ? 精霊って前に言ってた下級精霊か? お前……前に精霊は何もしないって言ったよな! あれは嘘だったのか?」
「ちょっと落ち着きなよ、アルド」
「これが落ち着いていられるか! 下級精霊がサナリスに何かをしてるんだろ? もしかして生まれてくる子にも何かするんじゃないのか?」
「ハァ……それでサナリスに一度でも危険が及んだのかい?」
「え、いや……そんな話は聞いて無いが……」
「あのねぇ、僕は前にも言ったよね? 僕達精霊は下級であっても世界を守る存在だって。ましてや僕の眷属であるサナリスに、精霊が害をなすなんてあるわけ無いじゃないか」
「そ、そうなのか……」
「ハァ……良いかい? サナリスが頼み事をして、下級精霊が願いを聞いているだけだよ。危険なんてあるわけ無いじゃないか」
ちょっと待て……サナリスが精霊に頼み事だと? それって……
「ちょ、ちょっと待ってくれ。サナリスは精霊と話せるのか? 今、頼み事って……」
「そうだね。サナリスは下級精霊を見て話す事が出来るみたいだ。きっと額の石でマナを感じてるんじゃないかな」
「マジかよ……」
オレだけじゃなく、マールやアシェラ達も驚いた顔を晒すだけで、誰も声を発する者はいない。
無音の空間の中、そんな空気をぶち破ったのはマールであった。
未だ困惑した顔ではあったが、真っ直ぐに立ちアオへ質問をぶつけたのだ。
その姿は、心の底から子を思う母の姿であった。
「せ、精霊様、下級の精霊というのがどんな存在なのか、私には分かりません……さ、サナリスに危害を加える事は絶対に無いのでしょうか……た、例えば失礼な事を言ってしまったり、態度をとってしまったりして機嫌を損ねるなんて事が……」
「無いね。新しい種族の最初の母であるマール、君がサナリスを心配する気持ちは良く分かるつもりだよ。ただね、僕達精霊は言葉では無く、心で会話をするんだ。人のように失礼な事を言うなんてありえないんだよ」
「心で会話ですか……申し訳ありません、私には理解出来かねます……」
「まぁ、そうだろうね。本来 人は下級精霊と話す事なんて出来ない。僕達精霊はマナそのものだからね。ただ新しい種族……サナリスは違う。この子はきっと僕達精霊と人の架け橋になってくれる存在だよ。マール、君は人と精霊にとって希望の母とも言える存在だ」
「そ、そんな……私なんて何も出来なくて……ただサナリスが心配なだけで……」
「心配なんて何も無いよ。今も下級精霊達はサナリスの周りで遊んでる。皆、サナリスが大好きで、競って願いを叶えようとしているだけなんだ……ただ少しだけ……やり過ぎないかだけは心配かな?」
「やり過ぎる? 何をでしょう?」
「うーん……きっとサナリスが頼めば、よっぽどの事は叶えちゃうと思う。例えば、サナリスが雨を降らせてほしいって頼めば、周りの影響も考えずに降らしちゃうだろうね」
ちょっと待て。雨を降らせるって……量から考えれば、個人が魔法で出せる水の量とは比較にならないチカラだぞ……それは。
「アオ、下級精霊にサナリスの言う事を聞かないように言い聞かしてくれないか? 雨とか……そんなチカラを分別の付かない子供に持たせるのは危険すぎる」
「アルドの言う事も尤もだね。水の下級精霊でも雨ぐらい降らしちゃうし、万が一火の下級精霊に願いでもしたら、この屋敷ぐらい簡単に燃やしちゃうからね。分かった。下級精霊には僕から言い聞かせておくよ」
おい……ちょっと待て……お前、今 凄い事 言ったよな? サナリスが願えば、この領主館 丸焼けになるの? マジで?
もしかして、カーテンが動くとか風が吹く程度で済んでたのって、運が良かっただけなの?
オレと同じ事に思いが至ったのだろう。この場の全員が顔を引きつらせ、脂汗を流し始めたのは仕方がない事なのだろう。




