426.グリム 弐 part2
426.グリム 弐 part2
魔族の精霊グリムが逃げるように去った後、アオはゆっくりと口を開いた。
全てがいきなりの出来事で、全員が混乱していたものの、アオの語るソレはグリムの過去であった。
「グリムを許してやってほしい。アイツも元からああじゃなかったんだ……」
語り始めたアオは、普段の雰囲気では無く悲しみが滲み出している。
「どう言う事なんだ?」
「そうだね。良い機会だ。グリムが何故 人を嫌うのか、それを話すよ。魔族の精霊グリム、アイツは一番 最後に生まれた上位精霊なんだ」
「一番最後? お前の弟って事なのか?」
「僕達 上位精霊に、アルド達みたいな兄弟の感覚は無いよ。でもね、アイツが生まれて、ドライアドやアグニ、フェンリルだって喜んだんだ。勿論 僕もそれ以外の上位精霊もね。そんな祝福の中で生まれたグリムは、人を本当に愛していたんだよ」
「アイツが? 自分の眷属であるルイスにもそんな態度は一切出さなかっただろ。お前の言う事でも、悪いが信じられない」
「今のグリムを見れば、そう思うのはしょうがないかもね。でも、本当にグリムは人が大好きで、暇さえあれば地上を眺めていたほどだったんだよ」
それから聞いたアオの話はこうだった。
人と言う種が大好きで堪らなかったグリムは、精霊王に願ったそうだ。
「精霊王様、人同士が争うのはリーダーがいないからです。僕なら人を導く新しい種族を作り出せます! 次に使徒が生まれる際には、是非 僕にその大役を担わせてください!」
その頃のグリムは、純粋に人の可能性と優しさを愛していた。
人を越える種族を生み出せば、本当に争いが無くなると本気で信じていたのだ。
そして望み通り、次の精霊はグリムに決まった。
新たな使徒ティリスがグリムと契約したのは、まだ13歳になったばかりの頃だったと言う。
精霊王のチカラなのだろうか、ティリスの住む村にいきなり新しいマナスポットが出現し、そのままグリムと契約を交わしたのだ。
それからは以前、ルイス達が聞いた通り、世界を旅してマナスポットを解放しつつ、行きずりの男と関係を持ち子を成していった。
その旅の中、グリムは精霊として絶えずティリスと行動を共にしたそうだ。
女性である事で信用されないティリスの代わりに、慣れない交渉事も率先して行ったらしい。
そうして言葉の使い方から態度、全てを人の世に合わせていくことで、ティリスだけで無くグリムもまた磨り減っていった。
人の世を知らない精霊に、これまた未熟な人族の少女。何度も人に利用され、更に裏切られる。
次こそは……そう願いながらも、結果はいつも同じ。
グリムは人と言う種族の負の部分に触れ、徐々に愛情を失っていった。
そんな中でティリスの息子達、新しい種族だけに傾倒していくのは必然だったのだろう。
新しい種族は人を導くために生まれた。他の種族が愚かなのはしょうがないと……
そうして過ごす中、傾倒していた新しい種族にも絶望する事態が起こる。
ティリスへの扱いだ。2人の息子も成人を迎え、独り立ちした後の事。
ティリスは2人の息子へ建国の一切を託し、自分1人だけでマナスポット解放の旅へ出たのである。
それは想像を絶する過酷な旅であった。
それはそうだろう。子育てのために20代の殆どを費やしたため、死ぬまでに解放しなくてはならないマナスポットの数は、膨大な数に上っていたからだ。
グリムは息子達へティリスを助けるように願い出たが、それが受け入れられる事は無かった。
何故? 新しい種族は人を越える種族として生まれたのに……そんな疑問をグリムは抱いてしまった。
確かにティリスの2人の息子は、お腹にいる10ヶ月もの間、グリムがチカラを注ぎ続けた事で、全てにおいて高い能力を有していた。
事実、冒険者として大成し、2人共Sランクにまで上り詰めていたのだ。
チカラがあるにもかかわらず、何故 ティリスを助けない……それを望んだのは他ならぬティリス自身であったが、グリムにはどうしても納得が出来なかった。
そうしてグリムは、ティリスをお母さんと呼び、実の母に接するよう依存していく。
まるでティリスだけが愛するに値すると言わんばかりに……事実、自分の眷属であるはずの魔族すら含めて、全ての人へ高圧的、敵対的な言動をとるようになっていったのだ。
ティリスも、そんなグリムに何度か苦言を呈したのだが、心を傷つけられたグリムにその声は最後まで届かなかったのである。
そんな生活が何年も続き、結局 子供達はティリスを手伝う事無く、自分達の生活と種族の拡大のみに腐心していった。
対して、ティリスは日を追うごとにボロボロになっていき、終いには主との戦闘で右腕と右目を失う大怪我を負ってしまったのだ。
しかし、これでやっとティリスは休息を取れる……そう思ったのもつかの間、グリムが止めるのも聞かず、マナスポットの解放に邁進し続けていった。子供達の未来のためにと……
そんな姿を間近で見続けたグリムは、自身への不甲斐なさと本来 愛するべき存在である魔族への怒りを募らせていったのである。
「そんなひたむきな、ティリスも寄る年波には勝てなかったんだ。若い頃からの無茶もたたり、60を過ぎる頃、最低限のマナスポットを解放した後、寝たきりの生活になってしまったんだよ」
「60歳……幾ら何でも若すぎるだろ」
「そうだね。でも満足に食べられない中、過酷な旅を何十年と続けていればしょうがない事だとも言える。そして種の拡大のみに邁進する魔族が、マナスポットへ負荷をかけ過ぎて崩壊させた後、今の魔族の王都がある場所で静かに息を引き取ったんだ。最後に「グリム、選ばれなければ私は普通の人族の娘だったわ……」とだけ言い残して」
「それは……どんな意図で言った言葉なんだ?」
「それは誰にも分からない、ティリス本人にしかね……グリムもその頃には、人と言う種へ持っていた愛情を、全てティリス個人へ向けていた。かつて人を導くための種族だと、自ら生み出した魔族にすら愛情を注ぐ事は無くなっていたんだ」
「人の持つ業に触れて、人と言う種 自体に絶望したのか……」
「ああ、そうだよ。グリムのこの件があって、僕達 精霊は人の世に関わる事を止める事にしたんだ。僕達に人の世は理解出来ないとしてね……話は変わるけど、アルドは飛ばされたアルジャナの事を覚えているかい?」
「ああ、かつて争いばかりの人の世で、憎しみを克服出来た者だけを集めて作られたんだろ?」
「うん。もしかして、前のグリムがアルドをアルジャナに飛ばしたのは、ティリスと同じ轍を踏まないためだったのかもしれない。憎しみを克服出来た者達の末裔なら、使徒も苦しみだけの人生から解放されるかもって……」
「ちょっと待て! お前はグリムがオレを思いやって飛ばしたって、そう言いたいのか? ふざけるなよ!?」
「あのグリムは既に壊れていたから……アルドを理不尽な妬みで、最果ての地へ飛ばしたのは事実だよ……でもマナスポットは世界中にあるんだ。人が生きていけない場所……海の底にだってある。それでも、わざわざアルジャナに飛ばしたのは、微かに残ったグリムの人への愛情だったんじゃないかって……僕はそう思えるんだ」
「……例えそうだったとしても、オレはアイツを簡単には許せそうに無い」
「分かってる。グリムは絶対に許されない罪を犯した。でも、あのグリムはもういないんだ。今のグリムは似てはいても別の存在なんだよ」
アオの言う事は理解できる。だが納得できるかと言われれば、答えは「否」である。しかし……
「ふぅ……少し頭を冷やして考えてみる。今はそれしか言えない」
アオはオレを見ながら寂しそうな顔をしている。
そんな顔をするな。オレだって許したいけど、あの態度じゃどうしても腹の底で納得できないんだよ!
そんなオレに気を使ったのか、アオは床に散らばっている魔瘴石を見ながら口を開いた。
「アルド、この魔瘴石どうするつもり?」
アオに言われて気が付いた。どうするって……そりゃ、これだけの魔瘴石があれば、ありがたいのは確かだが……アイツの世話になるのは……
オレが言い淀んでいると、アオは言い難そうに話し始めた。
「前に壊れかけのマナスポットを、魔瘴石で治したのを覚えてるかい?」
「ん? スライムの主の時の話か? いきなり何だ?」
「あの時に分かった事だけど、たぶん僕なら壊れたマナスポットでも魔瘴石があれば修復できると思う」
いきなり何の脈絡も無い話を始めたアオの意図が分からない。一体、何を言いたいんだ?
「だから何だ? 何を言いたい?」
アオは意を決した顔で言葉を続ける。
「ティリシアのマナスポットを修復したい。僕なら出来る……いや、僕にしか出来ないと思うんだ」
ティリシアのマナスポット? 遥か昔に、魔族が酷使して壊したってヤツか? 何で今、その話が出るのか、本気で意味が分からないんだが。
「悪い、アオ。順番に話してくれ。何でティリシアのマナスポットの件が、今 出てくるんだ? 意味が分からない」
「これは言うべきか分からないから黙ってたんだけど……魔族へのグリムの加護が薄くなっている」
は? グリムの加護? 魔族? 話せば話すほど分からなくなってくる。
「ちょっと待ってくれ。何の話だ。魔族?」
「分かった。順番に話すよ……」
そこからアオが話した内容は、5番目の種族である魔族の危機とも言える話であった。
アオの話はこうだ。
先ほどの話の通り、グリムは「人」と言う種への愛情を遠い過去に捨ててしまっている。
それは眷属である魔族への愛情も持ってはいないと言う事だ。
元々、人を超えた種を作ろうとした事から、魔族の出生率が低いのは聞いていた。しかし、アオはその傾向が徐々に強くなっていると言うのだ。
「ちょっと待て。それじゃあ、魔族は?」
「真綿で首を絞めるように、減っていくだろうね。精霊の加護が与えられない以上、それは避けられない事実だよ」
ふざけるな! 自分で望んで使徒の精霊になっておいて、勝手に絶望するなんて……それでシワ寄せを食らうのが、魔族と言う種 全体だって言うのか?
何だそれは! あまりの無責任さに怒りを通り越して呆れてくる。
「それでお前はどうしようって言うんだ? マナスポットがあれば加護が貰えるのか?」
アオはゆっくりと首を振る。
「魔族に加護を与える事が出来るのは、魔族の精霊であるグリムだけだよ。マナスポットを修復してもそれは変わらない」
「だったら何で? マナスポットがあっても変わらないんだろ? そんな事よりグリムを説得できないのか?」
「僕だけじゃない。過去には他の精霊も何度か話したんだ。でもグリムが首を縦に振る事は無かったよ」
「何だ、それは……勝手に期待して、勝手に絶望して……それで最後は全部 魔族って種に押し付けるって言うのか? 人はお前等 精霊のおもちゃじゃないんだぞ! 皆、必死に生きてるんだ!」
「アルドの怒りは良く分かる。僕も同じ気持ちだ。でも肝心のグリムがその気にならない限り、意味が無いんだよ……だから、せめて僕は僕の出来る事をしたい。マナの精霊である僕なら、マナスポットを修復する事が出来る。ティリシアのマナスポットを修復すれば、今より少しは豊に暮らせるはずだから」
「そんな消極的な方法しか取れないのかよ……種属全体の話だぞ? 一体、魔族が何人いると思ってるんだ、お前は」
「これが僕の出来る精一杯だ。アルド、改めて言うよ。魔瘴石を使って、マナスポットを修復させてほしい。頼むよ」
「分かったよ……獣人族の件が終わったら、ティリシアへ向かう……ただ、グリムを説得する事だけは続けてくれ。オレは以前の旅で、沢山の魔族に世話になったんだ。皆、必死に生きてた……ずっと昔の罪で消えていくのを待つだけなんて、そんなの絶対に間違ってる」
「分かった、約束する。もう一度ドライアドやフェンリル、アグニにも話してみるよ。勿論 他の上位精霊にもね」
「精霊王にもだ。良いな?」
「……分かったよ、精霊王様にも話す。これで良いかい?」
「ああ、約束だぞ」
この中に1人だけいる魔族のルイスは、何も言葉を発する事は無く何かに耐えるように、俯くだけであった。




